第45話 来客②

 二日後の朝だった。

 研究所の扉がノックされた。

 

「まだ増産できていないのにな......」と、微妙な足取りで玄関へ出ていった大成は、予想外の来客に面食らった。


「ビジネスとやらは頑張っておるか?」


「ば、バーバラさん??」


 嬉しい裏切りだった。

 次回の訪問は予定よりも遅れると手紙を寄越していたのにも関わらず、バーバラはほぼ予定通りにやって来たのだ。


「バーさん。早いじゃないか」


 思わずビーチャムも駆け寄ってきた。


「よお、レオ。元気そうじゃな」


「忙しかったんじゃないのか?」


「でもわしが遅れると困るじゃろう?」


「それはそうだが......」


「それにふたりへ大事な話があってな。やはり遅れるわけにはいかんと思って何とか予定を詰めて今日来たというわけじゃ」


「大事な話?」


 しかも「ふたりへ」と言っている。

 ビーチャムと大成は顔を見合わせた。





「今後しばらくは研究所へ来られなくなるだって?」


 バーバラの話を聞くなりビーチャムが珍しく大声を出した。


「残念じゃがな」


 バーバラは研究室の椅子にゆっくりと腰掛ける。


「わしも歳じゃ。ここまで来るのにしんどくないと言ったら嘘になる」


 複雑な表情を浮かべるビーチャムに、バーバラは懐から出した一枚の書類を机に置いて見せた。


「それは」


「紹介状じゃよ」


「紹介状?」


「魔導師ギルドのじゃ」


「それって、再開したクオリーメンの魔導師ギルドですか?」


 大成が割って入った。

 バーバラはこくんと頷く。


「このギルドの代表者はわしの知り合いでな。わしの紹介状を持っていけば相談に乗ってくれるだろう。ただ、場所を移転したらしいので、そこは誰かに教えてもらってくれ。わしは以前の所しか知らんのでな」


 大成とビーチャムは意味ありげに視線を交わし合った。

 場所はレストラン店主のダニエルから教えてもらった、ということは黙っておこうと。


「わかりました。そうします」


 大成がそうとだけ返事すると、ビーチャムはバーバラへ問う視線を投げた。


「つまり、代わりの魔導師をさがせということか」


「そういうことじゃ。そしてわしみたいな老人でなく、若くてピチピチとしたイキの良い魔導師を捕まえなさい。君たちの未来のためにはその方が良いじゃろう」


「そんな言い方はないだろう。バーさんは素晴らしい魔導師だ」


「レオよ。これは転機じゃよ」


「そういう話では...」


「いや、そういう話じゃ 」


 バーバラは鋭い口調でビシッと言い切った。

 老魔導師のビーチャムを見つめる目は、愛弟子を見るような優しくも厳しいものだ。

 気圧されたように押し黙ってしまったビーチャムに、バーバラは諭すように続ける。


「あれから人生の時間が止まってしまっていたレオがやっと歩き出したんじゃ。これを転機と呼ばずになんと言おうか。いいか、レオ。新しい魔導師を見つけて、タイセーくんと一緒に大きく羽ばたいていきなさい」


「バーさん......」


「さあ、これで話は終わりじゃ。さっさと魔力注入をやってわしは行くぞ」


 バーバラはよっこらせと立ち上がると、〔魔法の泉〕が置いてある台に向かった。



 十分後。



 滞りなく魔力注入作業を完了したバーバラは、そそくさと帰り支度を始めた。


「バーさん。今日はコーヒーぐらい飲んでいったらどうだ」


 ビーチャムが引き留めるも、


「すまんな。今日も忙しいんじゃ。わしは失礼するよ」


 バーバラはまたしても足早に出ていってしまった。

 大成とビーチャムは顔を見合わせる。


「もう少し話したかったな。バーバラさんと」


「以前は半日ゆっくりしていったこともあったんだがな」


「てゆーか、なにか話さなければならないことがあったような......」


「魔導師ギルドのことだろ。それならバーさんから紹介状ももらったんだ」


「いや、そうじゃなくて、商売のことで......」と大成は言いさして、はたとする。


「そうだ。報酬を支払っていない!」


 バーバラには協力を要請する代わりに、対価を支払うと約束していた。

 大成はドタバタと売上金の一部を金庫から取り出して、勢いよく研究所から飛び出した。


「待て、僕もいく!」


 ビーチャムも続いた。


 ふたりはバーバラに追いつこうと駆けていく。

 と思ったのも束の間、大成が道に出た途端に立ち止まった。


「どっちに行ったんだ?」


「おいタイセー」


 追いついてきたビーチャムが、一方向を指さして示した。


「バーさんは帰っていく時はあっちにいく」


 その時だった。

 数十メートル先、通りの一箇所にふたりの視線が貼りつく。


「あ、あれは」


「バーさんだ!」


 駆け出すふたり。

 彼らの向かった先には、道端でうずくまる魔導師の姿があった。

 バーバラだった。

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