神々の記憶置き場#1

とある神の観測記録

◯■■△.GBM



【吸血族騒動、観察の記録】

【記憶を再生します】



●エルゲニア1215年



『少年、ここが目的の場所だ。かの吸血族を単独で倒せる可能性は薄い。この場所で協力者を募り――』

「――おいおい、何だこのガキは?」

「んー?」

「ここは吸血族との戦場の最前線だぜ? てめえ見てえな人族の薄汚え貧弱なガキがいていい場所じゃねえんだよ。さっさと帰りな」

「ねえ、トカゲのおじさん」

「……トカゲ、だぁ!? てめえ、死にてえのか? この竜人の戦士であるド・ガが優しく忠告してやってんのによぉ!」

「トカゲのおじさん、まあまあ強そうだからここで一番強い人知ってるでしょ? 教えてよ」

「……分かった分かった。吸血族のクソ共の前にお前が死にたいってわけだな? 望み通りぶっ殺してやるよ!!!」



『……まさか、全員倒してしまうとは』

「んー! これで終わりかな?」

「ば、バカな……人族に、この俺が負ける……?」

「おいおい、どうなってんだよ!? グリドさんの剣が真っ二つだぞ!?」

「ただの人族のガキだろ? 俺たち全員でも戦って勝てねえグリドさんが、こんなにあっさりやられるなんて……」

「おい、どうなってんだ!? 最前線の指揮官なグリドさんがやられて、吸血族のクソ共が攻め込んできたら……!」

「いやー、すごく強かった。ねえ、犬のおじさん。おじさんより強い人はここに居ないの?」

「……居ない。俺が、最強だ。俺より強い奴というのなら……吸血族共だろうな」

「そうなんだ。よーし、それなら丁度いいね」

「……何がだ?」


「吸血族と戦うつもりだから、僕が協力するね」


「……お前、正気か? 吸血族は本物の化け物だぞ。俺に勝って慢心しているなら、諦めろ。あれは本当の怪物だ」

『少年、ここは説明をするべきだ。私の力であればあの力は――』

「ワクワクするね! 負けるつもりはないよ!」

『……少年。』

「……怪物には、怪物をぶつけるか」

「グリドさん!? いや、こんなクソガキなんて追い出して……」

「ド・ガ。全員が負けて誰が追い出せると思ってる。それで、君の名前はなんだ」

「え? 名前?」

「ああ、君の名前を教えてくれ……私の名前はグリド。吸血族に対抗する他種族連合を率いる最前線の指揮官にして、ガ■◯△神の加護を貰っている。それで、君の名前は?」

「名前ないんだよね」

「……は?」

「だから、ナナシでいいでしょ? よろしくね、グリド!」



『……君はいささか、暴力的すぎる。普通に私のことを教えて参加すればよかったではないか。結局、あの後もこの場にいるすべての戦士を叩きのめしてしまった』

「リドルは剣なのに、変なところで呑気だねぇ。僕の住んでた山ではちゃんと力を示さないと襲われるし納得されないんだよ?」

『のん……!? ……ごほん。まあ、いい。だが少年。本来の目的は忘れてないな?』

「そりゃあ忘れてないよ。強い吸血族達を全員ぶっ倒せば良いんでしょ?」

『違う。私から分かたれた剣の暴走を止めることだ。そして、それは吸血族の頭目が持っているはず。共鳴しなければ会話をできない私に代わって、君が意思疎通を取りながら奴を止めるために頼んでいるわけだ』

「つまり、吸血族を全員ぶっ倒せば最後に一番強いのが出てくる! それで戦って勝てば解決ってわけだね!」

『……まあ、それでいい』

「あと、ちゃんとナナシって呼んでよ。少年じゃなくて。初めてつけてみた名前なんだからさ」

『分かった、ナナシ』



●エルゲニア1216年



「トカゲのおじさん、遅いよー」

「ば、バカ、やろう……げほっ! てめえが、おかしいんだよ! はぁ、はぁ、なんで、息ひとつ、あがらず……ごほっ! 吸血族を、何人も、ぶっころせるんだよ……」

『同意だ。正直、君はおかしい』

「おかしいかなぁ? 確かに吸血族の人は強いけど、動きみてズバーンとやってザクーとすれば簡単じゃない?」

「意味不明な、こと、言ってんじゃ、ねえぞ! はぁ、はぁ、クソ、最初に、こいつに、絡まなけりゃ……こんな、貧乏くじ引かなかったってのに……」

『最初の出会いこそ、非はド・ガにあったが……今は同情してしまうな』

「あ、これマズい感じがする。急ごう!」

「待て、てめえ! げほっ! 俺たちは! あくまでも、報告だけで! はぁ、はぁ! 待てバカ野郎!」

「あ、グリドだ。おーい、大丈夫ー? 援護に来たよ!」

「待てって、お前! あっち、戦闘中じゃねえか! おい! 行くなって! バカ!」

『というよりも、我々は前線のグリドに報告に来ただけで援護ではないのだがな』

「ナナシ!? いや、今は助かる! ド・ガ! ナナシ! 相手はかなりの強さだ!」

「わかった!」

「ああクソ! なんでこんな目に!」



「ナナシさん」

「ん? 何? えっと、後ろで頑張ってる人族のお姉さんだよね。もしかして、僕と遊ぶの?」

「違います。お説教です」

「……悪いことしてないよ?」

『いいや、君は無自覚に悪事を働いている』

「どの口が! いうんですか! 勝手に出ていって!! 吸血族と戦うなって!! 言ってるんですよ!!」

「えー? でも……」

「えーじゃありません! こっちにも、計画とか連携とか色々とあるんです! それに、君一人で押し返しても全部の吸血族は止めれないでしょう!」

『そうだ。君が一人である以上は限界がある。忠告を聞くべきだろう』

「……はーい」

「君の成果は確かに素晴らしいです! 君のおかげで助けられています! ですが、それでも君一人で吸血族をすべて相手取ることは出来ません! 戦わずに勝つ方法なんていくらでもあるんですからね!」

「僕が分身とか出来たらいいのになー」

「出来るわけがない事を望まないでください!」

『……ナナシなら実現しそうで怖いな』



●エルゲニア1218年



「……はぁ」

「溜息とは悩み事ですか? グリドの旦那」

「ヨセフか。いやな……ナナシがな……」

「ああ……ナナシですね」

「本当に良い子なんだ。人族だがその実力は素晴らしい。屈託のない性格で人当たりもいい。その強さを正しく敵に向けている。そして士気も挙げている」

「良い子なんですがねぇ……その倍の迷惑やら独断専行やら暴走が酷いですからね……」

「ああ。さらに巻き込むことに躊躇がなさすぎる。私は先日、ナナシと偵察に行ったのだが気づいたら相手の本隊と交戦していた」

「ええ。あっしも同じですね。補給作戦のはずがなぜか吸血族の孤立した奴らを追いかけてましたよ」

「……流石に神にどうすればいいか巫女を通して聞いてみた」

「それで、神様はなんと?」

「諦めて協力しろ。あの子は希望だとさ」

「……間違っちゃいねえんですが、ねぇ?」

「ああ……ところで、今は何日目だ?」

「……吸血族に奪われた都市を取り戻すという大作戦が始まってから一週間ですね」

「我々の予定は?」

「まずはゲリラ作戦で、徐々に都市にいる吸血族の戦力を削る作戦でしたね。本来の予定じゃ、今は補給のために帰還して第二陣の準備中の予定でさ」

「今我々は?」

「……敵の中枢ど真ん中ですね。すでに補給物資だのは尽きて現地調達してますね」

「ナナシは?」

「どっか行きましたねぇ。ああ、あっちから悲鳴が聞こえてるんでナナシですかね」

「……最近、私の自慢だった毛並みが萎れて抜け毛が酷いんだ……それに、食欲も落ちてきた……」

「ド・ガは、あまりにも常識外れなナナシに連れ回されて、鱗や牙が剥げ落ちてしまったと嘆いていましたね。まあ、ナナシに巻き込まれる奴らは全員が同じような症状ですなぁ」

「……辛いのは皆同じか」

「ええ。ナナシ以外は全員辛いですねぇ」

「……さて、行くか」

「結果は出てるんですよねぇ」



「あはは! 凄い! こんな、通用しないなんて始めてだよ!」

「ええ、私も同じ気持ちです。この状況で仕留められないのは人生で初です」

『ナナシ。引くべきだ。アレは強い。周囲に吸血族がいる状況では君も勝てない』

「……むー」

『完全に誘い込まれた。いくら君が強くても限界がある。君が満足できる結果にはならない』

「それもそうだよね……ねえ、吸血族の頭目の人だよね? 君の名前はなんていうの?」

「……名前を聞かれるのは久々ですね。名前は捨てました。神に不義理をした私が名乗るものはありません。」

「奇遇だね。僕も名前がないんだ」

「……名前がない?」

「うん。だから、ナナシって名乗ってるんだ。ねえ、お兄さん。また会いに来るよ。もっと強くなってね!」

「逃げられるとでも……」

「おい! こっちだナナシ! さっさと逃げるぞ!」

「トカゲのおじさん、ありがと! じゃあね!」


「……主よ。どうしますか? 今追いかけて殺すべきだとは思いますが」

「やめましょう。この場の有利を崩してまで追いかければ敗北します。私もこの通りですから」

「なっ!? その傷は……!?」

「防いだように見せましたが、実は避けれていません……まあ、彼にも痛手は与えていますがね」

「……恐ろしい。あのような怪物が人族だとは」

「舐めてはいけません。さて、帰りましょう。逃がした以上は次の準備が必要ですから」

「はっ!」

「――君の本体を持つ彼が我々を止める者になるのでしょうかね」

『ふん、そんなわけがない。奴と本体を殺して、俺こそが本物になるのだ。それに、お前は負けるわけがないだろう。俺を認めてくれた友よ』

「はは、期待が重いですね」

『それにこたえて来たのがお前だろう?』

「そうですね……今更、やることは変わりません」



●エルゲニア1219年



「なあ、客が来たぞナナシ」

「えっ? 僕に?」

「――はじめまして。人族の勇者様」

「……へえ」

「おい、誰だこの女共は」

「どこかの種族の巫女か? 神からの遣いか?」

「っ、お前ら逃げろ。そいつらから血の匂いがする」

「は? グリドさん、それはどういう……」

「お待ちください。争うつもりはありません……確かに我々は吸血族です」

「なっ!? 吸血族!?」

「嘘だろ!?」

「いや、でも夜になってないぞ!」

「かの邪悪な剣を使い、神を捨てた吸血族とは別の勢力なのです。私は慈悲深き夜の神に仕える巫女のエルシャ。今日は勇者様にお話が……」

「ねえ、エルシャさんは強いよね?」

「えっ? 身を守れる程度には……」

「は?」

「嘘だろこのバカ」

「エルシャさん、面白い気配をしてるんだよね。もしかして、あの人と関係があるのかな? ねえ、ちょっと遊ぼうよ! それから話を聞くからさ! こっちこっち!」

「えっ、あの……きゃあ!? 勇者様!? 今日は、普通の話し合いなので――」

「おいバカナナシ!」

「グリドさん、どうすれば……!?」

「聞くな! うう、毛が抜ける……!」

「巫女様!? おい、あの人族を止めるぞ!」

「エルシャ様に何かあってはいけない!」

「すまない、君たち! 勇者様を殺すつもりで止める! だが、君たちと敵対するつもりは――」

「いいや、俺達も手伝う!」

「ああ! あのバカに迷惑かけられたなら仲間だろ!」

「一回あいつボコボコにしてつるし上げろ!」

「そうだそうだ」

「……本当に彼が勇者様だよな?」



「よっしゃあ! 牧場にされた故郷の奪還だ! 酒を持ってこい! 俺が奢ってやる!」

「母ちゃん……やっと、取り返せたよ」

「ああ、お前らの仇を取れたぞ……」

「し、死ぬかと思った……」

「おう、吸血族の旦那。あのバカに付き合うのは初めてか? まあ、慣れるさ」

「慣れるんだよな……」

「慣れたくないのにな……」

「当事者のバカは?」

「あっちで怒られてる」

「ざまあみろ」

「エルシャちゃんに怒られて羨ましいぜ」

「シンシア姉さんも叱らなくて済むようになって喜んでたぜ」


「――ナナシさん」

「はい……」

「私は怒っています」

「ごめんなさい」

「なんで怒っているか分かりますか?」

「……えーっと、エルシャに確認しなかったから?」

「違います! それも、ありますが! 勝手に! 皆を連れて! 戦いに出向いて! 危険なことをするなと言っているのです!!」

「だ、だって、ほら。君のお兄さんの気配がしたんだよね。だから待ってたら逃げられちゃうし……」

「それと! これとは! 関係がありません! 兄さんが相手でも、誰でも関係ありません!」

「で、でも、もし捕まえたらさ……」

「捕まえられないからこの状況なのでしょう! 殺し合いになってあなたが居なくなれば! 私達は終わりなんですからね!? 分かっていますか!?」

「うう……ねえ、リドル」

『何も助け舟は出すつもりはない。忠告したし、ナナシは反省すべきだ』

「反省してませんね!? 今からちゃんと分かるまで怒りますからね! 覚悟してください!」

「ひえっ!?」


「――グリドさん、最近は毛並みが良くなってきましたねぇ」

「分かるか、ヨセフ。あの問題児を捕まえて怒ってくれる真っ当な子が居てくれるだけで随分と楽になった。エルシャにはナナシも頭が上がらないらしい」

「まあ、敵の親玉の妹さんですし、普段は真面目で優しいですからね。ナナシも懐いている分、無碍にできないんでしょう。巻き込まれる回数が減ってきてド・ガも鱗も牙も再生してきたと喜んでいました」

「……こうしてみれば、長かったが……奪われた土地も取り返せたな」

「ええ。地図を見る範囲が狭くなってきて、作戦立案の時の手間が減りましたよ」

「……つまり、見えてきたのだな。終わりが」

「そうですねぇ……滅ぼされるだけじゃない。家畜化された種族も助け出せました。奴らの頭目が出てくる頻度も上がっている。もう、終わりが近いですね」

「……戦後のことを考えると頭が痛い……」

「ああ、獣人族最強のグリドさんが、すっかり悩みの多い長老みたい顔に……!」

「……戦いが終わったら一気に老け込みそうで怖い」



●エルゲニア1220年



『ナナシ。戦いは終わった。だから――』

「ねえ、リドル。どうしてかな?」

『ナナシ。休むべきだ』

「どうしたら良かったのかな? 僕が、間違えちゃったかな」

『……君は最善を尽くした。だが、吸血族の彼らが一歩上回ったのだ。君を殺せば、こちらは瓦解するのだから」

「……初めてだった。マズいって思ったのに、逃げれなかったの」

『相手が吸血族という優位を生かして、命を捨てて来たのだ。それだけの覚悟だったのだ』

「……おじさん、迷惑じゃなかったのかな? いつだって、逃げるっていってたのにさ」

『どう考えていたかなど、誰にもわからない。死者は喋らない。だが、間違いなく言えることがある……ド・ガは君を守った。その身を挺して君を守った。それだけは、噓ではない』

「でも、生きててほしかったんだ」

『ド・ガもそう思った。そして、ド・ガは間違いなく戦士だった。この戦いで君以上に重要な人物はいないと理解していたはずだ』

「――僕はずっと、一緒に戦っていれば仲良くなって居場所ができるって思ってたんだ。山で生きてた時、命を取り合うことは常識だったんだ」

『……』

「でも、そうじゃない居場所があるんだって初めて知った。すごく、この居場所は楽しかった。力だけじゃなくて、怒られたりご飯を食べたりして。いろんな話をして。皆いい人で、面白い時間でさ。皆と一緒に戦うことが楽しかったんだ」

『……ああ。私と出会ったばかりの君に比べて、とてもいい顔になった。ただの野生児のような君は、人になった』

「死んじゃう人もいたし、悲しかったけど、それも仕方ないって思った。でも、それは僕がいれば助けられたなってくらいだった。今までは、それで良かったんだよ」

『ナナシ。君は限界だ。早く戻って――』

「ねえ、リドル……殺し合いって、つまんないんだね。死んだら、もう話すこともできないんだから」

『……ああ。そう、だな。殺し合いなど……くだらないのだろう』

「帰ろうか。トカゲのおじさん。いつだって、帰りたがってたしさ」

『……ナナシ』

「やっぱり、何も言ってくれないのは寂しいな」


「――もう誰も殺さず、この戦いって終われないのかな。リドル」

『……それは、もう無理なんだ。ナナシ』

「そっか」

『――すまない』



「ナナシ! どこに行くつもりだ!?」

「ごめんね! グリド! 勝手にしちゃってごめん!」

「ナナシさん!? 待ってください! あなたは一人で――」

「リディア、ごめん。約束破って!」

「待ってくだせえ! あれはあんたのせいじゃ……」

「ヨセフ! シンシアお姉さんに謝っておいて! 約束、守れなくてごめんって」

『いいのかい?』

「うん。もしかしたら最後かもしれないからさ。これ以上、犠牲を出さないためにも……これしか無いと思ったんだ」

『……ナナシ。君をこんなことに巻き込んでしまって。我々の事情で、君の人生を狂わせてしまった。すまない』

「別にいいよ。後悔してないから」

『だが、君を巻き込んだ……』

「だからいいって。面白い人に一杯出会えたのはリドルのおかげだし」

『……そうか』

「それに、友達ってそういうもんじゃないの? 助けて、助けられるものなんでしょ?」

『――私を友と呼んでくれるか。ナナシ』

「最初からずっとそう思ってるよ。違うの?」

『……いや、その通りだ。私と君は、親友だ』

「うん。じゃ、行こうか」



「あはは、楽しいね! 生まれて初めて、本気で戦ってるよ!」

「……本当に人族ですか?」

「人族だよ!」

「まったく……なんで、分身に対応できるのですか? こんなに本気で戦ったのは初めてですよ」

「あはは、なら、僕と一緒だね!」

「一緒、ですか?」

「うん! 本気で戦えることはなかったんでしょ!? なら、きっと、分かり合えないことも多かったんだ!」

「――それは」

「本気で戦えなくて寂しかったんだよね! 君も、楽しいんじゃないかな!? だって、そんなに笑ってる」

「――そう、ですね。私も、楽しいのでしょう。こうして、何のしがらみも何も考えず、本気で戦うなんて……人生で、初めてです!」

「なら! 君と僕は、親友になれそうだ!」

「それは……いい話ですね」

「なら、友達になろうよ」

「……正気ですか?」

「だって、友達は喧嘩だってするんだから。仲良くなってもいいんじゃないかな?」

「……はは、そうですね。なら、友達になりましょう」

「――このまま。平和に、手を繋いで終われないのかな? 一緒に、戦って。どっちが強いかを決めるだけでさ」

「――無理ですよ。私も君も殺しすぎたのです。だから、どちらかが死ななければ収まらない。我々は、奪ったものに対する責任を、取らなければならないのです」

「そっか」

「ええ」

「じゃあ、どっちかが死ぬまでやるんだね」

「そうです」

「ならさ、僕が負けて死んだら……君には、僕が一緒に戦ってきた仲間を見逃してくれないかな? それと、出来ればエルシャにも本気で謝ってほしい。あんなに悲しい顔をさせちゃダメだよ」

「エルシャが……分かりました。約束します。それと、同じように私からも頼みをしてもいいですか?」

「なに?」

「貴方と同じように、私についてきた吸血族の命の保証を。そして、私が殺されたのなら……君には世界を回ってほしい」

「世界を? なんで?」

「私とリドルのような間違いを犯す精霊を君に止めてほしいんです」

「……間違いって、言っていいの?」

「ええ、私の進んだ道は間違いでした。偶然起きたことでも。力を持っていたとしても。誰かに望まれても。それでも、このような事になる前に止まるべきだった。だから、止めることが出来なかったのは私の罪です」

「……そっか、分かった。約束するよ」

「助かります。ああ、君ともっと早く出会えれば……なんていうのは、弱音ですね」

「そうだね、もっと早く出会いたかった」

「ええ……ですが、君との話はここまでです。私は親友のために、ここは負けれないんです」

「……僕も同じだよ。友達のために、負けれない」


「――なんで!」

「……時間制限ですよ……はは、君の勝ちです。夜を失った吸血族の、弱さ……ですね」

「違う! 君は、太陽が差し込む前に僕に最後にとどめを刺せたはずでしょ! あの瞬間に! 君は、不自然に動かなかったじゃないか!」

「……」

「どうして! 君は、ずっと本気だったのに……! こんな最後は……!」

「――どうやら、僕は思ってたよりも偽善者でした……友を殺したくなかったんです」

「えっ……?」

「リドル。すいません。君も、彼も……選べなかった」

『……はっ、お前みたいな優しすぎて貧乏くじを引くような奴を選んだ時点で気づくべきだったさ。こんなどっちも選べない優柔不断な末路は……予想すべきだったのさ』

「君との約束を守れなかった。私は、中途半端な――」

『謝るな。ここまで、いい夢を見れたさ。お前をこんな、俺の勝手な復讐に巻き込んだのは俺だ……だから、感謝するのは、俺の方さ……』

「……はは、お互い様ですね」

『ああ……じゃあな』


「――僕が」

『ナナシ。辛いのなら代わりに私がやろう』

「いいや、僕がやる。友達なんだ」

「はは、私はいい友達に、恵まれますね……私の名前は、マルクですよ。ナナシ」

「……マルクっていうんだ」

「ええ。神には申し訳ありませんが……最後の別れまで、友達に名前を知ってもらえないのは、寂しいですからね」

「マルク、うん……忘れない」

「エルシャには謝れなかった……でも、仕方ありませんね」

「僕が代わりに怒られておくよ」

「はは、すいません……そんなことまで任せてしまって。じゃあ、あとは私の首を絶ってください。それで戦いは終わりになります」

「……」

『ナナシ――』

「はは、ナナシ。泣かないでくださいよ」

「止まらないんだ。勝手に、流れてくるんだよ」

『すまない。君を、こんな。こんなにも辛い役目を任せてしまって』

「こんな、辛い役目を任せてすいません」

「いいよ。だって、友達だから」

「……はは、本当に僕には、過ぎた友達だ」


「もし、生まれ変われるのなら……君ともう一度――」


「……終わった……ねむい……」

『ナナシ……ナナシ!? 待て、君、その傷は……! 不味い! 誰か! 誰か! 彼を助けてくれ! どうして、私は声が出ないのだ! どうして……!』


『誰か、誰か助けてくれ! 私の友達を、助けてくれ!』


「――剣が光ってる! こっちだ!」

「ナナシさん! 見つけました!」

「不味い、死ぬぞ! くそ! 血が止まらない! こんな――」

「私に任せてください! 神様が、手を貸してくれます! きっと、貴方を死なせませんから!」

「ナナシ! お前のおかげで、戦いは終わるんだ! だから、目を覚ませ!」

「ナナシ――」



【吸血族騒動、観察の記録】

【記憶を終了します】

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