第5話 降臨

「私を蘇らせたお方…それは…」


 すると突然山岳地帯の方角から飛行物のような物がこちらに向かってきた。


「ギャアアアオオオオオオオオォォン!!!」


 空全体を轟かせるような叫び声が飛行物の方から聞こえてくる。


『それ』が段々近づいてくると姿が徐々に浮き上がって来る。


 抹茶色で所々体に棘のようなものと大きな翼が生えている。


 そして『それ』は


「フハハハハハ!!待たせたな愛しの愛しのマイハニー!南香歩ーーー!」


 と叫び上げた。


『それ』が近づくにつれてお嬢と黎はその正体が竜であることがわかった。


「この俺様がいなくて心底寂しかった事だろう?フハハハハハ!だがそれも今日まで…」


「お嬢、アイツと知り合いなんですか?」


 黎が竜を指差しながらお嬢に聞いた。


「さぁ?誰かしら?」


「ヒュウウウウウウゥゥゥ…ズザアアアアアア…」


 竜は突然急下降しながら塔のふもとに落ちてきた。


「あ、なんか落ちましたよ。」


「ええ、燃料切れかしら?」


「竜って燃料で動くんですか?」


「さぁ?私は火を扱うから真っ先に燃料が思い浮かんだだけよ。」


 そしてそんなやり取りをしていると、今度は身長2mを超える抹茶色の髪の青年が全身砂埃まみれで塔の頂上に姿を表した。


 お嬢と黎は驚いた…


「あ、あなたは…!」「お、お前は…!」


 お嬢と俺は声を揃えた。


「誰かしら?」「誰ですか?」


「ズザアアァァァ…」


 長身の男はずっこけた。


 そして起き上がり


「この俺様を忘れるとは…!リソスだリソス!南グループS級舎弟で大地の王の…」


「バコッ!」


 すると突然お嬢が長身男の顔面目掛けてジャンピング左パンチをクリティカルヒットさせた。


「ぐはッッ」


 男は泡を吹きながら白目を剥いて倒れた。


「あなた舎弟のくせにさっき私のこと呼び捨てで呼んだ上に勝手に『マイハニー』とか言いやがったわね!この変態舎弟!誰があんたなんかの女になるか!」


「あの~、盛り上がってるところすみません。」


 二階堂が割って入ってくる。


「この方なんです。私を蘇らせてくださったのは。」


 お嬢と黎は驚いた。


「この変態爬虫類舎弟が、二階堂を…?」


「はい。大地の王リソス様。戦死した私を土葬のために土に埋め、土に魔力を注ぎ死んだ私の体に魂なきまま意思を与え、私は授かった魔力で屍人の魔力を駆使して自身をアンデッドとして蘇らせたのです。」


「なるほど、それで共に戦死した市香と桃香もアンデッドとして蘇らせたのですね。」


「はい。実は私もリソス様が今ここにいらっしゃるまであまり思い出せなかったのですが、実際にいらっしゃったのでなんとか思い出すことができました。」


 するとリソスの右の指がピクリと動き、その瞬間直ぐに意識を取り戻し立ち上がった。


「オイコラァ!命の恩人であるこの俺様をテメェまで忘れやがって!」


 お嬢と黎も少しずつだが思い出しできた。


 コイツは黎と並ぶS級舎弟の一人で、肉弾戦をメインとした戦い方で敵を牽制し、その拳は大地をも割る。そしてさらにコイツが本気を出すのは『竜化』と呼ばれる状態でその姿は全長30mにも及び、その鱗は黎のナイフでも傷一つつかない。おまけにお嬢のことを呼び捨てにする失礼極まりない舎弟で事あるごとにお嬢を自分の女であると主張する。


「そんなことより、あなたこんなことしてどういうつもりかしら?これまでの出来事で一般人を含む沢山の人を巻き込んだ首謀者があなたなら、南グループのトップとしてこのまま見過ごす訳にはいかないわよ。」


「よくぞ聞いてくれた!流石俺様の次期妻と言われる南香…」


「ドカッ!!」


 お嬢の左跳び膝蹴りがリソスの顎に命中した。


「次期妻じゃないわよ!それと呼び捨てにするな!」


「まだお名前を言い切る前だったので呼び捨てかどうかはわからなかったのでは…。」


 お嬢が黎の方に振り返り鋭く睨みつけた。


「いや、こいつなら絶対やるわ。」


「はい…まぁたしかにそうですね…。」


 リソスが態勢を立て直すと今度は彼の体が眩しく光り、竜の姿へと変身した。


「俺様の目的は唯一つ!!南香歩を俺様のものにすることだ!!」


 リソスは雄叫びを上げて真っ直ぐお嬢のもとへ滑空し、お嬢を口に咥え山岳の方へ飛び立って行った。


「ちょっと!あなたこんなことしてただで済むと思ってんの!?今すぐ放しなさいよ!!」


 黎は慌てた。


「しまった!俺がいながらまたお嬢が危険な目に…!」


「あの方の行く宛は恐らく、竜の山でしょう。」


 二階堂が黎に呟いた。


「あの方が私達を埋めて下さった場所もそこでした。あの方が向かっていった山岳地帯にあります。」


 黎は少し驚いていた。嘘をついているようにも思えない。


「二階堂にとってリソスは命の恩人じゃないんですか?どうして俺に助言してくれるんですか?」


「確かにリソス様は私にとっては命の恩人ですが、リソス様の目的は香歩様をご自身の手中におさめることです。私達はその道具に過ぎませんでした。それに…。」


「それに…?」


「今の南グループが私は好きです。今の南グループの舎弟で私はありたかった。しかし私達はアンデッドです。アンデッドがこの世に留まる魔力の根源であるこの屍の塔を超時間離れることはできません。それに私達が南グループにしてきたことも許されることではありません。ですが今私が南グループのためにできること、香歩様、黎様、リソス様のためにできることは何かと考えたまでです。」


「二階堂…ありがとうございます。」


 俺は二階堂にお礼を行って屍の塔を後にし、竜の山のある山岳地帯の方角へ向かった。


 竜の山にて…


 気高く舞い降りたリソスはお嬢を地面に近づけ静かに口から離した。


「あなた!絶対に許さないわよ!S級舎弟の盟約がなければ直ぐに破門にしてやったところだったわ!」


 お嬢の言う『S級舎弟の盟約』とは、南グループである歴代からのトップとその家系に最も近い四天王と呼ばれる4人のS級舎弟になるには固い誓いを行うための『盟約』を結ぶため、降格や破門にするには複雑な術式を含む手続きが必要で、これを行うには10年はかかるとまで言われている。因みにこの手続きはお嬢も黎も暗記しておらず、南グループで覚えているのは、唯一『裏の頭』と呼ばれるD級舎弟の八代花梨のみである。S級舎弟が仮に死亡した場合にはA級舎弟からの昇格の可能性が最も高いが、『盟約』の承諾とこれまでの舎弟試験の中で最も過酷な試験の合格が必要になるため、4人の枠が必ずしも埋まるとは限らない。


「ちょっと!聞いてるの!?今すぐ人間の姿に戻りなさい!そして100発、いや、1000発殴らせなさい!」


 お嬢はご立腹であったが、竜化したリソスはその高い視線からお嬢を見下ろした。


「さすがは俺様の愛しの妻だ。その小さき姿も実に愛らしい。」


 リソスが右の前足の爪でお嬢の頭をつついた。


「 なにすんのよ!こんなものっ!」


「 ガブッ!!」


 お嬢がリソスの前足の爪に噛みついた。


「おお、遂にこの俺様に誓いのキスを…」


「ひがふはひょ(ちがうわよ)!ほんはふへふひひひっへひゃふふはがは(こんな爪食いちぎってやるんだから)!」


「ガブッ!!ガブッ!!」


「それより周りを見渡してみろ。」


 お嬢がリソスの爪から口を離して


「誰があなたなんかの命令を聞くものですか!フンッ!」


 と目を瞑ってそっぽを向いてしまった。


「おい!ちゃんと見ろって!」


「失礼ね!命令するな!絶対に見ないんだから!」


「見ろ!」


「いやよ!」


「見ろって!」


「いやって言ってるでしょ!」


 そんなやり取りをずっとしている一方、山岳のふもとでは…


「ようやく山岳に着きました。でも、竜の山ってどこなんでしょう。これだけ入り組んでると迷いそうですね。お嬢も連れ去られたので道まで分かるはずがないので記憶を辿ろうにも…って…ん?」


 黎はある古びた看板のようなものが地面に立てつけられてるのを見つけた。


「何か書いてありますね。」


「りゅうのやまわこっち」


 行き先までちゃんと矢印で書いてある。


「アイツやっぱアホなんですかね…。」


 その後も似たような看板が何箇所もあり、道の通りに辿っていくと、なにやら男女聞き馴染のある声が言い争いをしているのが聞こえてきた。


「おい!俺様はわざわざこれを見せるために来たのも目的の一つだったんだぞ!」


「そんなのあなたが勝手にしたことでしょ!私には関係ないわ!」


 そこにはお嬢とリソスが言い争ってるのが見えた。


「お嬢!ご無事でしたか…って何してるんですか?」


 お嬢は怒っていた。


「この変態舎弟が『この俺様だけを見ろ!』ってしつのいのよ!」


「ちがーーーーう!!辺りを見回してみろと言ってるんだ!!」


 辺りを見回す?


 黎は周囲の地面に自然に目がいった。


 こ…これは…。


「お嬢…。大量の亡骸ですよ…。」


「なんですって?」


 お嬢も瞑ってた目を見開いた。


「キャーーーーーッッッッ!!」


 地面一面に広がった大量の亡骸を見てお嬢は悲鳴を上げた。


「黎!お願い!助けて!!」


「そういえばお嬢、幽霊とか人の死骸とか苦手でしたもんね…。ていうか今まで気づかなかったんですか?」


「べ、べ、べべべべ別ににが、苦手じゃ、ないわ、よ、黎のほうこそ!こわいかなー?って思って?ほら?早くこっちに来なさい!?幽霊なんていないし!絶対いないし!」


「…わかりました。」


 屍人使いの二階堂はある種その類に近い能力を持ってるはずなのに…。それにアンデッドは平気で幽霊はダメって一体どういう…。


「早く来て!」


 お嬢は身動き一つとれずにいたようだ。


 俺は直ぐにお嬢のもとに駆けつけた。


 するとお嬢が俺の右腕を強く掴んできた。


「絶対に離さないでっ!…じゃなくて…離さないであげるんだから!感謝しなさいよ!!」


「はい…。」


 お嬢は夜中に一人でトイレにも行けないので同行のためいつも黎は起こされる。そしてトイレ中、ドア越しに黎がちゃんと近くにいるか何度も声で確認する。記憶を共有しているはずなのに…。


「おいテメェら!この俺様を無視してイチャイチャしやがって!しかも同居の日常エピソード話までするんじゃねー!」


「はぁ!?元はといえばこんな趣味の悪い場所に連れてきたあんたが悪いんじゃない!!」


 黎は全てのこれまでの出来事が一つの線で繋がったように感じた。二階堂レナ達の復活、屍の塔、大量の亡骸、これらを結ぶものは…。


「お嬢…恐らくこれは…かつて南グループで戦死していった者達の亡骸ではないでしょうか。」


「え…?どういうことよ…。」


「二階堂はリソスによって復活させられました。そして彼女は共に戦った市香や桃香を蘇らせました。しかし彼女が現世で魂と肉体を維持するのに必要な魔力のエネルギー源となる場所が屍の塔です。親睦会で市香、桃香と二階堂が入れ替わりで短時間だけ姿を表せたのは、屍の塔から超時間離れる事が出来ないためです。そしてこの亡骸達はこれから二階堂が十分な魔力を屍の塔から供給される事によって復活させる予定のものなのでしょう。その亡骸を運ぶのが戦死した者達の亡骸を大地全体から集めたリソスなのだと思われます。」


 すると黎に続いてリソスが空を仰いで口を開いた。


「南グループ十の掟其の四、『絶対に死なないこと』。戦死した者は掟を破った者として南グループから排除される。だが俺様は『死』とは自ら望むべくして得た結果でない者が数多くいる事を知っている。そしてその者たちがかつてではなく今の南グループに居られたらどれだけ幸せに暮らせたのかという羨望の感情を抱いている者がいるのも知っている。だからこそ叶えてやりたかったのだ。再び掟に従う事を誓い、革命の起きた南グループで返り咲きたいと願う者たちの希望を。」


 お嬢はリソスの真剣な眼差しを見つめていた。


「あなた…。」


 そしてお嬢は右腕を空高く掲げた。


 すると空から何か光るものが急速に接近してこちらに向かってくる。


 そして段々とリソスの背後に近づいてきてそれが何なのか黎は気づいた。


 メテオだった。


「ドカーーーーーーーンッッッ!!!」


「ぐはああああ!??」


 メテオはリソスの背中に直撃して大気に大きな衝撃波が加わるのを目でも肌でも感じることが出来た。


 リソスの竜化は解除され、そこには人間の姿に戻ったボロボロのリソスが横たわっていた。


「あなた!!もうちょっとやり方ってものがあるでしょーーー!!!!」


 お嬢の叫び声は黎の鼓膜が破れそうな程の破壊力だった。


「行くわよ、黎。」


「は…はい。」


 黎は何だか心配して損した気分だった。


 倒れたリソスを後にお嬢は最後に彼に向けてこんな事を言った。


「二階堂レナ、いや、レナちゃん達の世話と、ここにいる人たちの復活はあなた達に任せたわよ。そして伝えておいて。蘇ったらいつでも戻っておいでって。そしたら今回の件も大目に見てあげるわ。あなたも立派な南グループのS級舎弟よ。」


 そうしてお嬢と黎は下山していった。お嬢は黎の腕を掴んでいるままであることを忘れたまま…。



 第一章 屍達の逆襲編 完



 次回 第6話 予告

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