第31話


「おい、マジかよ華のヤツ」

「やっぱり転校しないってありなの?」

「ってか、メンタル強すぎだろ」


 仁科華は、これまで通っていた中学校に復学することになった。

 両親ともに逮捕、家の財産は不動産も含めてすべて押収され、頼る親戚もすべてが完全に崩れてしまった。これまで仁科という家の名を出すだけで我が儘し放題だったのにその名を口にするだけで唾を吐きつけられるほど落ちぶれた。


 彼女は仁科家で以前、使用人をしていた女性の家で居候して、この街に留まることになった。元使用人の女性は華の教育兼世話係をしていたが、華の母親と華の教育方針で対立し、クビになった経緯がある。


 元使用人の女性は、華もまた仁科一族の被害者だと主張し彼女を庇い、児童福祉施設への入所手続き中に申請して自宅へ招き入れてくれた。


 田中亜理紗への暴行を依頼した小野日香里は保護観察の処分が下された後、別の街へと転校していった。


 華はクラスだけ隣のクラスに変えてもらったが、後はそのままだった。今まで華にすり寄ってきた連中は手のひらを返し、話しかけてもこない。華は華で彼女らに近づこうとも思わなかった。


 華が復学を始めて2日後、机の引き出しに前日給食で出たパンに牛乳を目いっぱいひたしたものが入っていた。前日に仕込んだであろう牛乳まみれパンは異臭を放ち、席に近づく前から顔をしかめてしまうくらい臭かった。


 体育の授業では教室に戻ったら、教科書に「●ね、ばーか!」と書かれていたり、鞄に画びょうが大量に入っていたりと嫌がらせが続いた。


 その次の日には椅子が無くなっており、朝のSHRで担任に言われて、倉庫へ取りに行っている間にSHRが終わっていて、今度は机が無くなっていた。


 華は現在、スマホを持っていない。

 クラスの全員が休み時間中、スマホを弄りながら華に嘲笑の目を向けてくる。


 これからもずっと彼ら彼女らのイジメは続くだろう。これが華が今までしてきた報いなのだろうとどこか他人事のように頭の中で整理した。


 たまに廊下ですれ違う田中亜理紗やその親友水戸麗音みと れねは華の姿を見るとそそくさと逃げていく。恨みがあるだろうにそれを我慢するなんて聖女のような二人だ。


 それとは対照的に来馬 鬨人くるま ときと小路 雷汰こみち らいだは華が登校を始めた初日に隣のクラスへやって来て、胸ぐらを掴まれ怒鳴られた。女子ということで殴られずに済んだが、完全に軽蔑されて、以後、目が合うことはなかった。


 それから数日経ったある日のお昼休み。教室にいるだけでイジメに遭うので、図書館へ避難して本を読んでいた。本を開いているが、内容は頭にまったく入ってこない。ただ本を開いて読んでいる、という姿勢が大事なだけであとは頭の中を空っぽにして時間が過ぎるのを待っていた。


「えっ、亜理紗、彼氏ができそうなのっ!?」

「ちょっ麗音、声が大きいってば」

「ゴメン……」


 本棚を挟んで向かいに田中亜理紗と水戸麗音が席に座って小声で話していたようだ。華がこちらに座っていることを彼女たちは気づいてないらしい。話している途中、あまりの内容に声が大きくなった麗音を亜理紗がたしなめた。それからまたヒソヒソと小声で話し始めたので、話の続きは聞こえてこなかった。















 は?








 聞き違い?

 ううん、間違いなく、こう聞こえた。


 彼氏ができそう・・・・・・・


 それって、華をこんな酷い目に遭わせて自分だけ幸せになろうとしているってことだよね?


 そんなこと許されると思ってるの?

 私が許すわけないじゃない。 


 クラスの連中にイジメられて可哀そう?

 大丈夫、あんなクソ共に邪魔され・・・・たくない・・・・から我慢してるだけ。


 なにを?


 決まってるじゃない。

 亜理紗、アナタを殺すこと。


 私をここまで堕としたのよ?

 あなたも道連れにしてあげる……。


 彼氏ってあの男のことかしら?

 電話に出た私のすべてを変えた男。

 あれもアナタの差し金なんでしょ?


 あなたをただ一瞬で刺し殺すだけじゃ私の深く傷ついた心はちっとも癒せない。ゆっくりと時間をかけて、あなたの怯えて苦しむ最期の顔を鑑賞してあげる。


 だから少し時間をちょうだい?

 あなたを確実に仕留めるために準備をしているから……。


 仁科華は、登下校の時間に田中亜理紗をずっと観察している。

 それで気づいたが、どうやら彼女を見張っている人間が複数人はいることがわかった。


 探偵とか警察とかそういった人間かもしれない。

 とにかく素人ではない。


 本当にさりげなく尾行していたり先回りしていたり……。登下校中の傍にあるカフェで時間を潰していたりと様々な人間がいる。理由はわからない。亜理紗を狙っているのか、それとも見守っているのか。もし、見守っているのであれば相手はプロ。華の行動は向こうにも気づかれていると考えた方がいい。


 それにしても普通ならまず彼らの存在は気が付かないだろう。でも華は強い執念で動いている。わずかな違和感から彼らの存在に気が付いた。


 どうやら彼らは早朝から夕方までの間しか亜理紗を見張っていない。なので、作戦を決行するのは夜を狙った方がいい。


 念入りに時間を掛けて、緻密に計画を練らなきゃ。

 今日も眠れない毎日が続く。


 あの女の断末魔の叫び声を聞くまでは……。



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