第48話 その女、魔導師につき②

「きゃあーーー!!」

「うわぁぁぁぁ!!」


 悲鳴が上がり、店内が騒然とする。

 

「お、おい!」


 男が二人、倒れた仲間に駆け寄った。

 完全にKOされている。


「いきなり何すんだ!」


 そんな抗議の声は案の定、ギャング風の大男には届くわけがない。


「テメーらはコイツのツレか」


「そうだよ。おれたちはコイツと女と楽しく飲んでただけだ」


「女?」


 ギャング風の大男の濁った眼つきがナナラに注がれる。

 彼女はのん気に飲み食いしていた。


「オイ。女」


 野太い声がナナラを呼びかけた。

 男二人がはたとする。

 このままじゃマズイ。


「お、おい」


 ふたりはナナラに駆け寄っていってささやいた。


「どうしたの?」


 彼女は酒のグラスを片手に振り向いた。


「お前すぐにここから逃げろ」


「なんで?」


「あのデカい奴に目をつけられてる」


「デカい奴って、あのおじさん?」


 ナナラはギャング風の大男を指さした。


「おいバカ、やめろ」と男二人が注意したが遅かった。


「おいオンナ」


 ギャング風の大男がナナラの傍までやってきた。

 巨漢が彼女をギロリと見下ろす。


「おじさん、わたしになにか用?」


 ナナラは平然としている。


「なかなかイイ女じゃねえか」


 全身を舐めまわすような視線が彼女にねっとりと貼りつく。

 

「ねえねえ、用はなんなの?」


 ナナラは相変わらずあっけらかんとしていたが、次の瞬間だった。

 ギャング風の大男の手が伸びてきたかと思うと、彼女の腕をぐっと掴んだ。


「一緒に来い」


 大男が腕を引っ張る。

 ところが、状況に変化はない。

 傍観者と化していた男二人は何が起きているのか理解できない。


「なんだ?」


 一番理解できていないのはギャング風の大男だった。

 

「来い」


 再び力を込めてナナラの腕を引っ張る。

 しかしまたしても彼女は微動だにしない。

 

「いいから来い」


 結局いくらやっても彼女は石像のように動かなかった。

 ギャング風の大男は次第に不可解な思いに駆られてくる。

 そんな時だ。

 不意にナナラが言った。


「ねえおじさん。腕相撲しよーよ」


「は?」


 虚をかれる大男の手を、彼女はやすやすと払った。

 相当に強い力で掴まれていたことがまるで嘘みたいに。


「ほら、おじさん。正面に来てよ」


「テメー、本気か?」


「負けた方が勝った方の言うことをきく。どう?」


 彼女はそう言うと、傍観者となった男二人へウインクをした。


「お、おい、言うに事欠いてなに言ってんだ?」


 もはや男二人はわけがわからなかった。

 この女、頭大丈夫か?


「イイじゃねえか」


 ギャング風の大男はイヤラシく舌舐めずりをして彼女の提案に乗った。

 まもなく卓を挟んで向かい合った二人が、腕相撲の態勢になる。


「おい。腕相撲で勝負するみたいだぜ」


 またたく間にギャラリーが集まり、酒場はアームレスリング会場のようなていになる。

 店主は「頼むからこれ以上の問題は起こさないでくれよ」と先ほど壊されたテーブルを片付けながら、失神中の男の状態を確かめていた。


「オンナ。覚悟はいいか」


 ギャング風の大男の野太い声が脅すようにナナラに向けられた。

 彼女はニヤリと笑う。


「おじさんこそ」


 その瞬間、一気に緊張がほとばしった。

 

「それでは二人とも、準備はいいかな?」


 いつの間にかひとりの知らないお調子者が、レフェリー役で横に立っていた。

 ナナラとギャング風の大男の握り合う手に力が入る。


「レディー......ゴー!!」


 ほとんどの者たちが一瞬の決着を予想していた。

 大男の勝利。

 それは常識的に考えて当然の予想である。

 だが、現実は違った。


「!?」


 ナナラの腕はピクリとも動いていない。

 まるで少しの力すら入れていないかの如く余裕の様相。

 むしろプルプルと震えているのは大男の方だった。


「て、テメー......」


「へぇー、おじさん、力持ちだね」


「ナメんじゃねぇ!!」


「ふんふーん」


 しまいにナナラは鼻歌を吹く始末。

 いくら大男の腕の筋肉が盛り上がろうと、血管がはち切れんばかりに浮かび上がろうと、戦況の変化は一切ない。


「く、く、くっ......」


「じゃ、そろそろいいかな」


 誰もが目を疑った。

 一瞬だ。

 軽く捻るようにナナラが大男の腕を倒したかと思うと、台となっていた机が真っ二つに割れ、体ごと崩された大男の腕が痛ましく床にめり込んでいた。


「ぎゃあああ!う、腕がぁぁぁ!!」


 ギャング風の大男がのたうちまわる。

 そこにいる誰もが何が起こったか理解できず、奇妙な静寂が店内を包む。

 やがて数秒後。


「う、うおぉぉぉぉ!!」


 溜まっていたマグマが一気に噴火するように歓声が上がった。


「すげぇ!!」

「名のある武闘家なのか!?」

「ねーちゃん最高だ!!」

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