第23話 急若拭老

「成程の」

「成程じゃ無いですよ!成程、じゃ!」

 すっかり日も傾きかけたお昼過ぎ。果心の予想通りに目覚めた少女とのひと悶着があったのち、久秀と少女は街道を外れた荒れ道を進んでいた。

「・・・・しかしのう」

 眦を吊り上げる少女に、久秀は顎の辺りをポリポリと大儀そうに掻きながら、

「不用意に他人をつけ回すなぞ、殺されても文句は言えぬぞ?」

 そう面倒臭そうに注意すれば、少女は「う」と言葉に詰まる。

「第一、儂に仕事の依頼をしたいのであれば、堂々と申し出れば良かろう。何故、斯様な真似をわざわざ?」

「いえ、ええと・・・その・・・どんな人か分からなかったので、つい」

「つい、で他人をつけるでないわ、たわけ。言うておくがの、あそこで儂が直接飛礫をお主に当てなんだのは、単なる偶然じゃ。儂の胸先三寸次第ではお主、あそこで死んでおったぞ」

「・・・はい」

 ついさっきまで頬を膨らませてプリプリと怒っていたのも何処へやら。少女はガックリと肩を落とした。

「まあまあ、まつ・・・弾正殿。口舌で人を切るのは楽しいのでしょうが、そのくらいに」

「お主と一緒にするでないわ。まあ、幸いにもお主には次があるのじゃから、精々と活かすがよいぞ」

「はぁい。でも・・・本当に、気づかれていたんですねぇ」

 自信あったのになぁ、と少女は今度は落ち込んだように肩を落とす。

「悪くは無かったがの。じゃが、軽々と相手の誘いに乗ってしまってはいかん、詰めが甘い。まあ・・・後は経験じゃの」

 久秀はそんな少女を慰めるように背中をポンと叩く。肩で無いのは届かないからで、尻で無いのは言うまでもあるまい。

「それで、お主。名前は・・・確か、ミルシと言うたか?」

「はい、ミルシ・イズサンと申します!」

 そして、その瞬間。さっきまでのしょげ方はどこへやら、ミルシ―それが彼女の名前らしい―は元気よく頷いた。コロコロと表情と感情が右往左往するのは、この年頃の娘子にはよくあることだ。

「そうじゃった、そうじゃった。ふむ・・・しかし姓を持つ、ということはお主、それなりの家柄の?」

「まっさか!」

 ひらひらとミルシは手を振り否定すると、

「私の村の名前がイズサン村なんです。だから、私の姓はイズサンですし隣のスツアーロも姓はイズサン。違うのは村長くらいです」

「ほう、そういうものか」

「・・・まあ、確かに私のお爺さんは村長の弟だって言ってましたけど。でも、それとこれとは関係ないです、多分!」

「そうかの・・・で?儂への依頼とは、何じゃ?」

「はい。でも、それについては私から言うより、村長から聞いて貰う方が・・・」

 良いかと、と言いかけたミルシの口を久秀の細指が塞ぐ。

「勿論、村長からも聞かせては貰うが、の。じゃが、一応お主からも聞いておきたいのじゃ」

「異なる人物から同じ案件について聞いておくことで、物事の正確性を担保する。これを『裏取り』と言うのですよ、お嬢さん」

「・・・タンポ?ウラドリ?」

 どんな鳥?と首を傾げるミルシに、久秀は少し困ったような、縋るような目を果心へと向けた。

「・・・頼む、果心」

「仕方のない人ですね。・・・まあミルシ嬢、先ほどの言葉についてですが、多くの人から聞いておく方が良い、そういう意味だと思って下されば結構ですよ」

「へえ、物知りなんですね。ええと・・・カシンさんでしたっけ?」

「ええ。もっとも、細かい意味としてはどうかは分かりませんが。まあ、言葉の雰囲気としてはそのような感じと思って頂ければいいでしょう」

 存外、この世界では鼠が喋ることに異常さは無いらしい。ミルシは何の驚きも無く「分かりました」と頷いた。

「・・・さて」

「え?」

「え?ではない。その、儂への依頼の話じゃ」

「あ!そうでした、そうでした。じゃあ・・・言いますけど、分からないところは勘弁してくださいね、カシンさん」

「おい、何故儂でなくこ奴に・・・」

 そんな久秀からの苦情申し出はスルーして、ミルシは果心へ向けて所々は詰まりながらも話だした。先ほど、対応を丸投げした代償ということだ。

「ええと、まずなんですが・・・カシンさんたちは村々における山や森の管理についてなんて御存知ですか?」

「いえ、小生はあまり。弾正殿は?」

「儂か?そうじゃな・・・まあ一応は、の」

 寺社領が殆どだったとは言え、当然大和にも村落は存在した。だから、その手合の話についても久秀は素人では無い。

「儂のおった所では・・・寺社の管理しておるような荘園以外の森や山の利用やらについては、その付近の村々で行っておったかの」

「へえ・・・ダンジョーさん?も色々とお詳しいんですね」

「『も?』は余計じゃ。それより・・・」

「は、はい!それで、私の村でもそうです。いえ、そうでした」

「でした?」

 何故過去形?と疑義を呈する久秀に対し、続けてミルシが説明するところによれば、以下の通り。

 何でも発端は半年ほど前、何の前触れもなく1人の男が多くの兵隊と共にイズサン村へとやってきたことから始まる。その男は村人たちに、

「私は、この一帯を領地として拝領した領主である。故に、この辺りの村々や山林は私が管理する」

 と言い放った。そして、反駁する村長たちには何やら手形の様なものを見せつけ、強引にそれを認めさせたらしい。

 数日後、その領主なる男は昨年の取れ高を各々の村長から聴取して、納めるべき収穫量を新たに設けたとのことだが。

「とても、暮らしが立ち行かなくなるような量を言われたとかで」

「ほう。半分くらいかの?」

「いえ・・・聞くところによれば、もっと」

 当然、村長たちは道理を説いて反対し、「せめて、今まで王国から来る徴税官へ納めていた量と同じとしてくれ」と懇願したらしい。その結果、領主が主張する税の量は変わらなかったものの、村はその冬を越す量を確保する権利を得たとのことだった。

 それからしばらくは領主もその用人も村へは現れること無く、時たま無断で森に入った廉で他所の村人が連行される程度だったらしい。

「・・・と、いうことだったんです」

「ふうむ、成程の。しかし・・・山森に入れぬのでは、お主のような狩人は堪ったものでは無いのう」

「ええ。幸い私の村の村長がそこそこ要領の良い人だったので、小銭を『森番』とか言うのに渡して誤魔化してましたけど・・・でも、『森に入るな』に止まらず、次にはやれ『動物を狩るな』だの、『害獣駆除も自分たちでするな』だの!」

 何でも、山森のみならず平原でも動物は領主の所有物、害獣の駆除はお抱えの『狩官』なる者が行うことと定められたのだから堪らない。怒りを思い出したのか、ミルシは「馬鹿げてますよね!」と地団太を踏んだ。

「しかし・・・ミルシ嬢、この地には獣以外にも何と言うか、奇妙な生き物がいますよね。それについては?」

怪物モンストロですか?それについては「手を煩わせるな、自分たちでやれ」ですって!」

「ふむ・・・されど、聞く限りでは不条理ではあれ、無法では無いのであろう。儂の様な行きずりの旅人に何の用じゃ?」

 自分が王国の依頼で動いている仕事人であることはおくびにも出さず、久秀は尋ねた。

「それがですね、確かにそこまでならそうなんですが・・・」

 数十日前のことだ。収穫を終えたイズサン村では、先の約束通りに村の越冬分を除いて、領主の館へと納めさせたのだが、

「ですが・・・その人たちが帰ってこないんです」

「ほう」

「それから、それを呼びに行かせた者も、探しに行った者も、全員」

「帰ってこない、と。確かに変な話ですね」

「はい、カシンさん。それに、近隣の村の人もそう言ってまして。それで・・・」

「いなくなった者たちの捜索を依頼したい、と。そういうことかの」

「はい、そうなんです」

「・・・ふむ」

 それっきり、久秀がむっつりと黙りこくってしまったので、空気を読んだミルシは「先行します」と言って少し彼女から離れた。

「弾正殿・・・」

「今は名を偽らんでも良い。

「では、松永殿と。して・・・」

「うむ・・・イズサン村、とあれば」

「クリスフト卿の言っていた村の1つ。で、あれば・・・」

「じゃな」

 コクリと頷いた久秀は「のう」と先を歩くミルシへと声をかける。

「ミルシとやら、その者たちが税を納めに行ったのはどれほど前じゃ?」

「え?ええと・・・ですから数十日前です」

 それが?という顔をするミルシをシッシと手で前を向くよう示すと、久秀は密談のため手の甲へ居場所を移した果心を口元へと運んだ。

「間違いありませんね」

「・・・そうじゃな。では、クリ坊の杞憂は当たった、と」

「では、その村人たちも領主の手に?」

「そこまでは、まだ分からぬな。しかし、じゃとするならば、気が重いのう・・・」

 その領主が仮に久秀の価値観に合わぬ行いをしていようと、それがこの世界の道理ならそれを久秀らが「否」と断じるのは、それこそ道理に合わぬ。

「クリスフト卿からの依頼は状況の把握と報告のみ、という話でしたが・・・ついて行っては、それだけではすみませんね」

「で、あろうな」

 力づくか交渉でかは分からないが、村人の解放に手を貸すことになるだろう。

「しかし、その割には大人しくついて行くのですね」

「・・・まあ、まだそうと決まった訳ではないからの。その村長とやらに話を聞いてからでも遅くは無かろう?それに・・・」

「それに?」

「本当ならば、儂らが調査を行う間に滞在させてもらう村には儂から頼まねばならなんだ。じゃが、この話に乗ればタダで泊まれる上に謝礼も出るのじゃぞ?」

「まったく・・・抜け目のない御方ですね、貴女は」

 しかし、それは建前だというのは果心も承知の上だ。そうでなければ、彼の松永久秀ともあろう御人が村への滞在費などというはした金と、その地の領主へ喧嘩を売るリスクを天秤にかけるはずもない。

 この世界に来て、即ちこの体に成って以降、久秀はどうも人が好くなったように感じていた。日ノ本では無視していたような出来事も、つい世話を焼いてみたくなるのだ。

(この女子の体に、考えが引っ張られておるのかのう)

 そんな、約体も無いことを考えていたからだろうか。久秀は藪から男たちが丁度久秀とミルシの間に転がり出てきたことに大層驚いてしまった。

「ぬお!?」

「きゃあ!!ってスツ、そんな所からどうしたのよ!」

 当然、見ていた久秀が驚いたのだから、背後に転がりこまれたミルシはそれ以上に驚いた。しかし、飛び出てきた男に面識があったようで、驚愕はその勢いのまま糾弾へと変わる。

「すまない、ってミルシか!」

「そうよ!ああ、もう服も泥だらけで傷だらけで。それを誰が直すと―」

「そんなことはどうでもいいんだミルシ、聞いてくれ!」

 縋り付くようにして語りかけてくるスツアーロに、ミルシは吃驚させられたことによる収まらない怒りを吐き出すように怒鳴り散らす。

「なによ!今度は村長たちでもいなくなったとでも言う気!」

「そうだよ!村長たちが、連れてかれたんだ!君の爺様も!」

「へえ、そう!そんな・・・って、えええぇぇ――――――!」


「これは酷い」

 まさしく、村は惨さんたる有様だった。火こそ放たれていないものの、板塀は破れ、家財道具は引きずり出され、中には倒壊しかかった家すらある。

「で・・・何があったのじゃ?」

 あまりの有様にミルシは言葉を失い、茫然自失の体であるため、代わりに久秀が先ほど飛び出して来たスツアーロとやらに問いかけた。半ば恐慌状態の者もいるため、刺激しかねない果心は被り物の下でお留守番だ。

「え?・・・あんたは?」

「誰でも良かろう。・・・で?」

 少々強引な言い方ではあったが、何かに縋りたくて堪らなかったスツアーロは被りを振って話し出した。

「俺にも分からないんだ。ただ・・・昼過ぎまではいつもと同じ、だったと思う。だけど」

「ふむ。けど?」

「いきなり・・・いきなり領主の代理人とか言うのがやって来て、それで、そいつが連れてきた連中がみんなの家に押し入って・・・」

 その時の恐怖が蘇ったのか、スツアーロの体はカタカタと細かく震えだす。

「騒ぎを聞きつけた村長が出てきたのを、そいつらは乱暴に」

「攫って行った、と」

「そうだ。それも、押し倒したり蹴りつけたり・・・ああ、血が、血が!」

 スツアーロが目を向けた地面を見ると、確かに点々と赤黒いシミが残されていた。あまりのショックに、誰も彼も片づけたりする気力も無いのだろう。

「ふむ、良う分かった。・・・して、そ奴らは本当に領主の手の者なのかの?」

「分からない、俺たちは領主の館に行ける程の身分じゃ無いから。でも・・・偽物なら村長がそう言うだろうから・・・本物、なのかな?」

 分からないよ、と肩を落とすスツアーロに、ミルシがポツリと問いかけた。

「・・・スツ、爺様は?」

「俺は見てないけど、攫われたと思うよ。ライの爺様だけじゃ無い、村人は粗方。見逃されたのは俺たちみたいな、何も知らないような年若い男だけだったんだから」

 その言葉に、ミルシの双眼にサッとう怒りが走る。初めはその眼でスツアーロを睨みつけたようだったが、

「駄目ね」

 との一言を残して、最早廃屋と言っていい有様の家へと飛び込んだ。

「スツアーロとやら、ライの爺様とは?」

「・・・ミルシの祖父で、狩りの師匠だよ。小さい頃に両親を失ってからは、ミルシにとっては親同然―」

「スツ!」

 話を遮るように現れたミルシは、手には一抱えの矢を掴み、すっかり完全武装を整えていた。なめし革で出来た胸鎧と腕当て、脛当ては使い込まれており狩人としての年季が伺える。

「あれ、借りて行くわよ!」

 そう言うが早いか、ミルシは引きずり出され、散らばった家財の中から糸の張られていない弓と空の矢筒を取り出した。どうやら、そこがこのスツアーロの家らしい。

「あ、ああ」

 しかし、返答など端から聞く気は無かったようだ。スツアーロの返事を聞くまでも無く慣れた手つきで糸を張り、確かめるようピンと鳴らす。そして「良し」とだけ言うと、止める間もなくミルシはそのまま走り出した。

「ああ、ミルシ。待って!」

 慌ててスツアーロが追いかけようとするも、その頃にはミルシは垣を飛び越えて走り去っていた。

「あの弓・・・お主も狩人じゃったのかの?」

「え?い、いや。この辺りでは狼が出るから、猟師でなくとも弓矢は持っていたんだ。・・・て、そんな話をしている場合じゃ!」

 止めないと、と走り出そうとするスツアーロの腰ひもを久秀はグイと引っ張る。

「まあ、待て若いの」

「なあ!?何をするんですか!」

「じゃから、待つのじゃ。第一、お主が追いついても説得出来るのかの?」

 その言葉に、スツアーロは「うっ」と口ごもるが、

「だからと言って、放ってはおけないでしょう!」

 そう言って再度走り出そうとするスツアーロの腰ひもを、久秀はさっきより強く引っ張った。つんのめったスツアーロはその場で足を滑らし、思い切り腰から地面に倒れる。いささか打ち所が悪かったか、痛みで悶絶するスツアーロは言葉にならない悲鳴を上げてゴロゴロと地面を転がった。

「まったく、人の話は最後まで聞かぬか」

 だが、そう呆れたような言葉を吐く久秀の目はその言葉とは裏腹に、むしろ有望な者を見るような温かさに満ちていた。

「じゃが・・・そこいらで座り込んだままの奴よりは、見どころのある若者じゃ。そして」

 パンパンと柏手と打つと、

「あの女子の青臭さも、若さ故の無鉄砲。・・・・・・ならば、それを支えてやるのが年長者の使命、かの」

「やれやれ、ここまで大ごととなっているのであれば、あとは卿へ連絡だけ入れれば依頼は完了ですのに。貴女も物好きな人ですね」

「抜かせ。それとも果心、怖いのならば・・・ここに残っても構わぬぞ?」

「それこそ冗談でしょう?貴女といると退屈しませんよ、まったく」

 いつの間にか肩に乗っていた果心もそう苦笑しつつ、それでも抜け目なく遠見とおみの術を展開する。

「じゃろうて。して果心、あの娘の追跡は叶うか?」

「既にやっていますよ。この辺りは鳥も多いですから、お茶の子さいさいです」

「ま、待って下さい。それなら俺も」

 強打した腰を抑えつつも、スツアーロが久秀の背中に手を伸ばすが、久秀はそれを振り向きもせずピシャリとはねつける。

「駄目じゃ。あたら若い命を無駄に散らせることは無い。それに、若者の尻拭いをして偉そぶるのは・・・そう、大人の特権じゃ」

「若いって・・・それを言うなら、君の方がよっぽど若いじゃないか!君は一体いくつだってんだ!?」

 その問いかけに、久秀は肩越しに振り返り呵々大笑すると、まるで悪戯っ子のような笑みで答えた。

「儂か・・・儂は、60を超えとる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る