第31話 フィードバック

 今にも雨が降り出しそうな曇り空が、朝から町にどんよりと垂れこんでいる。

 

「ちょっと使いにくいんだよねぇ、これ」


 再訪一件目。

 この日はビーチャムの同行はなく一人で来訪した大成に、中年主婦からいきなり厳しい御意見が寄せられた。

 もちろんこれも想定内ではあったが、やはり現実は甘くないようだ。

  

「具体的にどう使いにくかったか、教えていただけますか?」


 まだ配布して三日後。

 この時点で「使いにくい」ということは、基本的な部分で足りないものがあると思われる。


「だってさぁ。これ、炉に投げ入れて唱えて火を起こすだろ?」


「はい。それが...」


「一回使った後、炉から小石を取り出すのがえらい面倒臭いんだよ」


 大成は「あっ!」となる。

 確かにそうだ。

 その面倒を考えたら、火打ち石を使う方がよっぽど楽になってしまう。

 そうなればもはや〔メラパッチン〕の存在意義そのものが没却する。

 まだ商品として弱い物なのは最初からわかっていたが、この点は完全に見落としていたことだった。


「確かに火を起こすってことだけで言えば便利だよ?火打ち石よりも便利な物があるんだと思って最初はびっくりしたさ。けど、これじゃあちょっとねぇ」


 中年主婦は、不満というよりもガッカリしたという仕草をした。




 頭を下げて一件目の訪問を終えた大成は、移動中の道すがらでひとつ気づいたことがあった。


「俺は〔魔導具〕というものを、ファンタジーという名の色眼鏡で見過ぎでいたのかもしれない......」


 よくよく考えたら当たり前のことだった。

 人が何かを使って便利か不便か、もっと言えば「使う価値があるかないか」をどう考えるかは、魔導具であろうが家電製品であろうが一緒だ。

 ビーチャムの研究・開発した物が素晴らしくても、それを商品やサービスとして売っていくにはもっと工夫がいる。

 そしてそれは、俺がやらなければならない。

 大成は「魔導具に浮かれていた自分」をかえりみるのだった。





 初日訪問分の再訪をすべて完了し、大成が研究所に帰る頃には雨が降り出していた。

 赤みを帯びることのない夕空は、まもなく夜に向かおうとしている。


「あまりかんばしくなかった様子だな」


 戻ってきた大成の顔を拝むなりビーチャムが言った。

 図星の大成は頷きもせず、重々しく椅子へ体を投げる。


「商品として決定的に欠けているんだよ。メラパッチン」


「ほう?」


「便利さを提供しているのに使いにくいって、アウトだよな」


「そんなに使いにくいのか?」


 やにわに大成はじと〜っとした視線をビーチャムへ浴びせる。


「ビーチャムってさ。俺がここに来る以前は、マトモな炊事ってしてたのか?」


「なんだ藪から棒に。一日二回程度コーヒーを淹れるために湯を沸かすぐらいはやっていたぞ」


「やっぱりかぁ!」


 大成は頭を抱えて嘆息した。

 そりゃそうだ。

 変わり者の魔導博士では、日常生活に使う魔導具の便利さの基準を正常に測れるわけがない。

 何せビーチャムは色んな意味で生活力がない。

 ビーチャムにとっては便利な魔導具も、一般家庭にとっては違うに決まっているんだ。

 なぜ俺はここで一緒に生活しながら俺自身もメラパッチンを使っていたのに、こんな肝心なことに気づけなかったんだ......。


「おいタイセー。何か僕に対して失礼な事を考えていないか」


 今度はビーチャムが大成をじと〜っと見返す。


「いや、何でもないっす」


 しれっと否定した大成は、明日のために気持ちを切り替えた。

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