第38話 最終話
時は流れて……ディッテニィダンジョン転移事件から約半年後。
王国は新たな女王の誕生発表に沸いていた。
女王に就いてから初めて国民の前に、レリアが姿を見せることなっておりに国民はお祭り騒ぎになっていた。
そのお披露目のための準備をしているレリアだが、どうも準備された衣装に違和感を感じていた。
「……この衣装……これで本当に良いのか?」
女王らしい威厳に満ちた服……と思っていたが、何処か違う。
女王戴冠のお披露目ならば、もう少し装飾に凝ったものだと思っていたのだが、白基調の、宝石など控えめな服装だった。
疑問を持ちつつもレリアは衣装係に請われるままに用意された手袋をしてヘアアクセサリを身につけ、全体を見て崩れていないか等を確認、細かく整えてもらう。
化粧を施され、鏡で自分の姿を確認したレリアは、その仕上がりに不満はないものの、方向性の違いに戸惑っていた。
「威厳に満ちた、というよりも可愛らしい仕上がりになっているのは……これで本当に良いのだろうか」
彼女の記憶の中の先代女王は立派で威厳に満ちていた。
数多くの武官、文官を従えて立派に勤めを果たしていた。
それに比べて、あきらかに鏡の中の自分は、そういう厳しさよりも可愛らしさが強調されていた。
「レリア女王陛下、準備が出来たようで何よりです」
ずっと控えていたのだろうか、準備が終わったタイミングで老将軍が入ってくる。
「ルエル将軍か……」
代理として、そして後見人として世話になっているルエル将軍を前にレリアは笑顔を見せる。
「……ふむ」
レリアの振る舞いに、女王になるという緊張のためか、すこしぎこちないという印象をルエルは感じる。それも仕方に事ではあるので特に指摘したりしない。
「今日はよき日でありますな。女王としてのお披露目、そして同時に陛下の王配のお披露目も出来るのですから」
「……」
レリアの身体がびくりと震える。覚悟していたことだが、王配に関して意見を挟むことも叶わず、決定されていたようだ。
とはいえ、意見を挟む権利があったとしても彼の名前を出すことは出来ない。何より彼がそれを望む訳もないのだ。
「ご不満とあらば、拒否することも出来ますぞ。そのような計らいも出来ますが……ですが王配候補たる彼……私の養子なのですが、彼はなかなか有望かつ有能でかならずや姫様も気に入られると思うのですが……」
「……ルエル、気持ちはありがたいが、私は……その、女王としての役割で手一杯で今はそのようなことは考えもおよばなく……」
拒否も構わないとルエルの意外な提案に、レリアは助かったとばかりに断りを入れる。
「お姉様!」
「サーラ……どうしたというのだ、その格好は……」
ルエルとレリアの間に割り込んできたレリアの妹、サーラ。彼女の衣装は、レリアと同じような印象の白基調の衣裳だった。
彼女の衣装を見て、自分が身につけているものが花嫁衣裳なのだな、とレリアは気付く。
つまり、ルエルの提案は、断られる想定ではなく、了承することが前提ということだ。だから自分も同じような方向で化粧や衣装を選びだされていたのか、と心の中で嘆く。
英雄王の剣を持ち帰ったとて、所詮は小娘。貴族間のバランサーとして彼らの思惑と共にこの身は自由にはならない、ということなのだろう。
「お姉様が、ルエル様のご提案を断るというのなら、わたくしがルエル様の養子……セイ様のお嫁さんになりますの。もしお姉様がルエル様のご提案を受け入れるというのならわたくしはセイ様の二番目のお嫁さんになりますの」
「……は? サーラ、今何と……確か、セイと……」
目を丸くして、茫然自失となるレリア。
「それにサーラもセイのお嫁……になる?」
衝撃の言葉に処理が追いつかない。一体何処でそんなことになっていたのか。
彼、セイと別れてから、レリアは忙しく動き回っていた。そのため、妹姫と頻繁に会うこともままならぬまま今日という日を迎えたのだ。
「そうですの。セイ様はサーラの王子様ですの。アルセルの街で悪い人たちに誘拐されそうになったところを助けていただきまして……わたくしを守ってくださって、御礼も十分に出来なかったというのにいいよいいよと許してくださり、そのルエル様のお屋敷で偶然再会いたしまして、これは運命に違いないとわたくし感じました。何よりセイ様とお話しましてわたくしの胸がこう、凄く熱くなるのです……。ですので、この素晴らしいお姉様の女王戴冠お披露目の日に、わたくしもセイ様と結ばれたく思いまして……」
はしたないと思いつつ少し早口でまくし立てるサーラ。その顔は完全に恋する乙女の表情で、セイのことを想っているのが見て理解できるくらいだった。
「待て、待て、待て……色々知らなかったことを大量に言われて私の心も頭も激しく混乱しているのだが……将軍、どういうことだ!」
妹姫の見せる乙女の表情に戸惑い、彼女の口にする告白に混乱し、レリアが叫ぶ。
ルエル将軍は、少しだけ困った表情で笑う。
「どういうことも、そのままでございます。レリア様の王配としてわが息子セイを推しますが、望まぬのなら致し方ないかと。ただ、妹姫様ともご縁があったようで、それならばとサーラ姫様がおっしゃるものですから、はい」
「それは解っている、解っているが、そうでは……そうではないのだ!」
「レリア、そんなに叫ぶとせっかく綺麗に施した化粧が崩れてしまうぞ。もっと落ち着いて」
穏やかな声が滑り込むように間に入ってくる。
「これが、落ち着いてられるか! ……セイ? お前、どうしてここに……」
半年振りに顔を合わせる。しっかりと礼装を着つつも将軍の横で困り顔の彼が立っていた。
もう会わないと思って別れたあの男が今目の前に居る、それだけで胸が熱くなり、涙が零れる。
「ほら、泣かないで、女王陛下。せっかくの化粧が崩れてしまいますよ」
「そんなことばかり気にして……お前という奴は……」
レリアの身体を包むように抱き締めるセイ。
「……君みたいないい女は絶対に離すべきではないって怒られてね、ライに。結ばれない言い訳を探すんじゃなくて、やってみないと、ってね」
ライの言葉も無茶な話ではあるのだが、セイが本気でレリアと結ばれたいと考えるなら、と協力をしてくれたのも彼だった。
高ランク冒険者としての伝手を使って、ルエル将軍と面会することが出来、こうして王配候補として今この場に立つことが出来たのだ。
「君が言っていただろうガルム古戦場で……いつか慰霊碑を建てたいと。だから色々と頼ってあの土地まで王国騎士団を進めて白の聖女さまにガルム古戦場で慰霊と浄化をしていただいたんだ。銀の鎧の騎士団……リビングアーマー達にも協力してもらって、安心して彼らも旅立っていったよ。だから、今すぐは無理だろうけど、いずれあの土地も再び王国の街として復興できると思う」
砦跡に残された遺品は今の武官派、文官派問わずの貴族家の家宝や貴重品が数多くあり、それを持ち帰った実績が彼の爵位授与と、王配として推される力となったのだ。
「まあ、その辺りはまた今度じっくりと話すとして……女王陛下……私の手を取ってはいただけないでしょうか」
「嫌でしたら遠慮なさらずに、お姉様。お姉様が駄目でしたら、わたくしがセイ様のお嫁さんになりますので大丈夫ですわ」
「……まったく、困った奴だ」
そういいながらセイの手を取る。
「それにしても将軍、何故もっと早く言ってくれなかったのだ」
「サプライズですわ、お姉様」
「……どうしても言われてな。それに俺も君の驚く顔が見たかったし」
「だ、そうです。わしは止めたのですがな……」
視線を逸らすルエル将軍。止めたのは止めたけれど、最終的にはこれは賛成して協力してるな、とレリアは思った。
何より、これだけ重要な情報を自分に届かないようにするなど容易なことではない。
「驚いてくれて何よりだよ、レリア女王陛下」
「……」
セイの顔を見て、レリアの胸が熱くなる。意地悪で、隠し事が多くて臆病で、でも自分の隣に立つ為に奔走してくれて、自分をこんなにも喜ばせて驚かせる男なんて彼以外居ない。
微笑むセイの頬に口付けをする。
「…………本当に、本当に……本当に……そういうところだぞ……ぐすん」
「あー、お姉様ずるいですの。わたくしもしますの」
そういって反対側の頬に口付けをするサーラ。
「本当に、酷い男だ。妹まで誑かして」
レリアはそういうものの、妹の幸せそうな表情を見るに、とりあえずはいいかと思う。後々面倒なことになるかもしれないが……今は彼が隣に居る幸せを享受しようと考える。
その日、新たな女王陛下の誕生と、王配たる男子のお披露目、そして妹姫とも王配たる男子が結婚するという発表に目出度いと民衆は喜ぶと共に混乱して戸惑うことになるのだった。
― 姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……これにて、おしまい ―
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