第10話 知る人ぞ知る神様

「こんな話、デタラメだと思うよな」


 大成の言葉に、さすがの魔導博士レオニダス・ビーチャムも答えられない。

 徳富大成は頭がオカシイ奴だと思われたかもしれない。

 ところが、ビーチャムの反応は違っていた。


「そうだ、あれだ、あの本だ」


 やにわにビーチャムは、何かを思い出したようにバッと立ち上がり、勢いよく本棚と机を漁り出した。


「ここじゃない。どこだ。あの本は」


 まるでガサ入れのように魔導博士が乱雑に探し物をする光景を、大成はぽかーんと眺めていた。

 

「今度は何なんだ......」


 数分間経った頃。

 一冊の本を手に取ったビーチャムがぴたりと動きを止める。

 

「そうだ。これだ......」


 彼はページをめくって中身に目を走らせる。

 やがてある頁の所で、該当箇所に人指し指を当てて呟いた。


「あった。これだ。転生女神テレサ」


「えっ?」


 次の瞬間、思わず大成も立ち上がっていた。

 ビーチャムは顔を起こし、大成に視線を転じた。

 お互い無言のまま歩み寄り、共にその頁の該当部分へ視線を落とす。


「ここを見ろ。転生女神テレサと記されている」


「確かに......」


「いいか、トクトミタイセー。よく聞け。この文献はかなり古い物で、しかも珍しい物だ。したがって、ここに記されている内容は、とてもじゃないが一般的とは程遠い」


「つまり、転生女神テレサは知る人ぞ知る神様ってことか」


「ごく一部の変わり者の研究者しか知らないだろう。魔導師で知っている者はいないかもしれない。ましてや軍関係の人間如きなら尚更だ」


「ということは、俺が軍と関係していないということは、証明できたってことか?」


「はからずもな」


 ほっと安堵する。

 とりあえずわけのわからない疑いは晴れた。

 だが、自分の話を信じてくれるかどうかはまた別の問題。

 大成はすぐに気を引き締めなおし、訊ねた。

 

「じゃあ、俺の話は信じてもらえるか?」


 ビーチャムは視線を外して少し考えてから、ふぅーっと息を吐き、再び大成をじっと見すえた。


「トクトミタイセー。ハッキリ言って貴様の話は荒唐無稽そのものだ。しかし、転生女神テレサの名を出したとなるといささか様相が違ってくる」


「どういう意味だ?」


「思いつきや聞きかじった知識で出せる固有名詞ではないのだ。この文献でも、名前とごく簡単な説明が記載されているのみで、まったくもって謎だらけの神だ。そんな女神の名を口にして、あんな話をするんだ。一研究者として聞き流すことはできないと言わざるをえない」


「なら、信じてくれるのか?」


「信じる信じないというより、詳しく聞くべき話だと僕は判断する」


 そのまま二人はしばらく見つめ合うと、どちらともなく、お互いボロ椅子に腰を下ろした。

 間もなく......大成は語り始めた。

 彼の話を聞くビーチャムの目は、真剣そのものだった。

 それどころか、時折その目は少年のように輝いてさえいた。

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