第21話


「豪華客船へようこそ~」

「誰?」

「さぁーてね、誰だと思う?」


 短髪で顔の一部を前髪で無造作に覆っている茶髪の男。大学生……下手したら高校生くらいにしか見えない。

 この豪華客船に向かう高速艇の中でダンジョンから出された亜理紗は、拉致した頬髭と顎髭のつながった眼光の鋭い男に連れられ、豪華客船へと乗り込んだ。男は亜理紗の質問にいっさい答えずこのカジノへ連れてきた。


「華ちゃんの関係者ですか?」

「華ちゃん……誰それ? いや、ちょっと待って」


 茶髪の男がなにかを思い出したかのように、四つ折り・・・・にされていたタブレットを開き、なにかを確認し始めた。


「仁科 華。君が親父さんに助けられて、一躍有名人なった時の黒幕の子だね」

「父が? あの時、助けてくれたのはダンジョン内のNPCのはず」

「まあ、一般人にはわかんないか、あれはプロの業だったから」

「いったい、なにを言っているの……?」


 頭の中が混乱する。

 目の前の人は、父が例の青金あおがね色の髪に紫水晶アメジストの瞳の男性だと言っている……。


「親父さんは組織の人間だよ。たぶん政府機関だと思う」

「父は清掃会社の社員です。私を家に帰してください」

「これなんて、どうかな?」


 茶髪の男は、タブレットに書かれている情報をスラスラと読み上げていった。


 田中一郎、35歳。

 妻の百合子と同じ大学に通っている間に22歳で結婚し、長女亜理紗が生まれる。

 中学、高校、大学と普通に通っているが、それ以前……12歳より前の役所の記録に不審な点があった。

 幼い頃に交通事故で両親を亡くし、親戚を転々していたとあるが、彼の親戚に関する記録が抜け落ちていて、両親の交通事故の記録は役所に残っているが、当時のマスコミ各社の記録を見ると交通事故があったという記録がひとつも見つからなかった。


「それにしても仁科家って俺が言うのもなんだけどヤバい一家だな」


 急に話を変えた。

 少し眉を歪めているあたり、気に入らないことがあるのかもしれない。

 仁科家の情報をその見たことのない不思議な端末でどこまで調べたのだろうか?

 

 元々、武家華族の家系で、高祖父の父の代に爵位を得てこの地で幅を利かせてきたそうだ。仁科家は代々、悪名高い一族で、あくどいことを散々やってきたことが、少し調べたらたくさん出てきたという。


「ってか、君の人質の価値が下がったら困るんだよね?」


 仁科家は家族から親戚まで何をしでかすか分からない連中。彼は父、一郎のことを敵ながら高く評価していると話す。父をコントロール下に置きたい。でも最悪、彼がこれから行う「偉業」への不干渉という形でも構わないという。そのためには娘である亜理紗に素人である仁科家が手を出してもらうのは非常に困ると男はタブレット風端末を操作しながらニヤリと笑った。









「……んっ」


 仁科華は、鳴りやまないスマホの通知で目を覚ました。

 スマホを開き、一度通知関係をすべてスワイプして削除する。

 スマホで時間を確認すると朝方の6時過ぎ。

 時間を確認している間にも複数の通知が届く。

 ウィンスタや、つぶやくSNS「Y(旧murmur)」は苦情の多さのあまりアカウントを削除した。今、やっているのはLIMEだけでクラスメイトと連絡を取るためだけに使っている。


 雛子:華、とにかくこれ見て(hccp://vvv.babooo.bom/ja-bp/news……)

 結菜:日香里、ホントにやったの? 犯罪だよそれ?

 日香里:華様、言われた通りにやったので助けて!


 未読部が100件を超えている。

 日香里のヤツ、クラスの誰かにスクショされたら私が指示したって証拠になっちゃうじゃん。バカじゃないの、あの子?


 URL付きのものがあったので、開いてみたらネットのバフーニュースなど複数のサイトで大きく取り上げられていた。


────────────────────────────

【中1女子、クラスメイトに指示し、誘拐するよう示唆】

【13歳の心の闇を探る(女子中学生徒失踪事件に関与か?)】

【ダークウェブ上に主犯格の女子生徒の音声データが公開】

────────────────────────────


 音声データ?

 誰がどうやって入手した。まさか!?


 華は急いで闇バイトへ依頼をした日香里へ電話した。すると、知らない番号に転送され、聞き覚えのない男が電話に出た。


「やあ、仁科華さん、プレゼントは気に入ってくれたかい?」

「誰よアンタッ!?」

「おお、怖っ、さすが狂犬じみた一族の人間だね」


 男は誰何すいかしても名乗らなかった。

 番号も非通知になっていて何者かがまったくわからない。


「音声データは日香里のヤツからもらったの?」

「いや、アンタのスマホにハッキングしただけだけど?」


 どういうこと?

 たしかに普段、友達イジメをする時に後で楽しむために録音データを取るよう録音アプリを常時起動するよう設定していたけど人のスマホの情報ってそんなに簡単に盗めるものなの?


「これまでの両親の悪事と名前や住所とかもわかる範囲でアップしておいたよ、あっ、礼なんて要らないよ」

「アンタいったい……」

「華っ!?」


 急に華の部屋を開け放って血相を変えた母親が入ってきた。華の顔を見ると泣き崩れ、床に伏せた。


「お父さんがアメリカで逮捕されて、会社も潰れたって」


 他にも仁科家が数十年に渡って脱税していたことが国税庁に証拠となるデータとともに通報があり、動き始めているそうだ。


「そうだ、叔父さんと叔母さんに頼めば……」

「情報漏洩と横領、公職選挙法違反で大変だと思うけど?」


 母親へ提案しようとしたら、スマホのスピーカーの声に遮られた。

 それが、本当なのか確認してみると……。


 ニュースサイトで見つけた。

 警視庁幹部の叔父は反社会的勢力に捜査情報を横流ししたとして逮捕。都議を二期続けている叔母は助成金の横領と選挙期間中の有権者への寄付を行ったと報じられており、今日午前中にも都議会で議員辞職決議と同時に辞職勧告を受け、叔父同様、逮捕される見込みとなっている。


「いやぁ、俺もクズだけど、ここまでクズな一族だと、ちょっと引いちゃうかも」

「華……アンタ、誰と話してるの?」


 クスクスと笑うスマホの向こうの男の声を聞いて泣き崩れていた母親が、起き上がり華の元へ近づく。


「お母様、違うの、この電話の男が……あぎゃッ!」


 実の母親に拳で殴られた。

 左目に思い切り、母親の右拳が当たり、華は後ろに仰け反るように倒れ込んだ。


「この出来損ないがぁぁぁ、家をメチャクチャにしやがってぇぇっ!?」

「いあい゛、いあい゛、おがあだま゛、ゆるぢで」


 馬乗りになって、母親が両手の拳が血が出て骨が見えるぐらい娘の顔を殴り続けた。華が声を出さなくなったところで手を止めた母親は、2階の窓から外の様子を見た。すると、すでに10人以上、マスコミと思しきハイエナが群がり始めていた。


 母親はフラフラと頼りない足取りのまま地下室へ向かった。そこで本来、日本では所持の禁じられている拳銃を背中に隠し持って、玄関から外へ出た……。



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