第5話 どんな君でも

◇◆◇


俺のすぐ側で寝息をたてているのは俺の愛しい婚約者のシェルだ。


ピクニックの話をしていたら、眠ってしまった。

こんな夜中に来た俺が悪いんだが。

俺はシェルに関する記憶は辛い王宮生活の生きる支えだったため、何度も思い出していた。

だから詳細まで覚えていて、熱弁しすぎたのかもしれない。


長くキラキラときらめく睫毛にかかった前髪をさらりとどかし、久しぶりの至近距離のシェルを見つめる。

あまりにも起きないので、頭を撫でてみる。

するとシェルは少し眉間にシワを寄せる。起きてしまうのではないかと、身を構えたがシェルは直ぐに寝息をたて出した。


こんな時間を過ごすなんていつぶりだろうか、5年振りくらいかもしれない。

俺が帰りたくないと駄々をこねて一緒に眠ったこともあったな。


シェルの妃教育が始まってから思うように時間が取れなくなってそこから俺たち2人の関係は変わってしまった。


きっとあの小さな体には耐えられないほどの重圧がかかってしまっていたのだ。

耐えきれなくなるまでに俺が気づいていれば、、

俺が自分を制御してあんなに"驚かす"ことがなければ、、


後悔の毎日だった。


ただ俺に出来ることはないと思っていた。

俺がすること全てにシェルは恐れてしまうだろう、と。


シェルを大切に思っている、幸せになって欲しい、でも手放すことなどできない。

だから婚約破棄などできないように父上に頼み込み、彼の兄や父の反対を押し切り、この座を守ってきた。


そんな俺に2週間前、彼が誘拐されたとの連絡が入った。怒りに燃えたよ。やっぱり俺の知らないところで彼が危険にさらされるなんて耐えられない。でも縛り付けたら彼は俺の腕をするりと抜けて、一生手の届かない存在になるかもしれない。


そんな葛藤を胸に誘拐されてから、1週間も目を覚まさないことに焦りを感じ、夜中に彼の様子を見に行くことにした。

昼間に行こうとすれば、婚約者だろうと、王太子だろうと彼の家族に拒否されるだろう。彼の家族はシェルが俺を恐れていることも、俺がシェルに嫌われたくなくて、強く出れないことを知っているから。



月夜に照らされるシェルは儚く消えてしまいそうだった。でも俺に出来ることはなく静かに眠る顔を見つめるだけだった。


そんな日が続いたある日、彼のはちみつのように輝く瞳がはっきりと俺を写していた。



心臓がドクンと脈打つのがわかる。


どうしようか、深夜に俺が見に来たなんて知ったらもっと怖がられてしまう。


それは避けたかった。


でも彼が目を覚ましたという喜びが強く、とても抱きしめたかった。何故こんなにも近くにいるのに触れられないのか。黒い感情が湧き上がるのを感じ、慌てて意識を"今"に戻す。


彼は何も言わなかった、恐れた様子もない。ただじっと俺を見つめていた。


俺は耐えきれなくなり、先に口を開いた。

彼は返事をすることはなく、これは失敗したな、と足早に部屋を去った。




次の日、昨日のあれは夢だったのではないかと昼の公務にも身が入らなかった。


そこで公爵家に忍ばせているメイドに連絡を取り、彼の病状を確かめに行かせた。

このメイドはあくまでシェルの安全のために忍ばせたものだ、ストーカーなんかじゃ、ない。


メイドからは直ぐに報告があった。


そこには彼は今朝目を覚ましたこと。

医者に見せたところ、命に別状はなく1ヶ月ほど安静にしておけば治ること。


そして"記憶障害になった"こと。


が書かれていた。


記憶障害、とても驚き、再び怒りが湧いてきた。

シェルを誘拐した犯人と黒幕は突き止め、重い罰を直々に与えたからもう何も出来ないのだが、命を頂戴しないと許せない。と思ってしまう。


もちろんシェルが俺を恐れてしまうからしないが。


ただそこである考えが浮かぶ。

昨日の俺を恐れない態度は記憶障害によるものなのではないのか。

そりゃそうか、急に怖くなくなるなんてないよな。

少し期待してしまった自分が恥ずかしくなる。


その夜、メイドから報告は受けたものの、目覚めたシェルをどうしても自分の目で確かめたくなり、夜中に部屋を訪ねてしまった。


今日は彼のベットの横のランプがつけられていて、バルコニーの方をじっと見つめているシェルが目に入る。


最近の俺を怖がる目ではなく、かつて俺と仲良かった頃に近い興味津々な目だ。待っていたのだろうか と期待をしてしまう。



シェルに記憶障害について聞くと、俺の事を覚えていないらしい。


、、、なんとも複雑な気持ちだ。


幼少期の思い出の"俺"が全て忘れられてしまったのはすごく悲しい。でも恐ろしく感じていた"俺"も忘れているのは嬉しいような、、。


記憶障害は時間が経てば記憶が戻ることも多い。

だから一時的に忘れても結果は変わらないかもしれない。


だから俺は"俺"を忘れているうちにもう一度初めから仲良くなろう作戦を決行することにした。


シェルを騙すのは心苦しいが記憶を無くす前は仲良かったと伝えておこう。


これはまぁ、嘘ではない。

幼い頃は仲が良かったのだから。


次の日の夜も会う約束を取り付けたし、帰ったら直ぐにシェルを俺に堕とす作戦を立てなければ。


そんな使命感を胸に早めに切り上げた。

本当は久しぶりにもっと傍に居たかったが、夜中に起こしておくのはシェルの小さい体に良くない。


直ぐに記憶は戻らないと信じて確実にゆっくりじっくり堕とそう。



計画を考えながら机に向かっていると、気づけば朝日が差し込んでいた。



寝不足でくまが酷い俺をクラスメイトのアデルに心配されてしまった。


アデルとは幼少期から共に切磋琢磨し、成長してきた友だ。王弟の息子、つまり俺の従兄弟で王位継承権第二位を持つアドリアンという名の男だ。同い年で一緒にいる時間が長かった。王位継承権を持っているが、王になる気などなく、俺を補佐したいと言ってくれており、ギスギスも一切ない。


彼にはシェルについての相談をしてきていたので、今の状況を説明した。


彼には何度も想いを全て出すのは避けろと耳が痛くなるほど言われてきていて、今回の俺の引きの姿勢と黒幕を殺さなかったこと、シェルを連れ出さなかったことを褒めてくれた。


これからは一緒に計画を立ててくれるらしい。

お前は心配だとか、怖がってるシェルちゃんは可哀想だとか、ブツブツ言っていた。


俺はシェルとの夜に会う約束が楽しみで一日中浮ついた気持ちだった、


シェルから日記の話をされるまでは。

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