第2話 悪役令嬢はどっちだ?

【記憶遡行】はかなりめちゃくちゃな魔法である。

 でも他人のプライベートにもろに立ち入る事になるのが申し訳なくて……

 自分で編み出したのに使うことはほぼなかったのだ。


 今回はパーティードレスを着飾った美少女が、森に捨てられたという緊急事態だからやむを得なかった。


 彼女の記憶を読み取った結果はと言うと……



 ――――――



「リーシャ! 貴様との婚約は、今日をもって破棄させてもらう!」


 講堂内で、今日の雰囲気に似つかわしくない”強い”言葉が響き渡った。


 そう、今日は学園の卒業記念パーティーの真っ最中である。俺はフケタけど。

 よりによって、何で今この時を選ぶんだ? 王太子殿下。


 婚約破棄を告げられたのは、筆頭公爵家のご令嬢リーシャ様だ。そして、人目はばからず蔑んだ表情で、リーシャ様を平気で、指差すルディー王太子殿下。

 指差し確認やめてあげて。惨めじゃないか!


 明らかに狼狽えるリーシャ様。これは予想してなかっただろうな。まさかこの場では。

 もうちょい場所選べよな。皆混乱するだろ?


 王太子殿下は、まあ陛下譲りの優れた見てくれはあり、成績は、王太子殿下補正とやらで常に、表面上ではベスト3。

 ただ誰がどう見ても、大半の教養と、清純さが抜けている。髪は抜けてないようだが……


 何故こうなったかと言うと、リーシャ様が、同級生である伯爵家の女生徒を、常日頃から嫌みったらしく虐めていたからだそうだ。


 まあ、王太子殿下と筆頭公爵令嬢と言う黄金コンビに、蔓延る噂って絶対それ系だからな。


 王家の威厳とか考えたら婚約自体をなかったことにすればいいじゃんとか思うのだけど、そこんところはけじめをつけた権力者をアピールしたいのだろうか?


 リーシャ様はたまったもんじゃないよな。もし冤罪なら傷物になっただけの令嬢じゃん。


 ルディー殿下はもちろんこれで卒業となり、俺もタメだ。リーシャ様は次年度から2回生。彼女の卒業後、速やかに婚姻が執り行なわれる予定だった。


 会場は、静まりかえってしまい渦中の伯爵家の女生徒、名前何だっけ? さっき殿下がメルとか言ってた気がする。そのメルが殿下に抱かれむせび泣いている。


 確かに美人だけど俺、一度だけ声かけられた事があるぞ。わたしを見て無視するなって。いや、考え事してたんだよ。今日何狩ろうかなって。それに俺、元々陰キャのぼっちだよ。そりゃあ、陽キャっぽいお嬢様に話し掛けられたら狼狽えるさ。


 ちなみに、嬉し泣きなのか悲しいのか、しがない子爵家の後取りの俺には、判断がつかないが。

 あからさまに胸の膨らみをアピールして殿下になすりつけている。

 そして、俺は知っている。殿下はこの女生徒をものにしたがっている。

 この女、ここぞとばかりに殿下に取り入りやがったわけだ。


「わたし、あの高慢女に階段で転ばされて、スッテンコロリンしちゃったんです~」


 言いながら、リーシャ様を指さす伯爵令嬢。

 指差しやめろって!


 リーシャ様はと言うと、釈明一辺倒になるしかないからな。在学中は、男なら誰だって振り返るほどの美貌。いやこう言っちゃ失礼かもしれないが、めっちゃ可愛い。ブラウンの綺麗なストレートヘアに凛とした唇。瞳は綺麗な深紅のハイライト。


 この方が約十年前から、あのおつむの足りない殿下のものになることが決まっていたんだ。それが今は、むせび泣くメルとは別の泣き方で、必死に釈明している。


 この光景からも分かるとおり、分が悪いのはリーシャ様だ。更に援軍とばかりに、近衛騎士団長の息子とか、殿下のつばのかかった側近達が虐めの状況証拠と言うのを突き付けている。

 何か教科書とか無理やり切り刻んであるけど、これを動かぬ証拠と言われてもな……自分でやらかした動かぬ証拠とも言えるよな。


 とうとう周りの生徒やら、教員やらまでその場のノリで、墜ちてしまったようだ。


 そして、リーシャ様はみんなの前で土下座させられ、謝罪を始めた。これはひどい。もし虐めが本当だとしても、もういいだろ? 十分だろ?


「今まで散々妃気分味わっただろうが、実際はただの高慢女でしかないからな。どうだ? メル。あの女をあんな無様な目にあわせてやったぞ!」


 いいのかよ。こんなんで収拾着けちゃって。違和感バリバリあるぞ。そもそも婚約は、王命だろ? 婚約破棄なんて勝手に出来んだろうが。さすが教養のなさに定評のある殿下様。


「ルディー様~。わたし今日ほど嬉しい日生まれて初めてでございます。あなたに身も心も救っていただいたのですから!」


 ん? なんでこんなキレのある声色なんだよ。伯爵令嬢。

 さっきかすれる声で泣いてたじゃんよ。

 俺が推測するにこの女嬉しい日がないと生きていけない馬鹿に見えてきた。


 リーシャ様は依然として土下座したままで、なんと下っ端のはずの近衛騎士副団長の息子に頭を踏まれていた。


「……ずびばせんでしだ……どうがおゆるじを……」


 もうやめてあげて。腐っても十年は愛を分かち合ったわけだろ? わかんないけど……

 いやでもこれは違う気がするわ。

 リーシャ様は明らかに殿下毛嫌いしてるし、殿下は殿下でメルに熱上げて、リーシャ様の事は目の上のたんこぶにしか考えてないような言い草だもんな。


「――ふふ。泣きいれりゃあ許されるとでも思ったようだけどな。見てみろ! 貴様の味方なんぞ誰もいねーぞ」


 公爵家の子女をはじめ、当初は疑問というか、断罪に懐疑的だった者達まで黙ってしまった。


「ルディーざまぁ……どうか……」


「はあ? 今何と言いやがった? 『ざまぁ』だと! もう許す事もできんな。貴様には地獄すら生ぬるい沙汰が必要だ。

 リーシャ! 貴様を国外追放に処す! いいな? 国家裁判長!」


 なんか杖ついたよぼよぼの老人が出てきた。


「――はい。そのご沙汰で……よろしゅうございます」


 えっ? 勝手にここ法廷に変えないでくれますか? しかももう明らかに退役したようなよぼよぼの爺さん出てきたのだけれど、国家裁判取り繕えばいいとでも思ったのだろうか?


 だからその前に外交中の陛下の認可ないと国家裁判もダメでしょうが。

 さすが教養のなさに定評のある殿下様。


「いやははは。裁判長の沙汰も出たのでな。もう文句もあるまい!」


「メル。これで俺達に弊害はなくなったわけだ。毎日が楽しくなるな!」


「ルディー様~。わたし今日ほど嬉しい日生まれて初めてでございます。あなたに身も心も救っていただいたのですから!」


 お前それしか言えんのか!


「逆賊のこいつを捨ててこい!」


 とうとうリーシャ様は意気消沈し、うなだれてしまわれた。

 警護の騎士たちに強引に連れ出されるリーシャ様。

 無念の顔だ。涙も出尽くしたのか。


「諸君、大変見苦しいものをお見せしたな! だがもう最悪の悪女は裁かれた。気を取り直して、パーティーを楽しんでくれ!」


 いやいや、お前のせいで台無しなんだよ。正直こんなパーティーフケて正解だったよ。


「ルディー様~。わたし今日ほど嬉しい日生まれて初めてでございます。あなたに身も心も救っていただいたのですから!」


 お前はただの馬鹿なのか? 他の言葉覚えろよな。


 不憫に不遇を重ねられたリーシャ様、仮にも筆頭公爵家のご令嬢だよ。

 騎士達に連れ出され、彼女はそっとその瘴気渦巻く会場から身を消したのだ。


 バカでも分かる。この凛とした清純な目をしたリーシャ様と、”ルディー様~。わたし今日ほど嬉しい日生まれて初めてでございます。あなたに身も心も救っていただいたのですから!” しか語彙力がない伯爵令嬢を比較したら、どちらを信じるに値するか、結果は明白だろ。


 更に記憶を遡ると……

 リーシャ様はメルへの虐めなど全くないどころか、一度階段から、あの女が勝手に滑り落ちてスッテンコロリンして、怪我した時も優しく医務室へ案内しているじゃないですか? それをあの女は、怪我したのはリーシャ様が転ばせたせいだとか言ってやがったな。全く聞いてあきれるわ……


 顔をくしゃくしゃにして、パーティー用の煌びやかな水色のドレスを着たまま、リーシャ様は馬車に詰め込まれた。

 まさかのまさか。着替えも家への最後連絡もさせてもらえずだ。

 侍女がスタンバって護衛もいたはずなのに、経由は許されずダイレクトでポイ捨て! って事らしい。そもそもがおかしい。国家追放なんて、様々な手続きを済ませた上で、身内にも同意を受けた者の末路であるのだから。少なくとも執行まで数日はかかるのだ。それを今即刻なんてありえないんだ。



 ――――――



 これが俺にリーシャ様が無実だと確信させた根拠だった。


 ……


「これだけは自信を持って言えます。あなたは清廉潔白です!」


「嘘!? 信じて頂ける方がいるなんて……」


 えっ? えっ? 抱きつかれちゃっても困るのですが。

 だって俺中途半端な陰キャのしがない子爵家のせがれですよ? 


 あ? 今度は間髪入れず……あれはスカイドラゴンだな。

 最上位の竜種。モンスターランクSSだな。


 リーシャ様を庇いながらの接近戦は避けたい。

 100メートル程まで近づいたところで攻撃する事にした。


「【空間圧縮コンプレッション】!」


 対象と自分の距離を強制的に操作する対応不可能の時空魔法だ。相手から見れば地面に叩き落とされたような感覚だろう。そこを一瞬で切り刻んだ。

 あっ! 細切れになってしまった。

 ちょっと可哀想だったかな……


「こんな強そうな空飛ぶトカゲを一瞬で!?」


 その刹那。ダンジョン入口から数人の足音が聞こえてきた。

 胸騒ぎを感じた俺は、咄嗟にリーシャ様をお姫様抱っこし茂みに隠れた。

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