第2話 部長の腕の中
「待って」
部長がもう片方の手でドアを押さえ、わたしは部長の両腕の中に囲われた。
背中に部長の気配を感じる。
触れてはいないが、振り向いたらその顔が近くにあるのがわかって、わたしはドアの方を向いたままでいるしかなかった。
「今の話は、誰にも言うな」
部長はかなりきつい口調でわたしにそう言った。
そんなに聞かれてはいけない話だったんだろうか。
「はい、大丈夫です。内容はあまり聞こえなかったので」
「内容の問題じゃない。声が聞こえていることをだ」
わたしは部長の言うことの意味がよくわからなかった。
それならスピーカーで話さなきゃいいのに、と思いながらも、その場を早く去りたかったので「わかりました」とわたしは頷く。
この壁ドンみたいな状況を早く抜け出したい。でも部長はなかなか解放してくれなかった。
「如月は霊感のある方か?」
唐突な部長らしからぬ質問に、わたしはつい「は?」と振り向いてしまった。
案の定、部長の顔が間近でわたしを見下ろしてくる。でも、なんでそんなに心配そうな顔?
「いや、すまん。変なことを聞いているのはわかっているんだけど」
いつものビジネススタイルとは違う、柔らかい部長の口調にわたしは少しドキリとしてしまった。
「霊感なんてないですよ」
「そうか。じゃあ、変なものを見たりすることはないんだな?」
「ないと思いますけど……」
部長はまだ少しわたしを疑って見ていたが、「それならいい」と息を吐いた。
少しミントの香りがする爽やかな息が香ってくる。
ドブくさい川瀬の口臭とは全然違う。
「引き留めて悪かった。仕事に戻っていい」
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仕事に戻ると、オフィスがざわついていた。
「如月! 今までどこほっと気歩いてたんだ、ちょっとこい!」
さっきまでヘラヘラしていた川瀬がデスクからわたしを呼びつける。
「はい」
わたしが近づいていくと、川瀬はいきなりデスクをバンと叩いて怒鳴り始めた。
「おまえふざけんなよ! エービー社に納品する商品は1000個って言ったじゃねえか! 100個しか仕入れがされてねえってクレーム来てるぞ」
わたしは驚いて何も言えなくなってしまった。
「発注したのおまえだろう。どう責任とってくれるんだ!」
いや違う。
エービー社の発注は川瀬が自ら発注を請け負った。
発注書を作成したのも、決済を押したのも川瀬本人だ。
それがどうしてわたしのせいなの。
「やばいだろこれ! 急ぎの発注だったんだぞ」
「すみません……」
「謝って済む問題じゃねえだろ!」
それじゃあどうしたらいいんだ。
助け舟が欲しくて、オフィスを見回すけど、他の社員はパソコンに齧り付いて素知らぬふりを決め込んでいる。
エービー社の発注は川瀬がやったってみんな知ってるのに。
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