第17話 魔導師

「ええと、ビーチャムさん」


 大成がビーチャムの耳元でささやいた。


「魔導師って、この人?」


「そうだが?」


「そうなのか......」


 ビーチャムと共に来訪者を出迎えた大成は呆然とした。

 当初の予定どおり、彼女は午前の内に研究所へやって来た。

 くたびれたローブを身にまとって杖をついた、腰の曲がった老女。


「やあレオ。元気そうじゃな」


「バーさんこそ相変わらず元気そうで」


「ところでレオ。新しい助手を雇ったのか?」


 老人は大成に目をやった。


「彼は、昨日から僕の助手になった」


徳富大成とくとみたいせいです。よろしくお願いします。ええと...」


「ワシは魔導師のバーバラじゃ」


 彼女の名前を聞いて大成は「ん?」となる。 

「なあビーチャム。ひょっとして、バーさんて呼んでるのは...」


「バーバラでバーさんだ。他にあるか?」


 婆さんじゃないんかーい!

 と声を上げそうになったが、ギリギリのところでこらえた。




 バーバラが研究所に入ると、世間話も程々にさっそく魔力注入作業が開始した。

 ビーチャムの開発した魔導具の一つ一つへ、老魔導士が杖をかざして魔力を込めていく。


「まさか魔導師がこんなご年配の方だったなんて。でも......」


 後ろで作業を眺めながら、ある意味ではイメージ通りな気もした。

 子どもの頃に読んでいた絵本には、まさにこんな老女の魔法使いが出てきたものだ。


「まったく、次から次へと魔導具を作るから、ワシの面倒が増えるばっかりじゃ」


「バーさんにはいつも助かっている」


 ビーチャムが殊勝に感謝を述べている。

 意外だった。

 何でもビーチャムが王都にいた頃からの知り合いらしいが、気難しい魔導博士のこんな姿を見るとは思わなかった。


 大成は改めて思う。

 年齢には面食らったけど、やはりこの魔導師を味方につけるのは効果的な手段だと思われる。

 少なくともビーチャムにとって彼女は、いなくなったら困る存在だ。

 一方で、バーバラにとってのビーチャムはどんな存在なのだろうか。

 詳しいことはわからない。

 ただ、このままビーチャムが本当に乞食みたいになってしまったら、バーバラも困るのではないか。

 そう考えると、この老魔導師も利害関係者ステークホルダーと言えなくもない。


「なんじゃ?興味あるのか?」


 不意に老魔導師が大成に振り返った。

 即座に大成はニコやかな表情を作って応じる。


「魔導師が魔導具に魔力を込めるところを見たことがなかったので」


「簡単そうに見えるじゃろう。だが、こう見えてコツがいるんじゃぞ」


「バーさんの魔力注入技術は職人レベルだ」


 ビーチャムが補足した。


「なるほど。魔力注入にも技術がいるんだな」


「熟練の技術というやつじゃ。ほっほっほ」


 得意気に笑うバーバラを見ながら、ふと大成は「待てよ?」と閃く。

 具体的なビジネスのイメージを。

 ただ、そのためには確認しておかなければならないことがあった。


「魔力注入するための魔導具は作れないのかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る