冒険者ギルド
カナタはぐるりとハレノの街を散歩し、冒険者ギルドへ戻ってきた。
そのとき、ノルンを見つけた。
従業員用の裏口のところに立っている。だが様子がおかしい。虚ろな目で扉を見つめており、いっこうに中へ入ろうとはしない。
昨日言っていた“すべて終わる”というのは、無事に済んだのだろうか。
「ノルン……さん?」
カナタが声をかけると、彼女はびくりと身体を震わせて、我に返ったように笑顔を作った。
「新米ソーサラーさん……」
「カナタと言います。まだ、自己紹介してなかったかも」
「カナタさん。昨日はその……助かった。おかげで私は……」
ノルンは明らかに様子が変だ。目が充血し、髪も乱れ、笑顔は無理矢理貼り付けたみたいに嘘っぽい。
「ノルンさん?」
「ううん、なんでもない……なんでも……あっ」
唐突に一筋涙が溢れ、地面に落ちた。
「な、なんでもないはずないですよね! 変ですよノルンさん……なにがあったか、話してください! 理由があったんですよね? あなたが『大泥棒プルム』にならなければいけなかった理由が」
そのままノルンは地面にへたり込んでしまった。大粒の涙が次々に溢れて止まらなくなった。
カナタが駆け寄って背中をさすると、ノルンはそうせずにはいられないというように、カナタの胸に飛び込んできた。
「わっ……私、どうすればいいの……! ぐすっ……へっぐぅ……カナタさん……助けて……」
◆ ◆ ◆ ◆
冒険者ギルドには入らず、ひとまずカナタは泊まっている宿へノルンを連れて行き、ユレイナと合流した。
ユレイナはノルンがまだこの町にいたことにそうとう驚いていた。
予定どおりであれば、この後彼女の身柄を衛兵へ引き渡し、金ルタ50枚を獲得することになっている。
だが、ただごとではないノルンの様子を見たユレイナは、そのことを話題に持ち出すことはしなかった。
やっと落ち着いてきたノルンは、ときどきつっかえながらも、少しずつ話始めた。
「冒険者だった父は『
教会に行けば困窮者に対し食べ物を恵んでくれる。栄養のあるものは少なく、二人が生きていくには量もとうてい足りなかった。
空腹もいよいよ極限まで達したころ、ノルンは一人朝の市場を歩く。
目の前には新鮮な野菜や果物、肉や魚介類がこれでもかと並んでいる。
「盗みなんて悪党がやること。それだけはしちゃいけない……でも、もう私は限界だった。最初は一回だけにするつもりだった。この空腹を満たしたら、もうこれっきりにしようって」
ある店の店主が客と話し込んでいるのを見計らい、ノルンは赤く色づいた果実を二つ取り、ポケットに突っ込んだ。
あっという間に、そしていとも簡単にそれは成功した。
「それから私は味をしめてしまったの。あと一回だけ。次で終わりにする。盗んだお店には後で必ずお金を返すから、最後にあと一回……そうやって一ヶ月くらいが過ぎた。お母さんには市場で余り物を恵んでもらったと嘘をついていたけど、いつも『ごめんなさい』と謝られた。ホントはなにをしてたのか、わかってたのかもね――」
そんな私に罰が下ったのかもしれない――ノルンは続ける。
「盗みがバレて、私は捕まった。イェスター商会が直営で持っている店で、捕まった私は本部に連れて行かれた。そこで会ったイェスターにいろいろ聞かれたの。とにかく怖くて、私はこれまでどのくらい盗みを働いたか、どのくらいお金に困っているかとか、誰とどこに住んでいるかとか――とにかく全部、話してしまった」
イェスターにとってそれは美味しい情報だった。
その後ノルンに「シーフ」としての才を見出し、貴族を相手に貴金属を盗み出す「大泥棒プルム」として彼女を働かせた。
「金ルタを1,000枚稼げば、お母さんも私も解放してもらえる。そういう契約者だった。でもアイツは――」
すべてを聞いたカナタは、いつのまにか拳を固く握りしめていた。爪が手に食い込み、血が出そうなくらいだ。その怒りの強さに、カナタ自身も驚いた。
「ノルンさん。話してくれてありがとうございます」
今までずっとひとりで抱えてきたんだ。どんなに辛かったことだろう。
「イェスターはこのままにしておけません。僕がなんとかします。少なくとも、ノルンさんとお母さんにはもう二度と接触させません」
ノルンは顔を覆って、また咽び泣き始めた。
「ユレイナさん。全然攻略本どおりにいかなくてごめんなさい。でも、この状況は放っておけません――」
ユレイナは窓のほうを眺め、呆然としていた。
どうしたというのだろう?
「ユレイナさん?」
「えっ?」
彼女はすぐ我に帰る。乱暴に髪を撫でつけて、首を横に振る。
「う、ううん……私も少しおごりがあった。まだ網羅できていない展開があったなんて……しかもこんな……とにかく策を考えましょう」
ユレイナの話だと、まず街の衛兵はあてにできないらしい。
「裏でどんなことをしていたとしても、イェスターは世間的にはハレノの英雄。衛兵には手出しできないほど権力を持っている。首都に行き国に動いてもらうのが正攻法だけど、たぶんそれも無理。調査団がハレノに到着する前にあらゆる証拠を隠蔽するでしょうね」
しかもイェスターはプルムの捕獲に対し懸賞金を出している。
状況証拠を作るためのものだろう。あるいは、ノルンに対する単なる嫌がらせか。
いずれにしてもそのせいで、イェスターのやっていることを立証するのはより難しくなっていた。
「じゃあやっぱり頼りにできるのは、あそこしかないですね」
カナタは実際のところ、はなっからそのつもりでいた。
あらゆる権力や組織体系から外れたアウトローたちであり、実力者揃いの集団。
むしろ彼らに声をかけなければ、後でそうとう責められるだろう。
◆ ◆ ◆ ◆
いつもなら酒盛りが始まり、騒がしいのが常である冒険者ギルドの夜。
その日は皆真剣な顔つきで腕を組み、しんと静まり返っていた。
総勢、二十人ほど。
カナタは受付の前に立ち、皆に説明をした。
隣にはユレイナとノルンが一緒に並んでいる。ノルンは少し居心地が悪そうだったが、この件をギルドのみんなに話すことは許可してくれた。
「新参者の僕が百戦錬磨の皆さんにこんなふうにお願いするのは、もしかしたら違うのかもしれません。でも、ノルンさんの状況を知ってしまった以上は知らんぷりもできない。どうか……皆さんの力を貸してください」
すると口を開いたのは剣士ネビルだ。
「まさかお前がクエストをクリアしていたとはな。恐れ入った。『大泥棒プルムの捕獲』はギルドの古株たちには手も足も出なかったクエスト。新参かどうかは関係なく、お前がこのギルドでいちばんの実力者だ」
ほかの冒険者たちも頷いて同調する。
ユレイナの攻略本のおかげなんだよな……そう言いそうになったが、ユレイナに睨みつけられたので口を継ぐんだ。
冒険者たちがそれぞれ感想や意見の述べ始める。
「驚いたわ。まさかノルンがプルムだったなんて……」
「オレたちのプルム――いやノルンをこんな目に遭わせるなんて、たとえ英雄と呼ばれるようなヤツだとしても許せねえ!」
「イェスター商会め! 元々イケすかねえヤツらだとは思ってたんだ!」
そんな中、一人の男がカナタのところへ歩いてきた。
「ちょっといいかね。ギルド長のアーノルドだ」
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