第16話


「あーうぜぇー」

「どこの金持ちのジジイだよ、老害過ぎっ!?」

「公園でゲートボールでもしてろって話」


 都内にあるボウリング場。

 繁華街の中に建っていて、居酒屋などで飲んだあと、無性にボウリングをしたくなった3人の男たちが地下にある珍しいボウリング場を訪れた。


 3人ともまともな職についていない。この街へ集まってくる未成年にクスリを流したり、大人たちの欲望を満たす違法なあっ旋を行い、人を食い物にして楽しく愉快な毎日を送っている。


 彼らが絡んでいるのは80代過ぎと思しき高齢の男性。

 かなりの歳に見えるが、ボウリングの球を持つ姿勢はとても80過ぎには見えないフォームで投球している。


 左端から丸ごと10レーンも貸し切りをしているため、一般のレーンがすごく混みあっている。彼ら3人は受付で2時間待ちだと言われて腹を立てた。ボウリング場スタッフを罵っている間に貸し切りでプレイしている男性が目に入り、後ろの席でビールを飲みがら野次を飛ばしはじめた。


「俺らが教えてやんよ」

「ってか、ちょっとやらせろよ、おじいちゃん」

「そうだぜ、おじいちゃん、4人でやるべ」


 80代男性のプレイしているボウラーズエリアに侵入すると、同じグループかのように後ろで選んできたボールを置いた。


 男性は、彼らが見えていないかのように振る舞う。彼らを無視して次の投球を始めようとすると、急に横から割り込んだ男が男性のレーンにボールを放り込んでしまった。


「ってか、投げるの早いもん勝ちでいいんじゃね?」

「いいね~、じゃあ、ジジイは投げられないな」

「ジジイはそこで休んでな、あとで金はちゃんと払えよ?」


 ここでようやく80代男性は、店員呼び出しボタンを押した。


「おじいちゃん? 優しく遊んであげてるのにそういうことする?」

「後で骨イカせてもらうわ」

「ジジイ、世の中には金で解決しないこともあるって教えてやるべ」


 やりたい放題な彼ら3人はすぐにその代償を支払うことになった。


「お、おい……」

「あ?」


 3人のうちの1人が、ある異変に気がついた。

 彼ら3人以外の客が全員、すべての行動をやめて、静かに自分たちを見ていることに……。


「お、俺たち、この人の孫だか……」


 係員の男たちがやってきた。

 言い訳をしようとした男は一瞬で意識を奪われた。スタッフの手には指輪が嵌められていて、内側に細くて小さな針がついている。


「どうなさいますか?」

「……今日は焼いてみようかな」

「かしこまりました」


 夕飯の魚の調理法を聞くようにスタッフは伺いを立て80代男性から指示を受けた。いろいろと方法があるが、焼却炉で焼いて砕けば・・・・・・跡形も残らない。


暴力ちからもこの世の真理、衆愚バカなのによく知っておったの」


 男性は、ボウリングの球を一度、戻して濡れたタオルで顔を拭きながら呟いた。


「それで儂になんの用かね?」


 不躾な3人の男がボウリング場の裏口へ運ばれていく中、80代男性は細い目で少し離れたところに立って見守っていた田中一郎を見た。


「この男の素性を調べてもらえませんか?」


 田中が懐から出したのは飯塚楼の写真。河川敷を訪れた際、デジカメラを携えていたが、実は動画を撮る超小型カメラを内蔵したベルトをしていた。その時の動画を切り抜いたもの。


「政府の番犬が、この儂に指図をするつもりか?」


 小さくて細い体から強大な威圧感が溢れている。それもそのはず。京極梨泉──戦後、弱体化した日本を経済大国へと陰から支え、押し上げた人物。政財官学教の各界に莫大な影響力を持ち、日本闇社会の怪物、東日本の黒幕フィクサーという異名を持つ。


「私のことはどこまでご存じですか?」

「【最果ての鬼】だろう。石を処分したのをこの目で見ておったわ」


 イタリアのイスキア島とナポリで起きた「ドルドアンソー事件」で、黒魔石A00115通称「テレポート石」が大量に眠っているダンジョンをクローズド処理したのは他ならない田中一郎だった。その様子を首脳オンライン上で、京極もまた歯痒くなりながらも顛末を見届けたそうだ。


「その時に手に入れたものがあります」


 ダンジョンから持ち出すため物質化処理マテリアライズされたある魔石。それは京極梨泉の人生の中でおそらく手に入れたい物のはず。


「死んだ者に会える魔石、か……」

「ええ、任務とは関係なく手に入れた物ですからお譲りできますが?」


 彼には日本の高度経済成長期の頃に不治の病で亡くした妻がいる。その後、京極は再婚をしていない。亡くなった妻を特殊なエンバーミング処理した後、彼の住む新宿御苑の地下屋敷「泉下」で冷凍保存しているという噂がある。


 この魔石は、本当に死んだ者に会えるのではなく、魔石使用者の脳に眠る故人についての深層記憶を掘り起こし、夢の中でリアルとしか思えないほどの故人と会えるというもの。


 京極にとっては、喉から手が出るほど欲しい魔石だと考え、交渉の材料とした。


「よかろう。その話、引き受けた」


 京極から1日時間が欲しいと言われた。田中も承諾し、魔石を保管している新宿駅のコインロッカーの鍵を渡した。京極は先に報酬を払った田中に対し、「気前の良い客には相応の贈り物を準備してやろう」と意味深な言葉を口にした。




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