異世界営業〜大事なのは剣でも魔法でもない。営業力だ!

根上真気

第1話 プロローグ

 おおよそこの世界に似つかわしくないその青年は、小汚い酒場のような食堂でひとり考えていた。


「電車や自動車どころか電灯すらない、おそらく中世時代程度の文明レベルのこの異世界で、どんなビジネスができるだろう......」


 酒は頼まず、食事だけを口にしながら、あれこれと思考を巡らせる。


「たぶん、現代の文明社会で生きてきた日本人の俺が思いつくことは、ここでは自然と画期的になると思う。問題は、現実的に実現可能かどうかだ。例えば、俺は異世界のビル・ゲイツになる!なんて意気込んでも百パー無理だ。パソコンどころか電話すらない世界なんだから。資金力や技術力やニーズの有無以前の問題だ」


 ただ......と思った。


「やはり魔法が、キーになるかな」


 この世界には魔法が存在する。

 その事実は、科学技術に乏しいこの世界にも大いなる可能性を与えている。

 だから「魔法を使った新規事業」という発想に帰結したのは自然なこと。

 しかし問題があった。


「魔導師と、なんとか知り合えないもんかな......」


 彼は魔法が使えない。

 したがって魔法を利用した何かを起こすのならば、魔導師の協力者が必須だ。


「てゆーか......!」


 貧乏が滲み出る貧相な食卓を両手でバンと叩いた。


「俺にも魔法能力を与えろよ!あのクソ女神が!こんなんで人々を豊かにしてみろって、無理ゲーだろ!」


「オイ!そこのお前!うるせーぞ!」


「あ、す、すいません」


「仕事量増やされてえのか!」


「そ、それだけは勘弁を!」


 途端にしゅんとして、こうべを垂れた。

 正直、もう気持ちが折れかかっていた。


 この世界に飛ばされてきて、早三ヶ月。

 彼の生活は、肉体労働の日々だった。

 先の戦争で荒廃してしまった町の復興のために、土木作業や建設作業に駆り出されていたのだ。

 怪しい者として捕らえられた、よるべない異世界人の徳富大成には、他に選べる術はなかった。

 少なくとも今の生活は、辛くとも生きてはいける。

 そう思ってボロに身を包みながらも何とか耐えてはきたが、そろそろ限界が近づいていた。

 この状況を打破するには、一日でも早く事業を起こし、女神に課せられた使命を果たすしかない。

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