臨時2便:「―入電事案 幻想―」

 ――星の瞬きの全く見られない、宇宙に似てしかし異なる不気味な空間。

〝彼等〟の間では通称〝超宙空間〟と呼称されているその宙空。

 まるで永久の死を表現したかのような空間――



 ――その最中を、一台の黄色を基調としたカラーの自動車が飛び駆けた。



 黄色い塗装を基調とし、前後バンパー付近に赤と白の縞模様を施し、車体に走る白い帯には、―超空軌道 軌道パトロールカー―の文字を記す四輪駆動のSUV車。

 ルーフ上には標識器を備え、さらにその上と側面には黄色と赤の点滅灯を備えている。


 それは、〝巡回車〟と呼ばれる車輛だ。


 一見すれば本来惑星上の地上を走る物であるはずの代物が、この歪な空間を自らの意思で飛び駆け進んでいる事には、もちろんそのカラクリがある。

 この巡回車は、――〝超空推進機構〟という内部機構を備える。

一見宙空を空回りしているように見える4つのタイヤはしかし推進を生み出し。この歪な空間を自由に飛び駆ける事を可能としていたのだ。

 その超空推進機構を備える巡回車は、今はヘッドライトを灯し、搭載する点滅灯の内の黄色を点滅させながら。歪な背景の超宙空間を走る、発光ラインで描かれる軌道に沿って駆け進んでいた。

 この軌道は〝超空軌道〟あるいは〝交宙軌道〟と呼ばれる物であった。



 一見、何者の生存をも許さぬ死の空間のように思えるこの交宙空間は。

しかしその実、空間を常用行路として使用する車輛、機体、船舶等々様々な存在が行きかう場所であった。

 歴史を辿ればかつてはこの空間は全人、全生物未踏の道の空間であった。しかし時代が進み文明が発展し、空間はあらゆる文明が利用し交差する場となった。

 空間を行路として利用する者は爆発的に増え、それまで漠然とした取り決めしか無かった空間では、事故を始めとした惨劇が多発。それを重く見た各文明は、地上の道路にならい空間に往来を許可する軌道を細かく定め、統制する施策に打って出た。

 気の遠くなる程広大な空間に、しかし惜しみない労力、資源、技術が投入され、ついにそれは超空軌道として形を成した。

 そして現在、掌握されてる限りの空間に網羅された超空軌道は。その利用者達の目印と成り、そして雑多に行きかう彼等を統制する、大事な役割を担う物となっていた。



 その軌道上を行く巡回車の内部には、運転席と助手席に二人の者の姿がある。

 どちらも少し濃い目の青色を基調とし、各所に蛍光ラインが施された制服を纏っている。さらに内には紺色の指定シャツ。上からは制服同様に蛍光ラインの施されたベストを纏い、脚にはブーツを。頭にはそれぞれの階級ラインの入る、白色のヘルメットを被っていた。


 彼等は、―超空軌道交通管理隊―と呼ばれる。

 この超宙空間を走る超空軌道を管理し、安全を保つ事を任務とする組織であり、そしてその隊員であった。


 正しく言えば超空軌道交通管理隊そのものの管轄はこの超宙軌道に留まらず、数多存在する各通常宇宙、またこの超宙空間とは別の超空次元空間――これ等全てに走る軌道の管理、安全確保を担っていたが。

 少なくとも彼等両名が所属する基地隊に限っては、この交宙軌道内の定められた区間が担当であった。

 そしてそんな二人は車内のシートに座しながらも、運転に集中。あるいは巡回車の窓越しに、周囲に視線を配っている

 軌道上には利用者の落とした、あるいは別空間から紛れ込んだ落下、飛散物。故障や事故、トラブルに見舞われた車輛、機体、船舶類。時には迷い込んだ生物等が発見される事もある。

 これらは放置されればさらなる重大な事態を引き起こす原因となり、管理隊員の両名はそれ等を早期発見、対応するために目を光らせていた。



「――そうそう侵外くん。オススメされたドーン・オブ・ストラテジーシリーズ、僕も始めたよ」


 その巡回車内のシートに座す二人の内。

 運転席でハンドルを預かる男性が、ぬかりの無い安全運転の姿を見せつつも、そんな雑談のそれである言葉を紡いだ。


名を――渥美あつみと言う。


 50代の管理隊員。

 主任の階級と班長の役職を持つ、この道数十年のベテラン隊員。

 そして。厳しく、悪い言い方をすれば口うるさく癖の強いベテラン隊員も居る管理隊員の中では。温厚でしかしどこか飄々とした、掴みどころのない雰囲気の持ち主であった。


「あぁ、ホントですか」


 その渥美の言葉に、助手席のもう一名の人物より声が返る。

 雑談に返しつつも、その視線はフロントガラス越しに外部へ、抜かりの無い監視の視線を向けている。


 名は――侵外しんがいと言う。


 20代後半から30程の年齢。やや印象の良くない顔つきが特徴。

 管理隊員となってまだ数年の、〝隊員〟階級の隊員。

 我を貫き通す事を是とし、上司先輩にもなんと躊躇も無く尖るまでの言葉を向ける事もある。少し問題児の側面を持つ隊員であった。


「コンプリート・エディションを買ってね。もう2の最終局面に差し掛かる所だよ」

「早いですね。そこから3のエンディングまでが、作品最大の盛り上がりだ」


 二人の話題は、テレビゲームに関わるものだ。

 巡回業務に、それぞれの今の役割に抜け目なく意識を向けながらも。二人はゲームを話題の肴とした、雑談の盛り上がりを見せていた。


「――まぁ、渥美さんは飽きっぽいから。その気のある内に最後までクリアする事をお勧めしますよ」

「あっはっは、言われちゃった」


 渥美の気質を少なからず知る侵外は、少し冷めたようにも見える色で、揶揄う皮肉の言葉を飛ばし。

 それに渥美は朗らかな様子で、笑いの声を返す。


《――アーマ本部から、超空ヴォイドフィールド21》


 しかしその時。

 運転席と助手席の間に搭載される無線機より、効果の掛かった音声が響き聞こえたのはその時であった。


「ありゃま」

「ッ、面倒事か」


 聞こえ来た呼びかけ、呼び出しの通信音声に。

 渥美は飄々とした様子で気の抜けたような一声を零し。侵外は隠そうともしない悪態交じりの言葉を零す。


 聞こえたそれは、管制センターからの通信。

 管制センターとは、各基地隊の管轄軌道区間の全てを統制し、指揮を行う交通管理隊の指令所だ。

 また、超空ヴォイドフィールド21とは巡回車に割り振られた無線識別である。


 その管制側から通信が発報されて来たという事は、十中八九その内容は事象の発生、及び対処を要請する物だ。


「――232ブロック、下り0012万kp。どうぞ」


 悪態を吐きながらも、侵外はすぐさま無線機の受話器を取り。そんな数値を告げる返答を無線に返す。

 それは一定距離ごとに区分される超空軌道で、その上を現在は走り駆ける巡回車の現在位置を告げるものだ。


《232、下りの12万。了解――一件、施設外との接触トラブル願います》

「ぁん?」


 こちらの現在位置を復唱し。さらに続けて管制より伝えられるは、こちらに対応を願う事象の詳細。

 しかしその最初を聞いた侵外は、その印象の良くない顔を一層顰めて訝しむ色を作る。

 管理隊の業務において、対応を要請される事象の種類内容は多岐に渡るが。今に伝えられたその要請内容は、それでもあまり聞くことのない種のものであったからだ。


《クロークユトロンJCTのユトロンSA、こちらSA職員から――「SA施設が施設外の〝異世界住民〟の大規模集会に包囲されている」――このような旨で通報入りました、貴局調査願えますか?どうぞ》


 続き寄越され伝えられたのは、そんな詳細内容の説明。

 やはりあまり無い事象内容であり、当の言った管制職員の声にも微かに訝しむ色が見える。


「――ユトロンSAが大規模集会に包囲、この旨了解です。当局向かいます、どうぞ」


 多々の訝しむ要素があり、そして調査願えるか尋ねられこそしたが、結局これは業務だ。

 指揮、司令塔は管制センターであり、他の事象に付きっきりになっているでも無い今、これを拒む選択も無い。

 侵外は指令内容を簡単に復唱、そして自分等で調査に向かう旨を返す。


《了解、その他詳細はまだ入っておりません。超空隊(警察)も出動調整中ですが、貴局先着すると思慮されます、十分気を付けて願います。以上、アーマ本部――》


 その他、現状で伝えられる限りが伝えられ、最後にこちらの安全無事を願う言葉が紡ぎ寄越され。そして通信の原則に則り、呼び出した管制センター側から通信は終えられた。


 ――SA、サービスエリア施設が「異世界の住民」に包囲されている。

 伝えられたのは、そんな聞く限りは突拍子もない内容。


「あー、そうそう。普段あんまり意識しないけど、ユトロンSAは〝保護・干渉制限惑星〟内に敷地があるもんねー」


 その一連の通信の内容を、ハンドルを操りつつ聞いていた渥美は。しかし少し訝しむ様子はあれど――〝驚き疑問に思う様子〟はまるでなく。

 どころか納得の色で、また飄々とした様子で何かそんな言葉を紡ぐ。


「〝異世界のSA〟が広報、観光の売りでしたか?――しかし、〝SA施設は認識遮断保護〟されているはずです、なぜ――?」


 それに侵外は、またやや陰険な様子で皮肉るような言葉を紡ぎ。同時にそんなワードを伴っての訝しむ言葉を零す。


「その辺に面倒事の気配があるねー――何にせよ、言ってみようか」

「了解」


 しかし考えてばかり居てもしょうがないと、二人は意識を取り直すと。

 侵外はダッシュボード中央に並ぶ操作機器のボタンを押し操作。それが反映されて巡回車の標識機上の警光灯は黄色から緊急時の赤へと切り替わり、煌々と灯り回転を始める。

 そして渥美はアクセルペダルを踏む力をわずかに強めて、巡回車を必要な速度に乗せ。


 巡回車は―、緊急事案への急行を開始。

 そのSA施設を目指した。

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