第20話 洗剤の如く

「わたしのほうが・・・・・・」


「いいえ私のほうが・・・・・・」


ある2人の人物が言い争っているのを俺は酒を呑みながらぼうっと眺める。


・・・・・・なんでこんなことになったんだっけ?









◇少し戻り◇


『ソーレリス』と解散した後。


俺は小枝亭に向かっていた。サネルに行って以来だから、かなり久しぶりだな。あの店、俺がいない間に客は入ったんだろうか?赤字すぎて潰れてないか?

そうこう考えていると、小枝亭に着いた。よかった。まだ営業しているみたいだ。ここが営業してなかったら、宿どうしようか途方に暮れるとこだった。まぁ、俺がくる前までかなり長くやっていたようだし、普通に考えればここ数日でなくなる訳ないと分かるが。


微妙な懐かしさに感慨を覚えつつ、扉を開ける。

そこには暇そうにしている亭主がいた。・・・・・・客は残念だったようだな。

そんな亭主が俺をみるとガタッと立ち上がった。


「!あんちゃん!やっと帰ってきたか!」


?どういう反応だ。収入なくて俺を待っていたというのにしては少々オーバーというか、切羽詰まった反応だな。


「フォア!レイの兄ちゃんが帰ってきたぞ!」


亭主が叫ぶと同時に奥から飛び出して、突っ込んでくる小さな影。


あ。あぁー。

腹のあたりに衝撃を受け、思い出す。


(そう言えば、フォアちゃんに何も言わずに出て行ったんだった。)


サネルに行っている間、現実逃避していたらすっかり忘れていた。帰ったら、宿のお嬢様を全力で宥めなければいけないことを。


「・・・・・・おにいちゃん、なにもいわないでいっちゃったから、わたしのこときらいになったんだとおもった。でもおとうさんがそうじゃないって、すぐかえってくるって。でもかえってこなくて・・・・・・。」


泣きながら、頭をグリグリと押しつけてくるフォアちゃん。別にそこまで号泣することか?よっぽど懐かれたみたいだな、こりゃ。あと、フォアちゃんの中で『すぐ』がどれくらいなのか聞いてみたい。

取りあえず、頭を撫でつつ、収拾に取りかかる。


「ごめんな。でもフォアちゃん、俺も冒険者だから数日かけて他の町に行ったりすることがあるから。今度からはちゃんと言って行くから、ね。」


そう言うと賢い子は頷いた。分かってくれたようで何より。ただ、あと何時間かはフォアちゃんの相手をすることになるんだろうなー、と思いながら、フォアちゃんの頭を撫でていると、不意にフォアちゃんが顔上げ・・・・・・

俺の後ろをみた。


「後ろに何か?」


振り返ってみると、特に変わったものはない。シャスがいる以外不自然なところはないが・・・・・・は?


「待て。」


思わず二度見してしまった。嘘だろ。俺、コイツがいることに何の違和感も覚えなかったぞ。


フォアちゃんがちょっと怖い声で言った。


「おにいちゃん、そのひとだあれ?」


「・・・・・・取り敢えず、机の方に行こっか。」


そう声をかけて移動する。別に2人の謎の視線がどうとかではない。途中で亭主さんに晩御飯を頼むのも忘れずに。


俺が始めに座ると、俺のすぐ隣にシャスが座り、足の上にフォアちゃんがよじ登ってきた。君たち、なんで引っ付いてくるのさ?もっと広く使おうよ。空いてるんだから。

そのまま沈黙が続く。


「おねえちゃんなんでちかくにいるの?せまそうだよ?」


先に口を開いたのはフォアちゃんだった。

すかさずシャスが言い返す。


「私は主様の奴隷ですので。そういうあなたこそ足の上から降りていただけますか。主様が動きずらそうです。」


ダメ?という表情をむけてくるフォアちゃん。止めてくれ、これで泣かれると困る。俺は何も言わず頭を撫でることにした。逃げてない。フォアちゃんは顔が緩み始めた。こっちは大丈夫か?

さて、


「シャス。何でお前ここにいるんだ?命令がないときは自由って言ったろ。」


さすがにフォアちゃんに聞かせられる内容ではないので、後半は小声で。

どういうことだ?シャスはほっておいたら勝かってに成長するタイプだから、自由にしたのに。と考えていると


「はい。自由と言われましたので、自分の意志でレイ様に付き従っています。」


とか言いやがった。契約に基づいてフォアちゃんに聞こえないよう小声ではある。

マジでなんで?俺に命令以外従う気なかっただろお前。


そもそも、とシャスが続ける。


「奴隷ですので宿含め全ての契約には主人が必要です。奴隷単独ではほとんど何もできません。それに、お忘れですか?私は奴隷な上に獣人ですよ。ひとりで宿をとろうものなら。獣人ってバレて、レイ様が迷惑を被ることになります。なにせ獣人ですから。それはそれは目立つでしょうね。」


喋り方とか態度とか数日前から見たら考えられないな、って思ってたのに。性格とか発想はほとんど変わってねぇ。


「あのなぁそれでも音も気配もなく着いてくるなよ、割とホラーだから。」


「失礼致しました。ですが、先程申した通り私は奴隷です。いくら自由と言われても、それは私とレイ様の間で交わされた契約の一部。世間ではなんの効力も持ちません。」


さて、なぜか普通に奴隷やってる猫をどうしようかと考えていると、


「ねえ、おねえちゃんはおにいちゃんとどういうかんけいなの?」


フォアちゃんが割り込んできた。幼い故の無邪気さか、空気を読むことを知らない。

ここで、亭主が飲み物を運んできたが、すぐ逃げやがった。しかもちょっと笑ってやがったし。


「私はレイ様の奴隷ですよ。奴隷というのはいついかなるときも付き従い、主人の言うことを何でも聞く人のことです。」


なぜ子供相手に奴隷の解説をするんだ。


「それって、ずっとおにいちゃんといっしょにいるの?」


「はい。そういうことです。」


少なくともお前の場合は違ぇよ。


「ずるい。わたしもおにいちゃんといっしょにいたい。」


「残念ながら、あなたはまだ子供です。危険が伴う職業ですので、レイ様も連れて行かないでしょう。」


確かにそうだか、煽っているように聞こえるのは気のせいか?


「むぅ、わたしのほうがおにいちゃんのことよくしってる。だから、あなたはひつようない。」


「いいえ私のほうがよく知っているでしょう。あなたより過ごしてきた時間は短いかもしれませんが、その間の濃さが違いますので。」


これいつまで続くんだ?










◇冒頭に戻る◇



 



はぁ、今何分ぐらいだ?コイツらが言い争い始めてから。俺の足の上と真横でやるのはやめてほしい。

途中から聴覚はシャットアウトして、ただ呑むだけマシーンと化している俺。料理は、料理はまだか。


そこからさらに数分してやっと亭主が晩飯を運んできた。


「ほら、2人とも。ご飯がきたから一旦食うぞ。」


そして絶対再開するなよ。


2人はまだ何か言いたそうにしていたが、食事の香りに負けたようだ。

ところで


「フォアちゃん、食べにくいから降りてくれない?」


「ヤ。」


うーんそっかあ。

頑張ってフォアちゃんを避けてスプーンを運んでいるとフォアちゃんが言った。


「あの、おにいちゃん。」


「ん?どした?」


フォアちゃんは少し恥ずかしそうにしながら


「わ、わたしのこともよびすてがいいです。おねえちゃんのこと、よびすてにしてるから。」


「あぁ、別にいいぞ。」


急にどうしたのだろうか?そこまで気にすることでもないだろうに。ま、いっか。嬉しそうに笑うフォアちゃんの暖気となぜか真横から向けられる鋭い視線の寒気が中和して、ちょうどいい感じになっている。


そこにある程度片付けを終えた亭主がやってきて対面に座る。


「ハハッ。ずいぶん仲良くなってんな。数日消えていた分、反動で懐かれてるな。俺のことも名前で読んでくれていいぞ。」


「分かりました。ワーデンさん。」


「それで、あんちゃんは数日どこ行ってたんだ?娘になにも告げずに。」


「地味に刺さないでください。サネルですよ。」


「・・・あんちゃん、大丈夫だったか。あの町は、」


「それ以上はやめておきましょう。子供がいますしね。まぁ、無事でしたよ。いい出会いも有ましたしね。」


当然この2人にも契約や、俺とシャスの本当の関係は言わない。若干、その関係が崩れかかっている気がするが。


「そうか。それならいいんだ。あの町も昔は寝具で栄えた普通の町だったんだがな・・・・・・。それで、出会いってのはそっちの子か?さっきちょっと聞いたとこだとあんちゃんの奴隷で、声を聞く限りは女っぽいな。」


シャスはずっとフードを被っている。この宿に入ったあとも。まぁ、これくらいは言っておくべきだろう。


「ワーデンさん。これから言うことは絶対秘密にしてくださき。フォアもだよ。」


「あぁ。」「わかりました。」


ワーデンさんは神妙な面持ちで、フォアはあまり分かってないようだ。

俺はシャスにフードを取るように合図する。フードをとった瞬間、ワーデンさんは目を見開き、フォアは目をキラキラさせた、ように見えた。


「獣人、か。こりゃあんちゃんが秘密って言うのも分かるな。あぁ、俺は獣人差別主義者じゃねぇから安心しろよ。嬢ちゃんも泊めてやる。お金は払ってもらうがな。」


「ありがとうございます。これからは2人、お世話になります。」


一方、すぐ横では、


「おねえちゃん、その耳さわっていい?」「駄目です。私はレイ様のものですので。」「ダメ?」「っく、少しだけなら。」「ありがと、おねえちゃん。」「あ、尻尾はダメですよ。そこはレイ様だけのものです。」


という会話があり、フォアが降りてくれた。本物の奴隷のようになったが、シャスはなんだかんだで自由にしている。ついでに、純粋な子供には弱いらしい。


「微笑ましいですね。どうです、ワーデンさん。呑みませんか?2人分払いますよ。」


「おっ。なら呑むとしよう。」


こうして夜は過ぎていった。フォアが眠くなったところでお開きとなった。その日は、これまでのこともあって、倒れ込むように眠ってしまった。





なお、俺たちが呑んでいたときのシャスとフォアのレイ語りは聞かなかったことにする。あの2人には、混ぜるな危険とでも貼っとくべきか?















——————————————————————

【あとがき】


※本作は未成年に飲酒を勧めるものではありません。


久々の平和回、いかがでしたか?


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