13:政略結婚に抱いた夢

 問いかけた瞬間、あっと我に帰る。ルカの背後で、執事と侍従長が驚愕の表情をして固まっていた。スーも自分の発言に血の気が引く。


(最悪! 完全に鬱陶しい女の詮索だわ!)


「な、なんでもありません。今の質問はなかったことに!」


 多妻の許された皇家で、そんなことを聞いても誰も得をしない。


(周りくどい女は嫌いって言っていたばかりなのに!)


 スーが心の中で失態にのたうち回っていると、ルカと目が合った。


(ここは思い切って、殿下が大好きだから気になるとでも言ってしまった方が好感触なのでは?)


「スー。もし私が、……いる、と答えたら?」


 うろたえまくっているスーを置き去りに、ルカは動じる様子もなく自然に応じる。


「あ……」


(……殿下には好きな方がいる?)


 スーは容赦のない現実にズンと心が沈んだ。


「その方が、あなたは安心ですか?」


 伺うようなルカの声。地面にめり込んでいた気持ちが、ボコっと少しだけ持ち上がった。


「安心?」


 スーには問いかけの意図が掴めない。なんと答えるのが正解なのだろうか。わからない。でも、自分で撒いてしまった種だ、自分でなんとかするしかない。覚悟を決めて真摯に答えた。


「わたしは、――安心、ではなくなります。でも、殿下に好きな方がいらっしゃるのなら、きちんと立場をわきまえます」


「立場をわきまえる?」


「はい。殿下の気持ちを邪魔するような振る舞いはさけます。クラウディア皇家が多妻なのは理解しているつもりですし、もともと帝国との政略結婚には色々と覚悟を決めていました。ただ……」


 打ち明けてしまって良いのかどうか迷いながら、スーは続けた。


「わたしは政略結婚に夢を見ておりませんでしたが、殿下と出会って、少し夢を見てしまいました。だから、少しだけ残念な気持ちになります」


「――私と出会って、夢を……」


 ルカの顔に自嘲的な笑みが宿っている。自分のことを善人ではないと言った時と同じ笑いかただった。


(私はあなたが思っているほど、善人ではありませんよ)


 あれはどういう意味だったのだろう。

 自分は、まだ殿下のことを何も知らない。


「スー、あなたの夢を叶えられるかはわかりませんが、ここにいる限り、あなたを大切にします」


 丁重に扱われているということは、ひしひしと感じているが、面と向かって言われると、途端に胸がときめいてしまう。まるで物語の中に出て来る求婚の台詞のようだ。


「殿下が、わたしを大切に?」


「はい」


「本当に?」


「はい」


 スーは再び千載一遇の機会がやってきたのではないかと、じっくりと身構える。

 ルカの澄んだ碧眼には、いつもの笑みが滲んでいた。


 腫れ物に触るような、他人行儀な色。

 大切なのは、王女としての自分。


 彼と仲睦まじく過ごすまでの道のりは、果てしなく遠い。

 けれど、落ち込む前に、いまは殿下の気遣いを最大限利用させてもらおう。


 スーはためらわずに目の前の壁をぶち壊そうと、心の中で大きな鉄球を投げた。


「では! 殿下に恋人がいても愛人がいてもかまいません! せめて、わたしのことも好きになってください!」


 一足飛びに大胆な希望を打ち明けると、再び背後でブフッと吹き出す声がする。

 勇気を出して真面目に打ち明けているところに、またもや水を刺されて、スーはぎりっと笑い転げている周りの者を睨んだ。

 ルカも釣られたように笑いだしている。


「――スー。私はあなたのことが好きですよ」


「え?」


 さらりと信じられないことを伝えられて、スーは赤い眼を見開いてルカを凝視してしまう。


「今、こうして食事をしていても、館の者があなたを慕っているのがわかります。ここに来てから、よく学び、素直で、そしてとても面白い。私があなたを嫌う理由はありません。むしろ、とても好ましい」


「あ……、ありがとうございます」


 人として好ましいという意味での「好き」。恋愛感情は片鱗も見えない。スーの期待が見事に空振りする。


(いまは、まだそれで充分だわ)


 女性としては全く目に入っていないが、嫌われていないのであれば、今は合格点ということにしておこう。


 これからの一番の課題は、女性としての魅力だろうか。

 ユエンや教師に、どうすれば殿下の心を射止める魅力が養われるのか、もっと教えを乞わなければ。


 スーがギラギラとした野望を燃やしていると、ルカがさらなる燃料を投下した。


「スー、明日はあなたの息抜きも兼ねて、少し二人で外を回ってみましょう」


「明日?」


 予想だにしないお誘い。ブワリと、一気に喜びが胸を占める。スーは立ち上がりそうな勢いで、ルカに確かめた。


「それは、殿下とデートできるということですか?」


「はい」


 「嬉しい!」と叫びそうになったが、はたと皇太子でありながら軍にも勤めている彼の多忙さが頭をよぎる。


「あ、でも、殿下は毎日お忙しいのでは?」


「大丈夫。わたしにも休暇を取る権利があります」


 胸の内が明るい色彩で染められ、スーの表情を彩った。嬉しくてたまらない。


「ありがとうございます、殿下!」


 思わず彼の手を取って、強く握る。


「…………」


「殿下? どうかなさいましたか?」


「いえ――」


 スーはワクワクとした気持ちで、目の前の食事に手をつける。やわらかな赤身の肉を噛みしめると、とても幸せな味がした。

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