第2章 下剋上編

第6話 予告

「…!?リソス様!!?」


「『お嬢』、どうなさいましたか?」


「いえ、なんでもありませんわ。リソス様があんなアマごときに簡単にやられるわけありませんわよ。」


「………。」


「私はまだ眠いのでしばらく眠りにつきますわ。」


 ……………


「…ということで、今回の件については、過去の舎弟達を含む私の舎弟管理の甘さが招いたことです。ごめんなさい…。」


 お嬢は屋敷の広間に集まってテーブルに添えられた椅子に座る黎、菱沼、裕也、八代に向かって深々と頭を下げた。


「頭を上げてくださいお嬢。それを言うなら俺も同じです…。」


 黎は染み染みと自分の無力さを痛感していた。


「でもさー結果的に皆無事に帰ってきてよかったじゃん!それにお嬢も黎お兄ちゃんもなんでも一人で抱え込み過ぎだよ!二人とも十の掟その三、忘れてないよね?」


 裕也は体は子供だがとてもたくましかった。


「ええ…『何か悩み事がある時は一人で抱え込まなくて良いと念頭に置くこと』よね…。ごめんね裕也…。」


「ここにいる皆様は誰もお嬢様も黎様も責めては居ませんよ!また何かあったら皆様で協力しましょう!?」


 菱沼はグループ全体を明るくしてくれた。


「晶ちゃん…。ありがとう。」


「はい、ワタクシ達の間では少なくとも厚い信頼関係が築かれております。しかし、折角の良い空気を壊してしまうようで大変恐縮なのですが、皆様に残念なお知らせがあります。」


 八代が真剣な表情で言った。


「一体どうされましたか?」


「現在の南グループにクーデターを示唆する予告が南グループの情報機関の方に入ったとのことです。」


「革命後も革命に反対する者の制圧に当たることは何度もあったわ。お父様の頃とはうってかわって組織がかなり丸くなったから反対派の過激派勢力が絶えないのも無理はないのよ。」


 お嬢は冷静だった。


「はい。元トップの源蔵様を支持される方々で勢力を拡大している模様です。彼らは元の南グループに方針を戻すことを強く要求し、要求に従わなくば武力行使も辞さないと告げています。尚、これらの反革命行為は十の掟に反するものではないので彼らを破門にすることは不可能です。」


「反革命行動は誰を筆頭にしているかの情報はありますか?」


 俺は恐れていた。今回お嬢がリソスに負傷をさせた事で『ヤツ』が動き出すのではないかと。


「黎、大丈夫よ。『彼女』の狙いは反革命ではなく私よ。今回の件とは恐らく関係ないわ。」


 お嬢は俺に小声で囁いた。


「そうだといいのですが…。」


 俺は無意識に最悪の事態を想定していた。


「はい。今回反革命の筆頭となっているのはS級舎弟に現在最も近いと言われている実力をもつA級舎弟の4人、通称『A級四天王』と呼ばれる者達です。」


「そんな…!まさか!じゃあ『アイツ』も!?」


 お嬢は震える声で聞いた。


「はい。『海の執事』の『海斗』もその一人です。」


「お嬢、海斗だけならまだ大丈夫です。『ヤツ』さえ絡んで来なければ…。」


 黎はお嬢をなんとか落ち着かせようとした。


「…そうね。でも『彼女』が絡んでくるのも時間の問題…」


「ねーねー!さっきからお嬢が言う『アイツ』とか黎お兄ちゃんの言う『ヤツ』とかって一体誰なのさ?」


 裕也の素直な質問に菱沼も同感するように頷いていた。


「俺が説明します。俺が言った『ヤツ』とは『海の女王』と呼ばれる『江戸村咲』です。俺とリソスに並ぶS級舎弟で『眠りの女王』とも呼ばれ、睡眠中でも戦闘が可能でエドムラサキという刀を用いるのですが彼女が放つ居合切りはどんな距離でもどんな硬度でも簡単に斬れてしまいます。俺が仮に彼女を暗殺しようと寝込みを襲撃しようとしても簡単に眠ったまま見切られ直ぐに戦闘モードに入りますが、眠っている本人には戦っているという自覚はありません。」


「す、すげーやべーやつじゃんよ!」


「そして本当に恐ろしいのは目を覚ました開眼時です。海中でもタダでさえ水圧をものともしない速さで動き回れるのですが彼女は十二単衣を纏っていて、それを1枚脱衣する度に速さの段階が上昇するのです。しかし彼女の目的は反革命ではなく『お嬢』の座、つまりこの南グループのトップです。なのでお嬢は自分の命は狙われる可能性こそあれど反革命が目的ではないため本件とは関係ないと考えたのでしょう。ただ…。」


 お嬢と俺は顔を見合わせた。


「彼女がお嬢の座を狙うのはあのリソスを溺愛しているためで、リソスがお嬢を自分の妻にしたいという願望を知っているから彼女がお嬢のことを妬んで逆恨みしているのです…。」


「そ、そんな身勝手な…。」


 菱沼は驚きを通り越して呆れていた。


「そして自分達の住処である深海でお嬢の命令には一切従わず水属性を纏う団体で自らを『お嬢』と名乗らせているのです。そしてその側近がお嬢がおっしゃった『アイツ』で、海の執事と呼ばれるA級舎弟の海斗です。海斗が絡むと江戸村も絡むのではないかという危機感が少し生まれますからね。」


「A級舎弟ってことは僕と同じだね!僕も力になるよ!」


「ありがとう裕也。でも、さっきも言ったけどあいつらはA級舎弟の中でもただ者じゃない。あなたの実力も確かだけれども、あなた一人ではまだ手に負える相手じゃないわ。」


「うう…!」


 裕也が悔しそうにするとお嬢が裕也の頭を優しく撫でた。


「そして残りの3人についてですが、まずは地形を自在に操る魔法を得意とすることから『地形の遊び人』と呼ばれる『千佳』様、風の気流、人の気配を肌感覚や鋭い聴覚、嗅覚などで読み取り盲目でありながら江戸村様には及ばずとも同じく刀を用いた戦闘を行う『風来のサムライ』の異名を持つ『天宮』様、そして…」


 八代が続ける。


 お嬢と黎は名前を聞く前からわかっていた。


「不死身の体を持ち、『不死鳥(フェニックス)』と呼ばれるお方、『太陽様』です。」


 お嬢と同じ火属性である不死身の太陽。大剣を片手で軽々と振り回す程の怪力で接近戦もさることながらその異名に相応しく炎の羽を纏い空を自由に舞った空中戦も可能である。


 一人一人でも厄介な相手が一斉に手を組みお嬢と俺以来の新たな『革命』を起こそうとしているのだ。


「恐れることはないわ。」


 重たい空気を打ち破ったのは先程まで恐怖で震えていたお嬢だった。しかし黎にはわかる。お嬢は今でも怯えている。


「 私達に不可能なことなんてない。この戦い。十の掟其の一に誓って、誰も死なせないわ。」


「お嬢、その約束、俺にも手伝わせてください。」


「そんなの僕たちも同じだよ!」


「ええ!私は戦闘員ではありませんが全力でサポートします!」


「情報提供はワタクシにお任せください。」


「みんな…、ありがとう。」



 次回 第7話 作戦

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