第23話
「理不尽な選択に応じるつもりはありません」
「へぇ……じゃあ、どうするつもりか見せてもらうよ」
腕時計型の高性能PCで操作を始める。ちなみにこの腕時計ひとつで、最新鋭の戦闘機が買えるほど値が張る代物。
「好き勝手にさせるとでも?」
「それは、
腕利きの傭兵がテーザー銃で一郎を狙う。だが、撃った瞬間、飛翔中の針の電流を流す線を
李は敵には容赦しない男のようだ。話し方も一郎に対して見せていた慇懃な仮面を脱ぎ捨て、暗殺者本来の冷酷無残な本性をさらけ出した。
「ダンジョンコアとの同期が完了しました。AIプロトコルによるNPCエンティティへのデジタルトランスポジションを開始します」
腕時計から機械音声が聞こえ、約3秒でダンジョン内へAI人格の転送が完了した。一郎は李と腕利きの傭兵が激しく戦っているのを尻目に入ってきたドアに向けてカプセルトイくらいの大きさの球を投げつけた。
今まさにカジノの部屋の向こう側から侵入してこようとドアが開きかけたところだった。だが、カプセルトイが破裂して膨らみ始めたのは粘着性の発泡ウレタン。冷蔵庫くらいの容量まで急速に膨張し、ドアを塞いだ。
「どこへ行く?」
「お前こそなっ!」
他の出入り口も船首側のドアを除いてすべて塞いだ一郎はダンジョンゲートを閉じたコアを手にして飯塚楼が待つ船首側へと走りだした。
傭兵が止めに入ろうとしたが、その行く手を李が阻む。
現在、
データの送信元は京極梨泉。テキストの内容は依頼してあった飯塚楼の正体。
──やはりそうか。
本名はアキラ・パーヴロヴィチ・ザイツェフ。
ロシア人の父と日本人の母の間に双子のひとりとして生まれた。
母親は双子のもうひとりの子を引き取り、日本へ帰国したが、アキラはそのまま父方へ残された。アキラの父、パーヴェルはロシアの民間研究所の職員で息子を実験体として、研究所へ差し出したという。
その後、研究所内での9年間の記録はなく、研究所から脱走したアキラは日本へと亡命した。飯塚楼という名は双子の兄弟の名であり、アキラが来日して1週間以内に交通事故で母と本当の楼は亡くなっている。彼は双子の兄弟に成り代わり、高校まで通い、卒業して今に至るそうだ。
彼のこれまでの行動履歴から京極梨泉が外部機関に依頼して導き出した推定IQはおよそ170~190。かの天才理論物理学者アルベルト・アインシュタインに匹敵する頭脳の持ち主だという結果が導き出された。
それに対して、アキラの双子の兄弟、楼は小学3年生までの成績を見ると可もなく不可もなく、同じ双子とは思えない実に平凡的な知能指数となっていた。
知能指数は遺伝的要因が大きく占めることから環境的要因……後天的な影響がアキラに作用したとみられるという分析結果が記されていた。
民間研究所の中でどのような実験が行われていたかは、いっさい公表されておらず、先ほどの双子においての大幅な差が生まれたことから「
一郎は移動かつ立ち塞がる見張りを無力化させながら、飯塚楼……アキラのテキストタイプの調査報告書を黒縁眼鏡のレンズの端に映し出して読み終えた。
これほど巧妙かつ大胆なダンジョン犯罪は久しぶり。そして神籬がここまで手こずったダンジョン犯罪は3件しか事例がない。犯人がただの腕の良いハッカーの腕試し的な目的や金銭に飢えている男とは一郎には思えなかった。
そして彼をたとえ拘束したとしても、ダンジョン犯罪が止まるかを一郎は懸念していた。あれほど用心深い相手、おそらく時限式の自動で作動する罠も用意している可能性が高い。
「ハァ、ハァ……」
田中亜理紗は、ダンジョンに無理やり放り込まれてようやく自由を得た。ソーブレードを手に周囲を警戒した途端、激しいめまいが亜理紗を襲った。
360°見回しても真っ暗で何も見えない。
足元は畳の半分ぐらいの広さの岩場で、下は真っ暗で深さのわからない崖が広がっている。
立っている岩場は左右側面に松明が灯っており、前の方にどこまでも続く吊り橋がある。先に同じような岩場が淡く松明の光を灯っており、どこまでも続いている……。
怖くて足がすくんで前に進めない。
幅が約50センチの吊り橋は手で左右のロープを掴んで渡らないと落ちてしまいそうなくらいバランスが悪そうにみえる。
あまり自覚はなかったが、高所恐怖症のようだ。膝がカクカクと震えて、今、渡りだしたら10秒もしないうちに橋の上から落ちてしまいそうな気がした。
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