現代龍騎士の憂鬱
影燈
第1話 謎の能力
来る。
わたしがそう思った直後だった。
そこにいる者のスマホが一斉に鳴り響いた。
緊急地震速報だ。
会議は中断され、みんなが自分のスマホを確かめる。
その時、ドンッとビルごと地面に叩きつけられたような衝撃が来た。
ビリビリッと音を立てて窓が震える。
「みんな伏せて!」
会議を取り仕切っていた闘護部長は指示を飛ばすと、冷静にドアを開けて皆の逃げ道を確保した。
立ち上がれぬほどの激しい横揺れに、女子社員は悲鳴をあげている。
五分くらい経っただろうか。ようやく揺れが収まり、スマホを見るとほんの数十秒揺れていただけだった。
震度5。
ビルの13階という高さのためか、もっと大きな揺れのように感じた。
「やっとおさまった」
机の下に身を隠していた課長の川瀬が、安堵の息を吐きながら椅子に座り直す。
「でもまだ余震が来るかもしれませんよ」
いや、もう来ない。
なぜかわたしにはそうだとわかる。
「余震の心配はない」
えーー。
部長がそう言い切ったので、わたしは少し驚いた。
わたしは、地震が来るのがわかる。動物みたいな直感の持ち主なのだ。その地震に対しての余震があるかどうかも、なんとなくわかる。
部長も、もしかしてわたしと同じ体質なのだろうか? と、少し興味を持った。
でも、こんな特異な体質、わたし以外にもいるものか? ただの偶然だと考えた方が自然だ。
「会議を続けよう」
部長は一人冷静に、揺れで傾いていたホワイトボードを戻す。
「では、資料の六ページを開いてくれ」
みんな、慌てて席につき直し、資料をめくる。
その後は何事もなかったかのように会議が進められた。
確かに、震度5くらい、最近じゃ慣れっこになっていた。地震がありすぎるのだ。
それにしても、いきなり会議を再開させなくてもいいのに。
部長は28という若さで課長に昇進して、36歳の現在、いくつかの課を束ねる部長職に就いている。
仕事ができて面倒見もよく、おまけに長身でイケメン。
上司や部下からの信頼も厚く、女性社員からの人気も高い。
でも、わたしにはただの仏頂面の仕事人間にしか見えない。
36にもなって結婚もしてないし、特定の相手もいないらしい。
遊びのない人間って、苦手だ。仕事一筋って感じ。
わたしには合わないな〜。
「唯ちゃん、明日からの社員旅行行くでしょ?」
会議が終わるなり、川瀬が近寄ってきた。
「あ、はい。そのつもりです」
川瀬は今年54。
高卒でこの会社に入ったプロパーだが、出世街道からは外れて課長止まり。
後輩だった闘護さんに立場を抜かれたのが気に入らないらしく、陰ではよく悪口を言っている。
「いいね。新入社員はいっぱい飲まないとダメだよ」
「はい、ありがとうございます」
わたしは愛想笑いをして、その場をそそくさと去る。
闘護部長も苦手だけど、川瀬課長はもっと苦手だ。
この時代に昭和のノリで平気でセクハラまがいの発言をしてくるし、機嫌が良い時はどうでも良いことをベラベラと喋りかけてきて仕事を邪魔するくせに、機嫌が悪いと辺りに怒鳴り散らす。
何十年とこの会社にいるのに、基本的なこともできない。そのくせ立場が上というだけで部下に威張っている。
もう半年もこの会社にいれば、大体人間模様もわかってくる。
この会社は年功序列なのに部長が若くして出世したわけは、何も部長が上司にごまをすったとかそういうことじゃない。
役員も闘護部長におんぶに抱っこなのだ。
この会社は闘護さんがいなかったら成り立たない。
それを知ってか知らずか、闘護さんは若手の採用にも積極的で、指導も熱心だ。
「あっ」
自分のデスクに戻ってきて、私はスマホを会議室に置いてきてしまったことに気がついた。
もう一度会議室に戻り、戸を開けようとすると中から声がした。
「ねむからなにものかがりゅうのたまごをもってそちらへにげこんだんだよ」
その声は不思議と響いてよく聞こえてきた。
けれど言ってることはよくわからない。
ねむ? りゅう? たまご?
なにかライトノベルか何かの話でもしているのだろうか。
とそのとき、手をかけていたドアノブが動き、急にドアが開いた。
顔を覗かせたのは闘護だった。
「どうした?」
高身長の闘護が上から見下ろしてくる。
「あ、すみません。スマホを忘れて」
「今片付けをしてたがスマホなんかなかった」
「え、うそ。ちょっと見てもいいですか?」
「ああ」
わたしは会議室に入り、座ってたあたりを調べてみた。ほんとにない。
「あれぇ」
ここに忘れてきたと思ったのに。
そういえば、部屋には誰もいない。
さっきの声は闘護さんのものではなかった。
スピーカーにして電話でもしてたのだろうか?
それにしては随分はっきりと聞こえてきた。
まるで頭の中に声が直接響くみたいだった。
「そのポケットから覗いてるのはスマホじゃないのか?」
部長に言われて、ポケットを探すとあった。スマホ。
「ほんとだ。やだごめんなさい」
「いや、見つかったのならよかった」
「はい。お電話中だったのに、すみません」
私がそう言うと、部長はにわかに顔色を変えた。
「なんだって?」
その迫力に私はちょっとたじろく。
何か聞いてはいけないことでも言ったのだろうか。
「あ、いえ。すみませんでした」
わたしは急いでその場を去ろうとドアノブに手を掛ける。
だがその手に部長の手が重なった。
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