第15話 人情と理

◇主人公視点◇

いやー、こっちのこと終わらせて観戦しに行こうと思って来てみたらほんとど終わってた。んー、あれだけ怨嗟撒き散らしてたからもっと痛めつけたりすると思ったのに。領主らしきブタは血はついてなければ汚れもほとんどなし。


「アネモネ。お前の復讐ってのはそれだけか?そこなブタはまったく痛みを味わってないし、首を落とそうとしてたよな。お前の技術じゃ、そんなやつ痛みを感じずに逝くぞ?ただ殺すだけになる。」


これじゃ、拍子抜けもいいところだ。


「この獣人の飼い主は貴様か!私が誰だか心得ているのか!それに、私はブタではない!こんなことをすれば」


「うるさい。騒ぐな。」


ブタが騒いだので足を切り落とし黙らせる。いやいや、そんなぶくぶく駄肉を肥やしておいて、しかも私欲をみたす貴族をブタと言わず何というのか。

今日の主役はアネモネだ。これは悪魔の契約。俺が楽しめない結果は何としてでも変えなければ。


「それで?アネモネ。何でそんな冷めたんだ?ブタに復讐するのがお前の望みじゃなかったのか?そのために俺という悪魔と契約したんだろ?」


「・・・分からない。私もゴミに徹底的に復讐するつもりだった。だけど、ゴミと対峙して話したら、くだらない理由でお父さんとお母さんは殺されて。他の誰かが幸せになる訳でも、暮らしが楽になる訳でも、死にそうな誰かが仕方なくやった訳でもない。そしたらこのゴミを痛めつけても、殺しても意味なんかないんじゃないかって思えて。」


肩を震わせるとアネモネ。人間でまともで正義感とかいうのを持っているなら普通の思考だ。まだ道理や慈悲なんかが残っているか。

だが、そんなものは俺の求める答えじゃない。


「そんなものは関係ないだろ?理由や過程がどうであれ、お前の両親が殺されたのは事実だ。過去に起こった出来事なんだよ。それに対してお前は復讐すると決めた。そのときの気持ちを思いだせよ。お前は両親を殺したやつに何がしたかったんだ?冷めたってことは前はどんな復讐か思い描いていたはずだ。」


俺はアネモネを問い詰め、追い詰める。俺が言っているのは正論のはずだ。一度復讐を決意したものが、直前にきてここまで消極的になるというのは正直言って俺には分からん。こうなるとそれはその程度のものか、仮初の感情かの2択になってしまう。それだと俺の利が半分以上持ってかれることになる。


「・・・私はあのときの感情をはっきり思い出せる。お父さんとお母さんの叫び声が聞こえたときの絶望もそのあとの復讐心も。だけど、今は穴があいて流れ出たように、感覚では覚えているのに何故か起き上がらない。もう、分からない。なぜなのか、どうやったら再びあの気持ちが起こるか、他も全部ごちゃごちゃになる。ごちゃごちゃになって私が分からなくなる。どこ?どんなのだった?私はゴミに復讐するって決めたはずなのに?全部が知らないことみたいに感じる。何をしてもいつも私が被害を受ける。どうして分からなくなるの?どうしてお父さんとお母さんを奪うの?ねぇ、いやだよ!やめてよ!」


アネモネは狂乱している。ま、この世の裏をまったく知らないような子が唐突に親を、愛情を向けてくれる存在を奪われたらこうもなるか。寧ろここまで壊れなかったことを関心すべきか。

何にせよもうアネモネは無理だな。復讐心はあってもその意味を考えようとする。その結果、こんなのお父さんとお母さんは喜ばない〜なんて言われたら萎えるどころじゃなくなる。残念だ。こうなったら、さっさとブタを殺して––––––––––


「こんなことならいっそ!このお父さんとお母さんのいない世界ごと全部!私の心と一緒に壊れて仕舞えばいいのに!」


––––––––––––––––––––––––!


「フフ、ハハハ!ハハハハハハハハハハハハ!」


そうか、そうか!


「いいじゃないか、アネモネ!復讐のほうは残念だったが、それは面白い!いいぞ、まだ俺はお前を面白いと思う。」


これじゃあアネモネのことを言えないな。アネモネと同じくらい狂乱といえる。だが、それでいい。俺もそう思う。

アネモネが負の感情の詰め合わせみたいな顔でこっちを見てくる。その表情は泣き顔って言っていいのか分からないぐらいだ。


「いいかアネモネ!お前はさっき世界が壊れればいいと言った。その発言は自分が自分の事のみを考え、自由である証拠だ。自由でなければ世界なんて大規模過ぎることは考えられない。普段からそんなものに関わっていない限りな。まぁ、お前の場合俺の命令は絶対だから完全に自由は無理だが。とにかく、その思想やあり方は俺のあり方そのものであり、お前がなるべき理想そのものだ。あぁ、俺の命令以外な。自由であるためには絶対の条件がある。」


俺はアネモネに伝える。これこそこの世界でもどの世界でも普遍の理だろう。


「完全に自由である。それができるのは力ある強者だけだ。力っていっても権力だとか人気だとかそんなんじゃない。他者を捩じ伏せ道理なんて関係ない圧倒的な力だ。殺し壊す、な。だから、権力を盾に私欲を太らせるそこのブタとはちがう。」


俺がアネモネを駒として使うために強くさせ、殺しに慣れさせたのはこの考えがあったからだ。


「そして、自由な強者は畏れられるようになる。そんな存在の怒りを買うような真似はしないだろう?例えばお前が強ければ親を失わずに済んだとかな。騎士なんて余裕で殺せただろ?だが、それはもう過去の話だ。お前には過去に戻ってやり直す力なんてない。なら、今からでも奪う側にならなければいけない。権力なんて、数なんて独りで問題ないレベルに。そうでなければまた、失くすぞ?繰り返すことになる。」


アネモネは言葉もない様子だ。俺自身ぶっ飛んだ思想なのは分かってる。だが、この世の摂理を考えたとき、最も自由で理に適しているのはこの考えだ。人間が国をつくって暮らすように、生物が群れるのはそうしないと生き残れないからだ。1人では弱いから数で補おうとする。


「独りでってのは人間社会の中で、じゃない。国を、世界さえも相手にしてなお奪う側になれ。相手がどれだけ偉いと自称しようと、何万何億を相手にしようと、どうしようもない理不尽を前にしようと、そんなもん知るか!って一蹴できるまで強くなれ。俺はそこにいる。」


とはいえ、ここに辿り着けるかどうかは別の話だ。だがここでなくとも人間社会の中で、獣人だからと言われないぐらい強くなれば、大丈夫だろう。

俺はそれを見たい。あれだけ虐げられ、弱者とされる獣人が畏れられる姿を。


「ま、いきなり今この瞬間から強者にってのは無理って分かってる。だから、今は目標を目に焼き付けろ。俺がお前に、自分が悪魔と言った所以を。絶対の強者の姿を。」


そう言って俺はブタの元に歩いて行く。














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