第18話 初めてのキス
ジィはものすごい速さでこちらに向かってきて、いきなり部長に殴りかかった。
「なっ」
部長は驚いたようだがそれを躱す。
だがジィがすかさず二発目を放つ。
部長はそれも避けるが、ジィの攻撃は止まない。
「ちょっと、ちょっと、ジィ! やめなさい!」
だがその前に部長がジィの攻撃を避けざま、ジィの腕を捻り上げて壁に押し付け制圧をしていた。
その強さに驚く。何か格闘技でもやっていたんだろうか。
そう思って、前にも同じようなことを思った気がする。
デジャブ。最近多過ぎて慣れてしまった。
「ジィ、玉藻。あなたたちなんでこんなところにいるの!」
玉藻が遅れて駆けてきた。
「すみません、ジィがどうしてもキナさんに会いたいというので」
「会いたいって、今日一日夜帰らないだけじゃない。それにどうして部長に襲いかかったりするの」
「キナさんが襲われていると思ったんでしょう」
部長が顔をしかめたままジィを放す。
「こいつらが川の字のやつらか」
「川の字?」
「いや、なんでもない。お前の同居人だろう、如月」
「はい。すみません、ついてきちゃったみたいで」
部長がため息をつく横でジィが私に抱きつく。
部長がギョッとしている。
「こらこら、人前でそういうことしちゃいけないんだよ」
私はジィの頭に手を伸ばし、よしよししてあげる。
「なんか飼い犬みたいな扱いだな」
部長が怪訝な顔で見つめてくる。
まずい何か誤魔化さなきゃ。
二人は追われてる身なのだ。
誰かに見つかったら大変。
だから家に置いてきたのに来ちゃうなんて。
「ま、あ、似たようなものです」
「似たようなーー。まさか、ヒモか?」
「いえ、お金はちゃんと払ってくれるので。ただの同居人です」
「ずいぶん血の気が多いようだが、大丈夫なのか?」
部長はじとっとジィを睨む。
ジィの殴打を受け止めた手を痛そうに振っている。
一方、ジィは私にベタベタ張り付きながらニコニコ顔。
まさかただの人懐っこい龍です、とはいえず。
「か、格闘家なので」
苦しい言い訳だったか?
「なるほどな。それで腕が立つのか。だがそれなら尚更、一般人にあんなふうに手を出すものじゃない」
部長がジィの前に立つ。
並ぶとジィの方が少し身長が大きいかな。
それにしても美男子が並んで向かい合う姿はちょっと見応えある。
「力のある者は、その力の使い道をよく考えなければならないよ。
力を好きに使っていたら、それはただの暴力だ。
如月を守ろうとしたその動機は間違っていない。
だがよく状況を見て判断することもこれからは学びなさい」
部長らしい説教。
でも龍のジィには通じないだろうなと思っていたが意外。
ジィは、その場にひざまずき、部長に頭を下げたのだ。
「えっ」
と玉藻も驚いている。
「そこまでしなくてもいい」
部長がジィの肩に手をかけると、ジィはふと顔をあげ、
急に部長に抱きついた。
しかもーー
「ジィ様! だからそれはだめだと」
私は驚いて、でも、その光景から目が離せなかった。
ジィが部長に口付けをしたのだ。
えっと……これは尊い。
じゃなくて、
「だ、だめだよジィ! 部長のこと気に入ったのはわかるけど、
いきなりキスしちゃだめなの!」
私と玉藻でジィを部長から引き離す。
部長は手の甲で唇をゴシゴシ。
「なんなんだ一体」
「ええとーすみません、この子、ちょっと常識がなくて。そう、外国生まれの外国育ちで」
「それで喋らないのか」
「そうなんです。日本語がわからなくて」
「男とキスしたのは初めてだ」
正確には雄龍ですが。
「すみませんでした」
「もういい。フロントに、部屋に空きがあるか確認してくる」
「あ、いや私たちはこれにて帰りますのでお構いなく」
玉藻が言うのへ、部長は首を振る。
「君のような子どもとこんな常識知らずの男を
こんな時間に放り出すわけにはいかないだろ。
ちょっとそこの椅子にでも座って待っていなさい」
部長は自動販売機コーナーの椅子を指し示す。
「好きなものを買いなさい」
と言って、千円札を置いていった。
「面倒見の良い方ですね」
「部長だからね」
「それにお強い。人型だったとはいえ、主を守ろうとして攻撃してきた
龍を、あんなふうに制圧できる人間を見たことありませんよ」
そういえば、また聞き忘れた。
「格闘技か何かやってるんじゃないのかなあ。
無駄のない身体してるし」
「そうなのでしょうか。ジィ様もあんなに懐いて。
主人がいる龍が、他の人間に懐くというのは、かなり珍しいことですよ。
何より、あの礼は龍が忠誠心を誓う正式な礼。
キナさんという名付け親がいるのに、なぜあのお方に……」
「そういうものなんだ。
男同士、拳を交えて通じ合うものがあったんじゃない?
玉藻、カフェオレでいい?」
「あ、いえ。夜はカフェインは摂取しないことにしているので、
ルイボスティで。ジィ様にも同じものを」
ジィはコーラを飲みたがり不満気だったが、育師の玉藻に
食事面では逆らえない。
龍の体調管理は育師の仕事。
最初の日、私はジィにソーセージやら何やら添加物だらけの
食品を食べさせてしまったが、本当はいけなかったらしい。
だから玉藻は自分で料理もする、
しかも食材も、スーパーの野菜には栄養が足りてないと言って、
わざわざ道の駅やら取り寄せやらで用意している。
「このようなプラスチック容器もマイクロプラスチックが解けて
身体の中に入るからあまり良いものではありませんね」
玉藻は、どこから出したのか、陶器製のマグカップにお茶を開けて
ジィに与えた。
龍は繊細な生き物らしく、管理が大変なのだそうだ。
ふとスマホを見ると、涼子からメッセージが入っていた。
『大丈夫? 宴会終わったよ。二次会ホテルの居酒屋で来たい人は来てだって』
「二次会はパスだな」
私は涼子のメッセージを返す。
『大丈夫だよ。実は同居人が来ちゃって』
『え、ここまで!?』
『そうなの。だから、二次会私は行けないけど、涼子二次会楽しんで来て』
『うん何やら複雑だね。わかった。もしかしたら部屋戻らないかもしれないけど、気にしないでね』
部屋戻らないかもーーって?
あ、そうか。
涼子も同じ課の課長のことが好きなんだ。
涼子のところの課長は川瀬と違って、若くてやり手。
年功序列でなんとなく役職ついているだけのお荷物課長とは違う。
いかにも涼子が好きになりそうな優秀な人だ。
『わかった。がんばってね』
涼子みたいに私ももっと積極的になれたらいいのにな。
そうしたら部長とーー。
って、そんなわけないか。
部長と私とじゃ釣り合わなすぎる。
「私ちょっとトイレ行ってくるね。二人はここにいて」
「はい」
私は二人を置いて立ち上がり、廊下に出た。
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