依代人形
いぎたないみらい
" 我思う。故に我あり。"
夢を見た。
見渡す限りの白い世界。
雪が積もっているわけでもなければ、降っているわけでもない。
ただただ、白い世界。
あるのは一脚の椅子だけ。
その椅子に座るのはーーーーーーであって。
私には、座れない。
目を覚ます。
同居人はまだ寝ている。
静かに起き上がって、顔を洗い、制服に着替える。
弁当と朝食を用意する。野菜を切る音、卵を焼く音が響く。いい匂いが家中に広がる。
朝食を食べ、折り畳み傘を持って家を出る。帰る頃には雨が降るらしい。
「いってきます」
「ねえ、天乃サン。代わりにこれ、職員室に持ってってくれる?」
目の前に山積みのノートを置かれる。
「ちょっと用事できちゃってさあ~」
「……いいですよ」
「ホント?wありがとおw」
笑いながら教室を出ていく。外で待っていた彼女の友達が、くすくすと笑っている。
「まじ便利w」「ちょっとサナw かわいそおじゃんw」「ねえ、早く先生さがそ~」
「けいちゃん、どこいっかな~♡」
「失礼しました」
ノートを職員室に届け、旧校舎へ向かう。
理科準備室に彼がいた。寝ている。
ドアを閉め、念のため鍵を掛けておく。
彼の頭に一つ、手刀をいれる。
「………!いっっ、て!!」
「そんなに強くしてない」
「ええぇ……」
彼はこの学校の理科の教師、古淵 螢睹。
青色の瞳に金茶色の髪が目を引く。その上イケメンで、塩対応でも女子生徒や女教師からよくモテる。
先程の彼女たちが探していたのも、この男。
さらに、校則違反をしている生徒に対して、注意だけで終わらせるため、男子生徒からも好かれている。
ただ、面倒くさがりでサボリ癖がある。
彼が机に伏せ、駄々をこねる。
「腹減ったーー」
「コンビニで買いなよ。金持ってるでしょ」
「財布忘れた」
「」
思わずため息をつく。
「知らない」
「ひどぉい」
こういう面を彼女らが見たら、一体どう思うんだろうか。
「……日曜日の、忘れないでよ」
「んー?うん。大丈夫大丈夫」
不安だ。
ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…
彼女はよく、夢を見て一つ、涙を溢す。
一昨日もそうだった。
彼女に忠誠を誓っている者として、放ってはおけない。でも何をすればいいのか分からない。
だからもう1人の同居人に聞いてみたが、
「あんたがぁ、一人立ちすればいいと思うよぉ?」
と言うので諦めた。自分でもクズだと思う。
「従者ならぁ、もっと見える形で尽くせよぉ」
「うるさい」
今日は祭りがある。
「螢睹。行くよ」
彼女は学校だと、いつも俯いている。前髪も少々長く、顔はほとんど隠れて見えない。
だから学校の奴らは知らない。
天使の輪をもつ、艶やかな紫がかった黒髪。
長い睫毛に縁取られた、太陽が閉じ込められたような澄んだ瞳。
整った顔に、すぐに折れてしまいそうな細い身体。
こちらを見透かすような、凛として、穏やかな視線。
聴く者を惹き付ける、鈴を転がすような、透き通った声。
俺たちだけが知っている。
俺たちの巫女姫。
「巫女様」「ありがとうございます!」
「こちらをどうぞ」「お綺麗です~!」
「おねーちゃん!もういっかい!さっきのおどって!!」
「こら、ダメでしょう!…すみません、巫女様!いつもうちの息子がご迷惑をおかけしてしまって…」
少年とその母親に彼女が、にこっと微笑みかける。
「いえ。そんなことないですよ、お母様。祐介くんは優しい子ですから、いつも周りを見て動いてくれるんです。それで私もよく助けられていて…」
「まあ……!………あ、あの」
「はい?」
「もう一度、『お母様』と呼んでいただk」
「はい、巫女様ー。そろそろ時間ですよ」
町の者共に囲まれて、身動きが取れなくなった彼女を回収する。
彼女は優しいから、頼み事を断らない。だからいつの間にか、休まずに働き続けていたりする。
「なんかあったら呼べって」こそっ
「でも、螢睹だって忙しいでしょ?」こそっ
主人に家事を任せっきりの従者に言う言葉ではない。
彼女こそが、俺の、尊い主人。
日本神話の始まりの神・天之御中主神の依り代、天乃 祜祿。
神をその身に宿し、神の御言葉を降す、神々の御子。神々の愛し子。
美しすぎる彼女に見惚れていると、不意に袖を引っ張られた。
「なんです?」
「人の子が覗いてる。2人」
ーーーーーー頼られた………っ。
人の身体で輪廻転生を繰り返す主人は、ぶっちゃけ、俺より何万倍も、永く生きている。
だからあまり、年下な俺を頼らない。
だから、張り切って追い出してやろう。
ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…
ピーヒャラ
ドンドン
「わー。ホントだ。祭りの音するー」
「でも今日ってなんか祭りあったっけ?」
日曜日。
友達のユミと2人で遊んでいて、ふと、裏路地の方に目を向けた。
裏路地なのにやけに明るく感じ、耳を澄ますと、お囃子の音が聞こえた。
猛烈に気になり、2人一緒に暗い裏路地に入ってみた。
クスクスッ…
「……ね、ねぇ。戻った方がよくない…?なんか、暗すぎない?」
キャハハッ…
「う、うん。……でもほらッ!もぅちょっとだから!ね!」
カラッコロッ…
明らかに私たちのじゃない声や音を聞きながら、祭りの音の方へ進んでいった。
ピーヒャラ♪
ドンドン♪
聞こえた音の通り、そこでは楽しそうに、嬉しそうに、祭りをしていた。
「ホントにやってる…」
「…でもさあ、ここドコな、の…」
目の前は見たこともない町。
目の前にはたくさんの人に囲まれた女の人。
「……………きれーー………」
「モデルみたい…。あの人知ってる?」
「うんにゃ…。ぜんっぜん見たことない」
遠目で見ても分かる。
天使の輪がある、紫っぽい黒のつや髪。
完っっっ璧なフェイスライン。
巫女の服で判りづらいけど、理想的なボディーライン。
何より惹かれるのが、目。
きっと、とてつもなく綺麗な色をしている。
多分、とてつもなく優しい目をしている。
とてつもなく、輝いて見える。
彼女自身が。
そーやって見惚れていると、1人の男が彼女を周りの人々から救い出した。
って、あれ?
あの男、けいちゃんじゃね?
思わずユミと顔を見合わせた。
「え!やばあ!スクープなんですけど!!」
「えやばい。くそ萌える。コスプレ?」
パシャッ
「えー…?まさかカレカノとか…♡」
「えー!でも許せるー♡大歓迎ー♡」
「すみませーん」
「「うわっっっ!!?」」
目の前にけいちゃんがいた。いつの間に!?
「!……なんだ。お前らか」
こんな近距離で話すことは中々ない。
という訳で、質問責めにした。
「ねー。なんでそんなカッコなのー?」
「バイトしてるから」
「先生って副業ダメじゃね?」
「だから黙ってろよ?」
「けいちゃんの弱みを握ったゼー☆」
「いぇー☆」
「はいはい」
……今思うとぜんっぜん質問責めじゃないなと思う。
けいちゃんは私達の背中を押して、追い出した。そんでぼそっと、こう言った。
「振り返るなよ」
けいちゃんの言う通りにして、元の街に戻ってきた。
戻ってきてすぐ、ユミが写真を撮ってないのに気づいて、すごく悔しそうにしてた。
でも私は、全然悔しくなかった。
「ふっふっふ……。実は一枚だけ撮ってたんだよねー…♡」
「マジか!でかした、サナ!」
「「せーぇのっ!」」
黒かった。
闇、と言うほうが正しいかもしれない。
「………は?」
「…サナ。まさかレンズのとこに指、のっけてないよね?」
「私がんなことするワケないじゃ~ん!ちゃんと、けいちゃんとあの人のほう向けて撮ったもん!」
「…じゃあ…………これ、何……?」
「……………………心霊写真、撮れちゃったかも……?」
もう一度あの町に行こうとしたけど、いくら裏路地に入っても、あの町には行けなかった。
この世の者とは思えないようなあの綺麗な巫女さん (?) は、一体誰だったんだろう。
また、逢えるといいな。
依代人形 いぎたないみらい @praraika
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