第31話 〝入り口〟の謎、少女剣士を襲う驚異――そして、ラム(の装備)の新能力が明らかに――!? ★章ラスト

「……おっ、アレは一階層への階段か……今日は上向きなんだな。まあ向きに意味はほとんど無いけど。さて、それじゃキリがイイし、三階層のセーフティールームに引き返そうか」


「ん。わかったわ、ハーク。帰りも私が先導するわね」


 ハークが遠目に階段を見つけると、リーリエは素直に頷き、ラムも同意しつつ言葉を漏らす。


「は、はいっ、師匠っ。……それにしても道中、切り立った崖なんかもありましたし、ほとんど森みたいな所もありますし……本当に異次元って感じですねぇ。こんなすごい環境が、0時には丸々変化しちゃうなんて、ランダム生成ダンジョンって改めてとんでもないですよねぇ……」


「ははは、そうだな。まあこういう環境なのを知ってるのは、十年前から体感してる俺やクロエにリーリエと、新しく仲間になってくれたラムだけなんだろうけど。何せ一年前に入り口が出来てから、冒険者は一階層も越えて来られないし」


「確かに、そう考えるとアタシ、改めて貴重な経験を……ん? あれ、えーっと……そういえばリーリエさんは、一年前に入り口が出来るより前から、ここに入ってきてるんですよね? ハーク師匠を朝に起こしに来るっていう、奇特な動機のために……」


 ラムが話の流れで問いかけると、三階層へ戻る道を先に歩いていたリーリエが、淡々と事実を説明する。


「ええ。ダンジョンの入り口は生物で言えば呼吸をする口のようなもので、〝無くてはならないもの〟だから。10年前から入り口が完全に塞がってたわけじゃないわ。でないとランダム生成とはいえ魔物も棲息できないもの。だからこの山のどこかに、入り口はランダム生成で出来てたわ。私はそれを探して、ハークを毎朝起こすため、ダンジョンに入ってたの」


「入り口までランダム生成っていうのがアレで、この山のどこかっていう範囲の広さをあっけらかんと受け入れられるリーリエさんの度量もアレで、毎朝起こすためっていうのが何よりアレですけど……そ、そうだったんですね。……でも、あれ? う~ん……」


 ラムの言う〝アレ〟は配慮はいりょ。だがそれはそうと、何やら気になるらしく首を傾げる彼女に、横を並んで歩くハークが尋ねる。


「ラム、どうかしたか? 何か気にかかるコトでも?」


「あ、はい……10年前までは入り口もランダム生成だったのに、一年前には入り口が固定で現れたんですよね? それって、何か理由があるのかな、って」


「理由? ……う~ん、特に思い当たる節は無いな。実家ことランダム生成ダンジョンの主であるクロエの様子にも、別に変わりはなかったし。変わったコトといえば、リーリエがうちに入ってくるのが楽になった、ってコトくらいだな」


「な、なるほど、じゃあクロエちゃんが、リーリエさんのために……? う~ん、二人の今朝のやり取りを見てると、そんな感じじゃないような……うーん、うーん……アタシが気にしすぎなだけかもですけど、でも、もし……」


 考え事をしながら歩いていたラムが、不意に足を止めて。

 リーリエやハークから、少し離れた所で――呟く言葉は。



「一年前に固定の入り口が現れたことに、何か意味があるとしたら――」



「――――ラム、ッ!」


「ふえ?」


 ハークの、珍しく危機感を含んだ声が響いた――刹那。

 きょとん、とした表情で半身だけ振り向いた、ラムの視界に飛び込んだのは。


『―――Gahhhhhh!!』


「えっ――――」


 それは、もうラムの目と鼻の先まで迫っていた――高速で飛翔し、牙を剥きだす有翼の獣。飛び掛かる直前まで、木々に紛れて擬態ぎたいしていたのだろうか。


 ハークが傍にいれば、対処可能だっただろう――だが今は、バゼラート(※加速効果つき)を抜いた直後の彼でも、さすがに距離が遠く。


 更に少し離れて弓矢を構えるリーリエも、まだ弦を引こうとする直前だ。


 もはや、間に合わない――今まさに訪れるであろう悲劇に、少女剣士は、ただ悲鳴を上げるしかなく――



「あ、ぁ―――きゃあああああああっ!!」


『Guooo……ぎゃふんっ。おぅふっ。……GyAhhhh……』


「きゃあぁ……えっ」



 が、噛みつこうとしていた有翼の獣は、何かに弾かれた。更に直後、リーリエの放った矢に心臓を射抜かれ、瞬く間に宝石化する。


 一体、何が起こったのか――何がラムを守ったのか、その正体は。

 ラムの、下半身――特にスカートの内部を中心に、周囲へと展開された防壁。



 ―――即ち〝防壁のショーツ〟の展開した、バリアである―――!



「……………………」


 なかなか珍妙なバリアを展開する羽目になったラムに、今しがた鑑定する間もなかった有翼の獣を討ったリーリエが、珍しく戸惑った様子で声をかける。


「ラムさん。……その、なんて言えばいいのか……すごいわね? まさか、そんな奇特な部位からバリアを展開できるなんて……これが人間の持つ可能性?」


「―――いえそんな可能性、人は持ち合わせちゃいねーですからっ! これは装備の、あくまでも〝防壁のショーツ〟の効果でぇ!」


「そうだったの……そんな前衛的な下着を装備できるなんて、その勇気に敬意を表するわ。その発動スキル、おそれをめて〝ケツバリア〟と名付けましょう」


「ウオオオ変な名前つけてんじゃねーですよ!? やめとけやめとけ、普通にバリアとかにしとけですよ! 大体アタシのスキルぢゃねーし!」


「ンフフッ!」


「なに笑ってんですかハーク師匠! 弟子ったって場合によっては怒りたけりますよ、こんにゃろーっ!」


 どうにかこうにか窮地を脱したラムが、反動のせいかなかなかの興奮状態に陥っているが――魔物襲撃の直前まで、何の話をしていたのか忘れてしまうのだった。



 ◆        ◆        ◆



「―――というワケでクロエ、一年前にうちの実家ことランダム生成ダンジョンに固定の入り口が出来た件って、何か心当たりあるか?」


 セーフティールームに帰還して落ち着いた頃、ダイニングにてハークが義妹であるクロエに問いかける。

 ちなみに椅子に座るハークに、ぐでーんと体を預けて甘えている体勢だ。これには同席しているラムもモヤモヤしているが、今は我慢の時である。


 さて、ハークの質問に対し、ランダム生成ダンジョンの主・クロエの返答は。


「んぇ~……? ああ、そういえば一年くらい前にも聞いたね~、そんな話……すっかり忘れてたけどぉ~……心当たりとかは、思い浮かばないなぁ~……大体わたし、ランダム生成の大半は調整なんて出来ないしぃ~……無理に介入しようとするとバグったりするから、九割がたは何にもしてないし~……」


「そっか……まあでも、そんなモンだよな。分かったよ、クロエ」


「んん、まあ……何かの拍子ひょうしに、勝手に固定されちゃっただけ、じゃないかな~……あっハーク兄さん、手ぇ止まってるぅ~……リーリエさんの部屋まで新しく作らされて、連日、重労働で疲れてるんだからぁ~……ナデナデ、シテー……」


「はいはい、よしよし、頑張ってくれてありがとな」


「ふひひ……うんうん、がんばったからぁ、もっとぉ~……♡」


 ハークにナデナデされ、ご満悦まんえつのクロエに――むう、と頬を膨らませていたラムが、それでも気になったことを尋ねる。


「にしても……クロエちゃん、何だかんだ言ってリーリエさんの部屋、素直に作ってあげたんですねぇ……ご実家がランダム生成ダンジョンになる前からの付き合いだって聞きましたし、実は見た感じ以上に仲良しとか?」


「あ、いやまあ、うう~ん……仲が悪いつもりはない、けど……たとえば魔法で強制退去させたとしても、また勝手に入ってきちゃうわけでしょ? んでリーリエさん、隠密スキルEXなんだよね……基準としては〝神すらあざむく〟レベルらしいし……そんなリーリエさんの機嫌でもそこねて、いつ如何なる時も狙われる、とか……ストレスで死ねるし……もう今日の初見で、要求を提示された瞬間から、こたえざるを得ないのは決まってたんだよね……」


「リーリエさんの脅威が恐ろしすぎる。な、なるほど……もう大人しく要望に応えて同居でもしちゃうほうが、確かに被害は少なく済みそうですもんね……」


 なんかもう〝危険人物は見える範囲に置いておくべき〟のような話になってきたが、そんな張本人リーリエが、新たにラムの部屋の隣に出来た扉から姿を現す。


「ふう……クロエさん、わざわざ部屋を用意してくれて、ありがとうね。未来の姉は満足よ。じゃ、ハークからのナデナデポジション、変わってくれる?」


「ひぃんっ……み、未来の姉でも妹でもねーしぃ……それに、こ、このポジションばっかりは、そう簡単に譲らないかんね~……!」


「あ、クロエちゃんクロエちゃん、アタシもさりげに順番待ちしてるので、早く変わってくださいね。リーリエさんはその次ですよ~」


「ラムちゃんまで、いつの間に……!? くっそー、油断ならないヤツばっかだぁ、不如意~……!」


 さて、ダンジョンに固定の入り口が発生した事実といい、色々と気になることもあるのは確か……だが。


 今のところは平穏なセーフティールームでの、ランダム生成ダンジョン生活――その中心たるハークが。


「ん~……ラムがうちに来た頃から、なんだか一気に賑やかになったな。こういうのも案外、悪くないな」


 ぼそり、呟いて――姦しい三人組を眺めつつ、呑気に失笑した。

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