第13話 青い二人


 王太子主催の仮面舞踏会が行われたのは、それから約一ヶ月後のことだった。

 エリックは全体的に黒を基調とした装いで、ビアは緑。

 受付を済ませて会場となっている離宮に入ると、白、金を中心とし、天国をイメージして作られているようで、初めてこの離宮へ入ったビアはフィオーレ侯爵家の邸宅に似ていると思った。

 シャンデリアや家具、置物もすべてシルビアが好きそうなものばかり。

 オーケストラが心地よい音楽を演奏、先に入場していた招待客たちは各々ワインを片手に談笑している。


「お、エリック!」

「なんだ、お前も招待されていたのか」


 さすがルーナ侯爵家の嫡男というべきだろうか、仮面をして顔や身分を隠しているとはいえ、元々の知り合い同士であればお互いに気づくことは多く、エリックと一緒に来たものの、皆がエリックに声をかけてくるためビアは仕方がなくその様子を遠巻きに見ていた。


(まだ時間があるし、どうするか今の内に考えないとな……)


 エリックとシルビアの文通はまだ続いている。

 これ以上、差し障りのない返事ばかりしてはいられない。

 そろそろ何か手を打たなければとは思ってはいたが、この一ヶ月ジャンとしての仕事の方が忙しく、あまり時間を割けなかった。


(シルビアの縁談の話も気になるし……このままもし、シルビアが結婚ってことになってしまったら、文通の内容と齟齬そごが起こる。あまり長引かせることもできなし……でも————)


 エリックからシルビアに宛てられた手紙は、いつも愛情に溢れている。

 ビアはエリックがシルビアから返事が来るのを毎日楽しみにしている様子も見ている。

 それが本当は自分に向けられるべきものだということは別にしても、こんなに幸せそうな男からその笑顔を奪うのは酷だと思って、何もできずにいた。


(どうしたらいいんだろう。このまま返事を出すペースを遅らせて、自然消滅に持ち込むとか……? でも、そんなことをしたら、隊長の機嫌が悪くなって、今以上に仕事の鬼になったりしないかしら?)


 エリックの前の隊長は戦死してしまったが、噂によれば妻に浮気されて捨てられたせいでやけくそになっていたらしい。

 ビアは自分が生き残るので必死だったため、そんなことは全く気にしていなかったが、近くでその様子を見ていたという隊員は「奥さんもひどいよな。何も戦争中に男と浮気して、しかも別れたいだなんて……戦ってる場合じゃないだろう。そんな状況」と言っていた。

 前の隊長は愛妻家として有名であったため、相当ショックを受けていたようだ。


(この人はプライベートと仕事をきっちり分けるタイプ……とも言い切れないわよね。職権濫用で、私を補佐官に選んじゃうような人だもの)


 エリックにそんな一面があると知っているのは、おそらく隊員の中ではビアだけである。

 鬼の隊長が失恋しておかしくなったなんてことがもし知れ渡れば、相手は誰だと噂になるかもしれない。

 それがシルビアだなんて広まってしまったら……確実にフィオーレ公爵家の名前に傷がつく。

 最悪の状況になってしまう。


「————ワインをどうぞ」

「……え? あ、はい」


 考えながら壁側にもたれかかっていると、給仕人からワインを勧められる。

 普段酒なんて全く飲まないビアだが、この時は特に何も考えずに勧められるまま赤ワインを手に取った。

 その時ぐぅっと腹の虫も鳴いて、給仕人は親切にも「よろしければ、あちらにお食事も用意してありますので、どうぞ」と言ってテーブル席の方を指差して去っていった。


(そういえば、今日まだ私ろくに食事もしていなかったわね……)


 考えるにも、まずは腹ごしらえだと、テーブル席の方へ行くと自分とほぼ同時に反対側から歩いて来た男と隣り合う形で椅子に座った。

 向こうは青を基調とした装いだったが、髪の色や身長がほとんど同じ。

 体型も似たり寄ったりで、妙なシンパシーが生まれる。

 仮面をつけているとはいえ、ビアはその男と目が合った瞬間に気がつく。


「……兄上……?」


 どこからどう見ても、それは兄のジャン・ルーチェ本人だった。

 約二年半ぶりの再会である。

 最後に会ったのは、ジャンが騎士団に入団する前日のことだ。

 腹違いとはいえ、二人はたった数ヶ月しか生まれに差がない。


 自分とそっくりな男に兄上と呼ばれて、ジャンは動揺する。


「なななな何を言って————え? まさか、お前——……」


 ジャンもそれが自分の腹違いの妹であることには気がついたが、なぜ男装しているのか結びつかない。

 勝手に失踪したこのバカな兄は、自分の代わりに妹が戦地に送られたことは知っていたが、ジャン・ルーチェとして生活しているとは知らなかった。


「どうしてお前が、こんなところに? それに、なんだ、その格好……!!」

「なんだって————誰のせいだと!!」


 ビアが声を荒げ、これから口論になりそうだという雰囲気だった。

 それをジャンの隣の席に座った女がぶち壊す。


「————ダーリン? どうしたの? この人、お知り合い?」


(……だ、ダーリン?)


 ジャンと同じ青い仮面をつけ、誰から見ても多きすぎる胸をわざと見せつけるかのような胸元がこれでもかと広く開いたゴージャスなドレスのその女は、鼻にかかるような舌ったらずの甘えた声でビアの顔を小首を傾げながら見つめる。


「あらぁ? なんだかダーリンが二人いるみたいにそっくりねぇ」


(————誰!?)





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