第14話 呪い

 食後のコーヒーを楽しんでいると、ガーディアンに新たな客がやってきた。金髪の前髪を綺麗に切りそろえ、裾を首に絡ませている青年だ。


 上下グレーのスーツで身を固めており、一見すると英国紳士だ。つけていたサングラスを片手で外す仕草も堂に入っていて、見ていた祐希子がカウンター席で小さく歓声を上げたくらいだ。


 イケメンとしか言いようのない美男子ぶりで、見る者すべてを魅了するのではないかというくらいに全身から男としての魅力を放っている。


 カッコイイを連発する祐希子とは対照的に、こういうタイプに真っ先に近寄りそうな里穂がギャルらしからぬ反応で苦手そうにしていた。


「貴方が錦鯉さんですね。私はゼイナードと申します。すでにご存知と思われますが、個人で宝石商を営んでいる者です。玖珠貫様から例の宝石の調査を依頼されたとか」


「ええ、そうです。錦鯉探偵事務所の所長、錦鯉新です。あちらの席で話しましょうか」


 二つあるボックス席の一つを借り、新とゼイナードは正面から向かい合う形で座る。


「玖珠貫玲子さんから依頼される前に、故人からも調査するよう頼まれていたのですか?」尋ねたのは新だ。


「フフ。そうですね。残念ながらご期待に添えられませんでした。玖珠貫玲子様からも探すよう頼まれましたが、行方を掴めてはおりません。ですが、どうやら実在するのだけは確かなようです」


「淑女の涙が実在する?」


「おや。信じてはおられませんでしたか? 淑女の涙と呼ばれる宝石は確かに存在しますよ。ですが情報を知ってそうな者と接触しても、最後まで在り処どころかどのような宝石なのかも教えてもらえなかったのです。あれだけ口が堅いとなかなか難しい。ただ相手の反応から、実在はするなと確信しました。一部では前々から噂になっていたみたいですしね、呪われた宝石と」


 カウンター席に座り、体をこちらに向けて話を聞いていた祐希子が、場に出た呪いという単語で息を飲むのがわかった。実在する妖魔を目の当たりにしているだけに、これまではオカルトだと一蹴できた話も現実味を帯びて聞こえるのだろう。


「その呪いというのは?」


 新の問いかけにゼイナートが苦笑する。


「持ち主に滅びが訪れるとかどうとか。よくある話ですよ。そうした逸話を信じていたら、宝石商は務まりません」


「けれど他の宝石商は、その噂を信じて淑女の涙との関わりを避けたがっている。……実際に被害にあった人物は知らないんですよね」


「ええ、そうです。フフ。自分で言うのもなんですが、話だけ聞いていると胡散臭いことこの上ないですね」


 まったくだと新も同意する。どこぞのテレビ局の二時間ドラマの放映内容みたいではないか。しかし宝石が実在するのであれば、探さなければならない。依頼は受けてしまっているのだ。


 目の前に座っている宝石商が在り処を知っていれば楽だったのだが、見当もつけられてないという。宝石を取り扱う業者へのツテもない新が闇雲に探したところで、見つかるとはとても思えなかった。


「それで、そちらは何か情報を?」ゼイナードの青い瞳がキラリと輝く。


「申し訳ありませんが、何ひとつ。午前中に依頼されたばかりですからね。情報を集めている段階です。現時点で早くも難航していますが」


「ははは。それはそうでしょう。ですが、錦鯉さんなら意外と早く見つけられるかもしれませんよ」


「どうしてそう思うんですか?」


「宝石商としての勘です。意外と当たるんですよ。フフフ」


 意味ありげな笑みを浮かべても、恰好良く見える。新も顔立ちは整っている方なのだが、さすがにゼイナードには負ける。勝手な印象でしかないが、女性慣れもしていそうだ。街中を歩くだけで、うっとりする婦女子が続出してもおかしくないレベルである。


 現に祐希子は目をキラキラさせっぱなしだ。一方の里穂は相変わらず嫌悪感じみたものまで前面に出しているが。


「さて。情報交換も終わったことですし、私はこれで失礼します。何かわかったら、是非教えてください。単純に興味があるものですから」


 椅子から立ち上がったゼイナードは流れるような美しい動作で頭を下げ、サングラスをつけた。カウンターで用意していたコーヒーを出す暇もないくらい、短い滞在時間となる。


 カップを乗せたトレイを持っていた里穂から勝手に一つを受け取ると、一口だけ飲んでカウンターに新の分も含めた代金を置く。


「貴女が淹れてくれたのですか? とても美味しかったです」


「淹れたのマスターだし。つーか、アンタ、里穂の嫌いなにおいがする。超苦手」


「それは残念。口説く前に振られてしまいました」


 上位者の微笑みとでもいうべきか。あくまでも余裕たっぷりに笑って、ゼイナードは店をあとにした。


「いやー……なんだか色々な意味で凄い人だったね」


「惚れたか?」


「あれあれ。新さんってば焼きもちですかぁ。仕方ないな、もう。ああ……数々の男たちを惑わせるアタシの美貌が恨めしいよ」


 妄想世界に入り込んでいる阿呆は放置し、新はカウンターに置きっぱなしにしていたコーヒーの代わりに、里穂が運ぼうとしていたコーヒーを手に取る。もちろんゼイナードが口をつけてない方である。


 カウンター席へ座り直し、男の印象についてマスターと里穂に尋ねる。


「紳士的な方でしたね。表面上は」


 マスターの言葉に軽い棘が含まれる。怪しんでいた証拠だ。


「マジムカつく系で、里穂はごめんなタイプ。あれだったら新の方が万倍マシだしィ」


「里穂は見る目があるな。どうだ。今夜あたり事務所でしっとりと」


「そんなに里穂に童貞食ってほしいワケ? じゃあ一千五百万ね。ツケと合わせて三千万」


「ぼったくりじゃねえか!」


「変なことを言い出す新が悪いんだよ」


 いつの間に現実へ戻って来ていたのか、祐希子が新の椅子をガシガシと蹴りつつむくれる。


「挨拶みたいなもんじゃねえか」


「アタシには言ったことないだろ!」


「だってお前ガキだし」


「ムキー!」


「悪い。ガキじゃなくて猿だったようだ」


「はいはい。夫婦喧嘩はよそでやってね」


 カウンター内に戻って、使われてないカップを回収した里穂が呆れる。


「そんな里穂ちん。夫婦だなんて」


「くねくねすんな。気色悪い」


「きしょ――」


 絶句した祐希子が口をパクつかせる隣で、新は優雅にコーヒーを飲む。事務所で淹れるインスタントとは違う味わい深さがある。


「それで新君は、あの方をどう思われたのですか?」


 店内でのやりとりを思い出してから、新はマスターの質問に答える。


「人間的にどうかまではわからないけど、何か隠しているのは確かだな。興味はそそられるが、危険度が上昇してくるようなら手を引こうと思う」


「それがいいでしょうね」


「ご馳走様。営業前なのに、待ち合わせ場所に使わせてもらって申し訳なかった」


 マスターの代わりに、何故か里穂が口を開く。


「今さら気にする必要はないじゃん。あ、お代は三千万になります」


「コーヒーとナポリタンで!? 新築で家が建つぞ」


「無理っしょ? 里穂、安い家に住みたくないしィ」


「……お前、よくその金銭感覚でバーのバイトなんてやってるな」


「大丈夫。新にだけだから」


「だろうな」


 ひらひらと手を振る里穂とマスターに見送られて店を出る。代金はしっかりツケに加算されたはずである。

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