転生者必見! 異世界冒険攻略本(β版)
「それで女神様。そうすると僕はこれからこの治安の悪そうな世界で魔王討伐に向かうわけですよね?」
「治安が悪いとは失礼ね。まあその通りだけど」
「途中で死んだら、僕は元の世界にも戻れず、この世界でも一生を終えるわけですよね?」
「そうね」
「――魔王は、やっぱり倒しに行かなきゃいけないんですよね?」
「ええもちろん。あなたは私に選ばれた勇者だもの」
「ええと……正直、僕にそんな力があるとは思えないっていうか……お困りみたいですし、気持ちとしては力にはなりたいと思ってますけど」
「やっぱりあなたいいやつね。前の世界で貧乏くじ引くタイプだったでしょ?」
「それはよく言われますけど今はほっといてください……そういうわけで僕には魔王討伐なんて経験も当然ないわけで、普通に無理だと思うんですが」
「不安そうね」
「そりゃそうですよ。どうしてなんの取り柄もない僕なんかが選ばれたんですか?」
「理由ならあるわ」
ユレイナは慣れた動きで目の前の空間に手をかざした。
するとなにもないところから、青みがかった半透明の板が現れた。それを手に取り、彼女は右手の指で板の表面を操作する。まるでタブレット端末をタップしたりスワイプしたりする動きによく似ていた。
「ええと……ああもう、人数が多すぎてフォルダ分けが間に合わないのよね。『転生者プロフ1000.pdf』――」
「.pdf?」
「あれ、どこやったっけ……ああ、あったあった。こほん……あなたのプロフィールを確認させてもらったわ。そしたらある項目が私の目に飛び込んできた」
「ある項目?」
カナタは自身の人生を振り返ってみたが、魔王を倒せるような適性が自分のプロフィールに書き込まれているとはとうてい思えなかった。
「あなた……家電製品の説明書をきちんと読むタイプだそうね?」
「えっ? 家電?」
「しかもゲームの攻略本を買ったら、ゲーム本編そっちのけで攻略本を読み込んじゃうタイプだそうね」
「それは……まあ、はい。経験あります」
「素晴らしいわ。あなたならきっと魔王を討ち滅ぼすことができる」
カナタは訳が分からず、しばらく口を開けたまま女神を見つめていた。遠くで水滴が落ちる音が聞こえた。
「これからの時代、異世界の冒険なんていうのは『攻略本』に従って、それ通りに進んで行けばいい。余計な思案や尖った個性は一切不要。あなたみたいに」
「さらっとひどい」
「まあまあとにかく、攻略本どおりに進めば魔王討伐は必ず達成できる。そのためにはスキル『書いてあることをちゃん読む』が必要不可欠なのよ」
「『書いてあることをちゃん読む』――いやたしかに人と比べれば説明書とかちゃんと読むほうかなって思いますけど――それスキルって言うほどのものなんですか?」
「最強スキルね。千年に一度の逸材だわ」
「僕、バカにされてます?」
「まったく疑り深いわね。説明をちゃんと読んで理解することがどんなに重要で、いかに多くの人間ができていないか……いいわ。実際に見てもらったほうが早い。私の動きを真似してみて」
そう言うとユレイナは片手を前に突き出した。
「あんたにまだ無詠唱は無理だと思うから、はっきり言葉にして唱えてね。『女神ユレイナの保持するクラウド上のデータ共有を求める』。はい復唱」
「意外とIT化進んでるんですねこの世界」
「よその世界をバカにしない」
「はい……ええと、『女神ユレイナの保持するクラウド上のデータ共有を求める』」
すると、先ほどユレイナが操作していたものと同じ半透明のタブレットが現れた。
彼女のは青かったが、カナタのは薄い緑色をしているる。
「ちゃんと使えるじゃない。転生者によってはここでつまずいて、挙句『説明とかべつにいらないっす』とか言いだすのよ?」
それからユレイナはまた自分の端末を操作する。
「――よし。セキュリティの観点から、あなたにはアクセス権限が限定されているアカウントを付与したわ。緑色の端末は一般用。ただ私が許可したファイルは自由に閲覧できる。その中にある『転生者用異世界攻略本』をタップして」
「その……いっぱいあるんですけどどれですか? 『【確定版】転生者マニュアル』、『【確定版】転生者攻略本_改訂版2』、『最終稿_攻略本完成版_修正済』――」
「ああ今のよ今の! ごめんごめん、フォルダごと共有しちゃったみたい。ほかはバージョンが古いから見ないで」
「わかりました――はい今見てます」
女神ユレイナは得意げに胸を張った。
「ふふっ……これこそ私の女神経験を結集して作り上げた『転生者必見! 異世界冒険攻略本(β版)』よ!」
「えっ? β版なんですか? リリース前?」
「だってみんなちゃんと読んでくれないから検証できないんだもん。せっかく作ったのに……」
この女神、もしかすると攻略本を読んでもらいたいがために自分を選んだのでは――カナタの頭にそんな考えがよぎったが、口には出さなかった。
でもこれはたしかにすごいかもしれない。
きちんと読めば、右も左もわからないこの世界を効率よく、最短で進むことが出来るのでは――カナタは早速目次を開いた。
「うあこれ、けっこうボリュームありますね……」
「当たり前でしょ? 世界をひとつ救うための攻略本なのよ? それがひとつにまとまってるんだから、むしろコンパクトすぎるくらい」
「それはたしかに……これ通りにやっていけば、僕は途中で野垂れ死ぬこともなく、魔王を倒すことが出来るんですね?」
「全知全能の創造主である女神監修のもと、999人分のデータが反映されているわ。100%ではないけど、かなりの精度に仕上がってるはず」
ふとカナタは素朴な疑問に思い当たった。
女神様を責める気はないが、999回も失敗しているのは、控えめにいっても相当成績が悪い。例えば営業で新規顧客の開拓を999回も断られていたら、間違いなく解雇だと思う。
「そんなにたくさんの転生者が魔王に挑んだんですよね……あの、その人たちはどうなったんですか?」
ユレイナはあからさまに目を泳がせた。
「えっ? あーその……ええと、ちょっと時間かかってるっていうか……あんまり上手くいかなかったっていうか……」
うわ……嫌な予感。
「もうちょっと具体的には?」
「も、もちろん今もみんな頑張ってる! うん、それはもう――」
「正直に!」
「はひっ! うう……まあその……」
しばらくごにゃごにゃ言っていたユレイナだったが、ついに観念したのか、ぼそっと一言口にした。
「……んだ」
「なんて?」
「……死んだの」
「死んだ? 999人全員?」
「厳密には全員じゃない。でも、死んだようなもの」
カナタは空気が抜けたようにうなだれた。
「そんな……」
「そ、そりゃあ世界を救う冒険だもの……そう簡単にいかないわよ」
それはそうだと頭では分かっていても、あまりの成功率の低さにカナタは足が震え始めるのを感じた。
きっと過去の転生者たちの中には、自分よりも優秀で、体力もあって、機転が効くような『まさに勇者に相応しい』人もいたに違いない。
対して自分はどうだろう? これといって特技もないし、運動神経は壊滅的。無名の広告代理店に勤め始めて数年、仕事ぶりで褒められたことなど一度もなかったと記憶している。
二十四歳独身。おまけに童貞。
いくら攻略本があるとはいえ、不可能だ。素直に怖い。
β版だし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます