第25話 激戦
チャージを終えていたジュエルガンの銃口が、空中のゼードを捉える。視界を遮る濃い闇は、頭上で輝く月が押し退けてくれていた。
「痛いじゃ済まねえかもな!」
放たれた宝石が独特の輝きと共に、邪を払うべく地上の星となって流れ進む。確実に命中したと思った瞬間、ゼードは新を一瞥して右手を払った。
退魔の能力があるだけに消滅はさせられなかったが、それでも威力はだいぶ落とされたみたいだった。防御を突破した宝石弾を、左腕でガードしたゼードに傷一つ負わせられなかった。
今度は新が腹立たしさを隠さずに舌打ちをする番だった。今のは祐希子の祖父から貰った、かなり高価な宝石の一撃だったのである。
だからこそ慎重を期して不意をついたつもりだったが、案の定というべきか、こちらの作戦は見抜かれていた。それでも千尋への追撃は諦めさせられたので、とりあえずはよしとする。
「聞け、愚弟。奴が右腕を払うと周囲の空気の流れが変化する。恐らくだが風を操っているぞ」
「風を? そんなことできんのかよ」
新の質問に答えたのは、千尋でもゼード本人でもなかった。
「上位の妖魔は属性を持っているのですわ。そこのゼードは風なのでしょう。火、水、土、風、雷、氷と存在します。その概念も魔女に近いものですわ」
「さすがは大半の力が失われた末裔でも魔女か。付け加えるなら、妖魔は雑魚に至るまで闇に属する。上位者は基本にして至高の闇の他に、もう一つ属性を持っているのだ。その者を妖魔貴族と呼ぶ。さらに高位へ行くほど扱える属性も増えていく。ただし言った通り根本は闇なので、例外なく妖魔は光の属性が弱点になるのだがね」
「おいおい、弱点を敵に教えてもいいのかよ」
「構わないさ。光を扱える者が正規の退魔士となるみたいだが、この場にはいない。せいぜいが光の力で祝福された銃がある程度だ。まあ、先ほどの一撃を見る限り恐れる必要はなさそうだがね」
「へっ、その余裕が命取りになるかもしれねえぞ」
「そうなればいいがね」
あくまでもこちらを見下すゼード。気持ちの上では、すでに勝者となっているみたいだった。
風の力を使っているのか、ふわりと飛び上がり、宙で動きを止める。
「さあ、もっと楽しもうではないか。今宵はこんなにも月が綺麗なのだからな」
月の真下で両手を広げる。わざと隙だらけにしているのだ。わかってはいても、勝つにはそこをつくしかない。真っ先に仕掛けたのは千尋だった。
プロスポーツ選手も真っ青な跳躍力を披露し、浮かんでいるゼードに飛び蹴りを放つ。
「いかんな。これでは楽しめない。もっとも、気の強い人間の女は好みでね。君はすぐに殺さない。私が楽しみ尽くしたあとで絶望をプレゼントしよう」
「戯言はあの世で言っていろ! この至近距離なら防げまい!」
蹴りはあくまでフェイク。千尋の狙いはほぼ零距離からの射撃だった。腰の拳銃を素早く引き抜き、狙い通りの攻撃を行う。
防御する暇もなく弾丸が敵の腹部に命中した。
「さすが千尋さん!」
歓声が上がる。見れば祐希子は、倒れていた玲子を抱き起している最中だった。
「残念ですが、倒せてはいません。こちらを舐めて人間の姿で戦っているとはいえ妖魔貴族。倒すには光の――退魔の力が必要なのですわ」
玲子が口にした通り、腹に銃弾を受けてもゼードは平然としている。
玲子の視線が新を捉える。そんなことは念押しされるまでもなくわかっていた。装填済みだった次弾を撃ち込むべく、トリガーを絞る。
だが先ほどよりは価値の低い宝石。公園で猫妖魔を倒した時のような奇跡は起きず、風で作ったと思われる見えない壁に阻まれてしまう。
同時に空中で自由に移動できるゼードは千尋の背後に回り込んで、蹴りを入れた。なすすべなく吹き飛ばされた千尋は肩から大地に激突し、新の近くまで転がってくる。これは衝撃とダメージを少しでも和らげるために、彼女自身があえて行ったものだった。
「大丈夫か、姉貴」
「大丈夫なものか!」千尋が憤る。「奴は蹴る間際、私の尻を撫でたのだ!」
自ら人間の女好きと公言しただけあって、女体であれば見境なしなのだろうか。若干の憐れみを覚えなくもない。
千尋に睨まれたゼードは、悪びれもしない。
「これは失敬。貧相そうな胸と違って、ボリュームのあるお尻をしていたのでね。つい手が出てしまったよ」
「誰が乳なしデカ尻だ! それは祐希子のことだろうが!」
とばっちりを受けた祐希子が反論する。尻のサイズは置いておいて、胸だけは千尋に勝っていると。
だが千尋は一切聞かず、怒りと勢いのままにゼードへ再び挑みかかる。
「フフ、このまま宙にいては、そちらが不利になるだけだな。新たなハンデとして、私は地上戦以外できないこととしよう」
挌闘から銃撃のコンビネーションはすでに見せてしまった。二度も同じ攻撃が通じるとは思えない。加えて先ほどの一撃でも、ゼードにはほとんどダメージを与えられなかった。
「妖魔の階級によって同じ属性でも扱える強度は変わる。さすがに私は大公クラスには及ばないが、人間程度には十分すぎるほどだ。例えばこんな使い方もできる」
風を使う際の決まり事なのか、ゼードが右腕を横に振る。数秒経たずに発生した突風が、千尋の髪を吹き上げる。
俊敏さを阻害された千尋のスピードは人並みとなり、あっさり後ろに回り込まれる。すぐに致命傷を与えたりはせず、腕を回して乳房を揉み込んだり、尻を撫で回したりする。要するにもてあそんでいるのだ。
イラついた千尋が回し蹴りを放つも、足を持ち上げられて強制的に大股を開かされる。パンツスーツなので下着が見えたりはしないが、それでも女性に羞恥を与える行動に変わりはなかった。
「弟の前で嬲り者にするのも悪くはない。フフフ、今から色々と楽しみだよ」
「悪趣味なのは実に妖魔らしいが、あんまり私を舐めてくれるなよ!」
残っていた片足に力を込め、飛び上がると同時に延髄へ蹴りを放つ。片足を掴まれたままでのこの行動は、さしものゼードも予想外みたいだった。
千尋の身体能力は大の男以上である。いかに妖魔とはいえ、防御の遅れた部位に直撃すると苦痛を伴う。
よろめいたゼードの肩に蹴りを放った足を乗せ、力任せにもう片方の足を掴んでいた敵の手を振り払う。同時に勢いを利用し、体ごと回転させたかかとをゼードの顔面へ叩き込む。
正体が妖魔でも人間に化けている際は、赤い血が流れるらしい。盛大に鼻血を吹き上げたゼードが憎々しげに真上の千尋を右手で振り払う。
風の拳ともいうべき一撃を受けた千尋は大きく後方に飛び、地面へ落ちる瞬間になんとか体勢を変えて足から着地する。
「人間ごときが調子に乗ってくれるじゃないか。女ァ! 貴様はこの場で裸にひん剥いて犯し、最後は内臓まで食らい尽くしてやる!」
「その殺気、ずいぶんと妖魔らしくなったじゃないか。似合ってるぞ」
「ほざけっ!」
激昂を隠そうともせず、それまでは受ける一方だったゼードが攻撃に転じる。
その瞬間を待っていたかのように、玲子が地面に描き終えていた魔法陣を発動させる。
「生憎と黒魔術に光を得るものはありませんが、不意をつけばダメージを与えられるはずです。そうでなければ、妖魔同士の戦いは決着をつけられないことになりますから」
同じ闇に属する者であっても、力の強い方が生き残る。そういう道理なのだろう。玲子が発動させたのは闇の大波。一度目は防御されてしまったが、今回は完全に相手の虚をついた。
「私を侮るな! 魔女ごときの攻撃など!」
寸前で右手を振るって風の防御壁を発動させるも、そのせいで今度は千尋や新への注意が疎かになる。
接近して拳と蹴りのコンビネーションを炸裂させた千尋が、反撃を受ける前に横へ飛ぶ。代わりにゼードへぶつかっていくのは、ジュエルガンから放たれた宝石だった。
「風を使えるといっても、二つ同時に発動はできないみたいだな」
新の言葉に千尋が同意する。
「そのようだ。攻撃に使用すれば防御はできず、防御に使用すれば攻撃ができない。同じ防御にしても左右など別方向への同時展開も不可か。ファンタジーじみた能力の登場にどうしようかと思ったが、手に負えないほど便利な力ではないらしい」
「だが耐久力はさすがだぜ。妖魔貴族といったか。雑魚とは大違いだ」
防御もせずに宝石弾の直撃を食らったにもかかわらず、致命傷となってはいなかった。だが狙い通りというべきか、右腕にはしっかりとダメージを与えていた。
「右腕を狙ったのか?」千尋が聞く。
「ああ。魔女の黒魔術と似通ってるってんなら、発動には魔法陣じみたもんが必要になるんじゃねえかと思ってな」
「なるほど。それが奴の右腕を横に振る動作と考えたのか。面白い」
会話をしつつ、千尋はこっそりと自身の背中に回した手で新に何かを渡そうとしてきた。
気づいた新がそちらを見ると、千尋はゆっくり握っていた手を開いた。そこにあったのは緑色の輝きが美しいエメラルドだった。
「使え。もしものために用意しておいたものだ。ただし、外すなよ。私の昨冬のボーナスを丸ごと費やしているんだからな」
「そんなもん怖くて使えるかって言いたいところだが、そうするしかなさそうだ。なら、せいぜい敵の注意を引きつけておいてくれよ」
「問題ない。迷惑かつおぞましいことに、奴は私に執着しているみたいだからな」
「モテモテだな」
「あとでお仕置き決定だ。覚えておけ」
新をひと睨みして、千尋は怒り狂うゼードに戦闘を挑む。本来ならあっさり倒されてもおかしくない実力差があるはずだが、奴は事前に宣言した通り、あくまでも妖魔本来の姿にはならないつもりのようだ。
さらに玲子からの横やりも警戒する必要が出てきて、新の動向も無視はできない。有効な作戦は守りを固めて新たちの攻撃の切れ間を待ち、一人ずつ潰していくことだ。実行されたら敗北は濃厚なのだが、上位者である自分が人間に手傷を負わされたという屈辱に打ち震えるゼードは考慮すらしていないみたいだった。
恐らくは力で圧倒し、己の誇りを取り戻すと同時に新たちを完全屈伏させるつもりなのだろう。それこそが力ある者の最大の敵となる油断だとも知らずに。
「貴族でも妖魔に変わりはねえんだ。魔を払う宝石の輝きに、せいぜい震えながら消滅してくれ」
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