第17話


 絶対に許さない。

 アイツら全員、地獄の底へ叩き落してやりたいところだけど、他の連中はアメリカから帰ってきてからでも別に構わない。


 でも、田中亜理紗だけは、今すぐメチャクチャにしてやる。

 あの目……憐れむ目を向けられた時、頭がおかしくなりそうになった。


 ふざけるなよ、カス女が!?

 たいしたツラでもないくせにダンジョン配信アプリ「Stream Of Dungeon」のフォロワーが10万人とか、冗談でも笑えない。


 母親へ頼んで、田中亜理紗とその母を夕方、自宅へ招いた。

 最初、バカ女の母親が断ってきたが、華をいじめたことを学校へ報告すると伝えたら、のこのこと二人でやってきた。


「慰謝料は1,000万で結構よ」

「慰謝料? どうしてですか?」


 華の母親は、プライドが高い。

 これまで、母親自身がやったことや華のやってきたことはすべて相手に責任をなすりつけてきた。


 華の母親が1,000万といえば、本当に1,000万円を払ってもらう。これでも全然足りないと思うけど、貧乏人が借金して払えるのはこれぐらいだからと母が言うので仕方なく承知した。


「あなたね、どんな教育をしたら、人を平気でいじめる子供に育つの?」

「亜理紗が、娘さんをいじめた証拠があるのですか?」

「もちろんあるわよ、クラスメイトの子たちが証言してくれるわ」


 華が手懐けている子が、同じ学年に20人はいる。そいつらが口を揃えてバカ女のせいにしてしまえば、学校も動かざるを得ない。


「亜理紗」

「違う……私はそんなことしてない」

「あら? 平気で嘘つく子のようね、誰に似たのかしら!」


 亜理紗の母親がバカ女を見る。涙目になっている亜理紗はまっすぐ母親を見てるが、そんな茶番はどうだっていい。華の母親が皮肉で追い打ちをかける。


「そう……よかった。じゃあ帰ろうか亜理紗」

「へ? どうしてそうなるのよ、まずはウチの華に謝りなさい」


 ホントよ。

 母娘おやこ揃ってバカなんだから。


「私ってさ、母親失格なのかもしれない」


 亜理紗の母親が、胸のポケットにしまっていたナースウォッチを取り出し、つぶやいた。


「仕事が忙しくて、娘の学校の行事って半分も行けなかった」


 そういえば、亜理紗の母親は近くの市立病院で働いていると聞いたことがある。


「でも、この子がとてもかわいいの」


 ナースウォッチを再び胸ポケットにしまった亜理紗の母は自分よりも背が伸びた娘の頭を撫でながら娘のことを思い返す。


 何かに夢中になりすぎると、下あごが前に出ること。

 とても眠い時に髪の毛を指でくるくるさせること。

 父親に甘えたい時は、父親の背中の近くでモジモジすること。

 幼い頃、自分の好きなお菓子を「どぉーぢょ」と渡してくる優しい子であること。

 そして、これまで家族に一度も卑怯な嘘をついたことがないこと……。


 その一つひとつの些細な思い出を大事にしているのが、自分のことを出来の悪い母親と蔑む女性の娘に対する愛情おもい


「だから、私は亜理紗を信じます」

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ、まだ話は終わってないわっ!?」


 ニッコリと笑顔を見せた亜理紗の母親は、亜理紗を連れて仁科家から出ていった。


「なんて失礼な母親なのかしら、あんな親から生ま……」


 華はもう自分の母親の言葉が頭に入ってこなかった。

 

 亜理紗め、自分が愛されてるから幸せだとでも言うの?

 ふざけるなよ、絶対にタダでは済まさない。


 荷物をほとんど片づけた自分の部屋へ戻り、クラスメイトで命令にいちばん従順な女子へ電話した。


「例の亜理紗をメチャクチャにする話、本当にやっちゃってちょうだい」







 家に到着したらすぐに母親の百合子は仕事へ出た。

 父、一郎へ宛てた封筒がポストに入っていたので、夕方に帰ってきた父に渡したら表情を硬くして、出かけてしまった。


 ひとりで夕食を済ませていると、親友の麗音からショートメッセージが入った。いつもならLIMEのメッセージか音声メッセージを残すのに珍しい。


 ショートメッセージを開くと「助けて」とだけ書いてあった。

 すぐに2通目のショートメッセージが届く。

 2通目を開くと、すこし離れたところにある大きな公園にいるとだけ書かれている。

 亜理紗は急いで身支度して、公園へと向かった。


「亜理紗、どうした?」


 来馬 鬨人くるま ときと小路 雷汰こみち らいだ

 街で遊んだ帰りなのか、手にはクレーンゲームでゲットしたオモチャの入った袋を提げていた。


「麗音が……」


 暗い表情をしたまま、急いでいたので、鬨人が心配してくれている。

 ふたりに事情を話した。


「俺も行くよ」

「ちょ、待てって、俺も暇だから行くし」


 男子が一緒の方が心強い。

 麗音に先ほどから電話を何度もかけているが、呼び出し音は鳴るが、すぐに切断されてしまう。幼馴染だから知っている。麗音はふざけてこんなことをするような子じゃない。


 公園に到着すると、麗音のスマホからショートメッセージがきた。


「ヤバいオジサンが出るトイレじゃね?」

「おいおい、麗音、大丈夫かよ」


 公園中央付近にあるトイレにいる、と書かれている。

 良からぬことに巻き込まれているんじゃ……。


 警察に電話をするか、一瞬迷った。

 でも、間違いだったら、大変なことになる。

 とりあえず、一度近くまで行って、危なそうな雰囲気なら躊躇わず警察へ通報しようと決めた。


 この公園は、外周は照明もついていて、21時まではジョギングやウォーキングをしている人たちも多くて安全。だが、中心にある取り壊しの決まった体育館やプールなどの施設付近は照明も切られていて物騒極まりない。その近くに変質者の中年の男が出没するという噂が中学校でも広まっていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る