第30話


 どんなに探しても洞窟の中にダンジョンコアが見当たらない。

 先ほどたしかに3人の中学生はゲートの中に引きずり込まれた。ゲートが存在する場所には必ずダンジョンコアが残るにもかかわらず、それが無い……。


 ジャマル・ハニアの姿も洞窟の中になかった。先ほど洞窟の外で保護した全裸の中学生から聞くと髭面の外国人が洞窟……ガマに入ってきたと証言しており、ジャマルと特徴が一致しているため、別人である可能性は限りなく低い。


 それなのに……。


「本当にジャマルが東京に?」

「うん、ジャマルって、歩く時、かなり癖があるから間違いないよ」


 飯塚楼は、監視カメラをただハッキングするだけでなく、個人を特定するために歩行認証技術を使っている。中国ではすでに実用化されており、体型や顔認証はもちろん、歩幅や歩調、歩くスピード、姿勢、足の開き具合などで顔を隠していても特定できるAI技術を使用している。認証には通常、1時間程度はかかるが、飯塚楼はさらに改良を加えて複数のカメラを使用してその問題を解決した。対象者を色々な角度で追跡するマルチカメラトラッキングシステムにより、ほぼリアルタイムに相手を特定することが可能としていた。


 一郎は以前、人工皮膚の塗布で体型や顔のパーツを変え、歩き方なども数パターン自然に切り替えできるよう訓練しているので、彼の認証技術に引っかからなかったようだ。


 では、沖縄に滞在しているジャマルが偽物?

 偽物と言っても、他者が変装するものからドッペルゲンガーの可能性まである。ここでいうドッペルゲンガーとは、クローン技術のことを指す。公にはクローン技術は禁止されているが、各国で当たり前のように秘密裡に進められている。戦闘技術に特化した兵士、IQが突出した天才科学者、そして政治指導者の影武者……。


 一郎も過去にクローン兵士との戦闘をイタリアで経験している。そのため、いかに危険なものかを身に染みて理解している。


 だが、飯塚楼の補足でその可能性は、ほぼゼロとなった。


「ちゃっかり沖縄のお土産を持ってるよ」


 沖縄にはシーサーという魔除けがよくお土産として売られている。大小さまざまなものがあり、昨日、カメラで監視中に瀬長島で買っていたシーサーのシールを鞄に貼っていたそうだ。鞄もそうだが、シーサーの貼っている場所、角度とも東京と沖縄の画像が一致しているため、同一人物だろうね、と楼がいう。


 だとしたら、もう考えられるのは一つしかない。


 イタリアのナポリ湾に浮かぶイスキア島で発見された黒魔石A00115……通称「テレポート石」。一郎自らの手でダンジョンを二度と再生しないようクローズド処理を施した因縁めいた超希少アイテム。


 ダンジョン自体は二度と再生しないが、テレポート石が他のダンジョンで見つかる可能性はある。ただ、効果そのものが人類の科学で到達がより困難なものであればあるほど、発見される確率は天文学的な数値で下がっていく。そのため、少なくとも一郎が生きている間はテレポート石が再発見されるダンジョンは現れないと考えていた……。

 

 だが、実際、あると考えないと話がこれ以上進まない。

 テレポート石があると仮定して再考してみる。

 これほどの技術を手に入れたなら間違いなく戦争が起きる。

 

 人類はどこまでも愚かな生き物。

 どんなに友人、家族が殺されても少し時が経てば熱病に罹ったように戦いを求める。多くの人間が愛と平和を望んでも果てしない欲望と権力を同時に持っている人間が地球上のどこかに必ずいる。その愚か者たちが戦争というけっして開けてはいけない扉に「きっかけ」という鍵を差し込む。


 その戦争が今時点で起きていない理由を考えてみる。


 ひとつは、権力を持っていない者が手にしている場合。飯塚楼の父パーヴェルが所属しているロシア政府の抵抗勢力が何かの拍子で手に入れたのなら説明がつく。ただし、まだ・・起きていない・・・・・・だけでいずれ内紛なり戦争が起きてしまう可能性が高い。

 

 もうひとつの可能性としては、テレポート技術はあくまで別のなにか・・・を成し遂げるための道具に過ぎない場合。もし、こちらの場合は断言してもいいが、絶対にロクなことは起きない。戦争よりも重い問題なんて、一郎がどんなに頭をひねっても答えが到底出てくるとは思えなかった。


「もう帰っちゃうんだ……」

「いろいろと世話になりました」

 

 沖縄への滞在時間、約2時間30分。

 あっという間だったのにもかかわらず現実世界でゴブリンと遭遇するという前代未聞な体験をした。


 モジモジしている?

 成底なりそこ凪は、その竹を割ったような性格からはとても思えない行動を取っている。凪の隣に立っていたジェームスが大きな腕を伸ばしてきて「……また、めんそーりよー」と恥ずかしそうに握手を求めてきた。恥ずかしいのなら言わなきゃいいのに、なにかの決まり事なのだろうか?


「また沖縄に来る?」

「うーん、いつか妻と娘を連れて旅行にこれたら嬉しいですね!」

「%#7@テ♪!?」


 最後、方言らしき言葉で叫んだが、なんて言ったのか聞き取れなかった。

 凪に質問されたので素直に答えた。透き通るような青い空と美しい青い海……妻の百合子や亜理紗にぜひとも見せてあげたい。

 だが、凪はその言葉になぜかショックを受けたようで、明らかに落ち込んでいる。


「んっ」

「え?」

「んんっ!?」


 なんだろう……凪が人差し指を輪っかにして差し出してきた。

 握手に代わる挨拶なのだろうか?

 無言で同じように手を前に出すよう要求してくる。

 真似して同じように立つと人差し指を絡めて「じんじん」と歌うようにしゃべった。


 二人に別れを告げて、飛行機へ搭乗した一郎は「じんじん」という言葉の意味をスマホで検索してみた。じんじんは沖縄の古い言葉で「蛍」という意味だった。先ほどの指を絡めたのは「また会いましょう」か、「また来てね」という意味だと一郎は勝手に解釈した。



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