12:殿下の好み

 必死になって言葉を探すスーの前で、ルカが口元を手で押さえて吹きだした。堪えきれないと言いたげに、声を漏らして笑っている。スーはようやくからかわれていたのだと悟る。背後に控えている者たちが、はぁぁ~っと肩を落としている様子が目にはいった。


 自分が不甲斐ないばかりに、好意をアピールする絶好の機会を逃したのだ。


 殿下が艶めいた冗談を語ることが、この先にあるだろうか。恥ずかしさが過ぎ去ると、スーは地団駄を踏みたくなるくらいの悔しさが込みあげてくる。


(せっかくのチャンスが! 絶対に幼稚な女だって思われたわ!)


 ただでさえルカの大人の色気に負けているのに、ようやく到来した絶好の機会に、頬を染めてうぶな反応をしている場合ではないのだ。


「申し訳ありません、王女。いえ、スー。少し冗談がすぎましたね」


 詫びながらも、ルカはまだ口元に手をあてて、肩を震わせている。今からでも反撃を試みたいが、顔の火照りが全くひかない。頬を染めていては、何を言っても墓穴を堀りそうな気がする。


 何も言えない悔しさに震えていると、ルカがどう誤解したのか、労るようにもう一度詫びた。


「スー、怖がらせてしまいましたか? 申し訳ありません。私があなたを望むことはありませんので、どうかご安心ください」


 それはそれで、とても悲しい宣言をされている。


(いずれは殿下の妃になるのに)


 結局のところ、自分は全く女性として意識されていないのだ。美しいと言われて育ってきたが、お人形のように愛でるだけの美しさでは意味がない。


 どうしてもっと女としての魅力を磨いておかなかったのかと、再びスーは激しい後悔に苛まれる。

 ようやく顔の火照りがおさまってきて、スーは全身で訴えた。


「さっきも申し上げましたが、わたしは殿下を恐ろしいと思ったことはありません!」


 勢いを取り戻したスーを見て、ルカが安堵したように息をついた。

 スーは(ああ、駄目だ)と絶望的な気持ちになる。


(幼いと思われた)


 自分がうまく反応できなかったせいだと、スーは落胆を通り越して、めり込みそうになる。


(なんとか挽回しなくては!)


 気力を振り絞って顔を上げると、殿下の背後に控えている執事や侍従長が、小さく拳を作って「がんばれ」と応援してくれているのが目に入った。背後のユエンを見ると、大きく頷いている。


「あの……」


 背後から少しばかりの勇気をもらって、果敢に挑む。


「殿下は、どのような女性が好みでしょうか?」


 単刀直入に自分が殿下の好みに当てはまるか聞いてみたいが、露骨すぎるかと遠回しに言葉を選んだ。


「どのような……、そうですね」


 ルカが戸惑っているのがわかる。好みの女性を問うことがすでに露骨すぎたと後悔しても、今さら出てしまった言葉は取り消せない。


「たとえば、可愛い感じだとか、綺麗系だとか……」


 取り繕うように付け加えながらも、自分と真逆の女性像が導き出されたら、きっと落ち込んでしまう。スーが内心ハラハラしていると、ルカが何かを思い出しながら答えてくれた。


「容姿にはそれほどこだわりがありませんが、人を試すために度を過ぎた駆け引きをする女性は疲れます」


「駆け引き、ですか」


 完全に恋愛経験が豊富な者の発言である。

 恋愛経験値がゼロの自分とは出発点が違いすぎると、スーは頭を抱えたくなった。


「駆け引きとは、たとえばどんな風な?」


「たとえば、……思わせぶりに誘って来たり、こちらの気を引くために泣いたり……、その程度であれば楽しめますが、段々と駆け引きが過激になってくると、疲れます」


「過激な駆け引き?」


 全く想像がつかない。ルカが困ったようにスーを見ている。


「中には、すぐにばれる嘘をついたり、他の男性との噂を流したり、人を貶めたり、事件を起こしたり、まぁ、色々ありますね」


 妙に生々しい例え話だが、もしかしなくても全て実体験なのだろうか。

 殿下の気を引くために、過激な駆け引きを仕掛けるなど、スーには全く理解できない。意味不明である。


「殿下は素敵な方ですから、きっと色んな経験をされて来られたのでしょうね」


 こちらから話を振っておきながら、笑顔がひきつってしまう。ルカは嫌なことでも思い出しているのか、少し眉間にしわが寄っていた。


「私の場合は、この肩書きなので仕方がありません」


 スーにも、なんとなく想像がつく。帝国の皇太子でこの美貌であれば、引く手数多である。実際、多くの女性に言い寄られてきたのだろう。


(すごく競争率が高そう。駆け引きが過激になるのも、仕方ない気がするわ)


 スーは自分がいかに幸運であったのかを、いまさらになって強く噛み締めた。


「では、殿下は素直で正直な女性が好みなのですね」


「――そうですね。周りくどいのは疲れます」


 うんざりしてきたと言わんばかりに、言葉が重い。スーは「素直で正直。周りくどいのは駄目」と心に刻んだ。


(素直で正直なら、なんとかなりそう)


 前向きに受け止めながらも、同時にスーの胸の内にふっと小さなさざなみがたった。


 美貌の皇太子。これまでに辿って来たのだろう華やかな恋愛経験。

 ルカの世界を想像して広がっていく波紋。気持ちを咀嚼する前に、押し出された気がかりが喉元へと競り上がってくる。


「殿下は、誰か好きな方はいらっしゃらないのですか?」

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