第3話


「以上が傲萬製薬から押収した未登録ダンジョンの調査概要です」

「わかりました。明日から製薬会社へ提供した人物の調査を始めます」


 傲萬製薬は10年前まで地方都市で細々と医薬品・化粧品の小売業を営んでいた従業員が10人にも満たない小さな会社だった。それが法人ダンジョンから緑魔石C29106……アルツハイマー治療薬を発見したことにより、わずか数年足らずで大企業へと成長した。

 

 現在では薬品、医療機器業の他に電子機器、建設業の分野まで幅広く事業を展開している。


 法人ダンジョンの隠蔽はダンジョン法により重罪となる。だが、会社内部で前日にダンジョンコアが発生、発見され、数日内にダンジョン庁へ新規ダンジョン発見届を提出する予定だったと主張。潜入捜査員へ危害を加えようとしたのは他会社によるスパイ行為と認識し、拘束することが目的だったと容疑を否認しているとのこと。


 現在、回収した未登録ダンジョンについて、ダンジョン分析班がダンジョン内の調査を行い、違法薬物らしきものを発見、分析を急いでいるようだが、違法薬物の可能性が高いという。


 明日、その男の身辺を調査することで、連絡班とやりとりを終えたコードネーム〇一烏まるいちからすこと田中一郎は、マンション屋上にある機械室の奥、隠し部屋から出てエレベーターで階下へ降りた。


「……お父さん、ちょっといい?」

「んんっ!? ど、どうした?」


 めずらしく娘の亜理紗が居間で一郎を待っていた。マンションの屋上にある隠し部屋には家族をごまかすためにビールや乾物、コンビニの袋から偽のレシートを印字する機械まで常備してある。


 勘付かれたか?

 いや、そんなはずはない。


 暗い亜理紗の表情を観察しながら頭の中を高速回転させるが思い当たる節がない。


「実はダンジョンを買って欲しくて……」


 ダンジョン……。

 個人ダンジョンは、今では家庭ゲーム機やスマホくらいに市民権を得ている。


 そうか……もう中学生だし、友だちが皆、持っていて欲しくなったのか。

 それにしても白銀兎がいるダンジョンがいいというのは見た目が可愛いからなのかもしれない。

 

 まあ、オジサンがいくら考えても女子中学生の考えていることなんて想像もつかない。頼まれたものを用意するのは、ダンジョンに密接にかかわっている仕事をしているので造作もない。


 逆にダンジョンに関わる秘密の仕事をしているので、表の顔である田中一郎がダンジョンとは縁のない存在になってしまっていた。ここまでダンジョンに興味がないのは逆に怪しいのかもしれない。これは由々しい問題だ。ダンジョン分析班の佐々木には後で口裏を合わせてもらうことにした。


 翌日、ラビキンという国内最大手の清掃会社の加盟店へ出社する。この清掃会社そのものが国の工作員や諜報員といった裏の顔を持つ者たちの隠れ蓑となっており、「SPT」……警察庁異能Special特殊Psychic部隊Teamや外務省対外諜報機関「八咫烏」などもこのラピキンを運用している。


 そして世間ではダンジョン庁特捜部という名で知られている組織があるが、田中一郎はその裏にある「神籬ひもろぎ」と呼ばれる秘密組織に所属している。


 ラビキン社内で処置室に入り、全裸の状態で人工皮膚・・・・塗布・・する。数十万というパターンがあり、人種や肌の色、+-5%程度までの体型を変形させられる。そのうえ、指紋まで変えられるので、現代を生きる諜報員や工作員には必須の変装技術となっている。


 そこから清掃車に乗り、とある地下駐車場で車を乗り換え、ターゲットの住む街へと移動した。


「アンタは?」

「河川を管理している事務所の委託を受けている者です」


 ダミー用の架空会社の名刺を渡す。電話番号も記載されているが、仮に目の前で電話をされても情報処理班に転送され、転送前の各番号に従ってうまく話しを合わせてくれるようになっている。


 河川敷のホームレスが20~30人程集まっている場所を訪れた。退去命令とかではなく、あくまで河川の保全上、水質に影響がないかの調査に来たと説明する。


 最初は訝しんでいたホームレス達だが、手土産の日本酒と大量の缶詰各種セットに気を良くして警戒を解いてくれた。


 彼らが暮らしているテントやゴミの集積場で土を採取しているフリをする。その途中でターゲットを発見したので、接触を試みる。


「こんにちは、ずいぶんお若く見えますね」

「未成年じゃないよ。ほら、運転免許証」


 飯塚 楼いいづか ろう、22歳。通称「ロー」と呼ばれる男は、彼の本名とはまったく別の免許証を差し出してきた。


 警察の職質に対応できるように別の人間の戸籍を非合法的な手段で取得したのだろう。だが、こちらの情報網はその上を行く。


「失礼しました。お詫びのしるしにもなりませんが、こちらを差し上げます」

「お、テルテッドのマカロンじゃん」


 有名店のお菓子。

 最近流行っていて、女性に人気があるが、男性だってもらって嬉しくない人は少ないだろう。


 裏面のシールに盗聴器を仕掛けてある。

 仮にシールを剥がしたとしてもシール自体に極薄で使い捨ての盗聴器が仕込まれているため、仕掛けられた人間はまず気づけない。


「では、私はもう少し調査が残っていますので」

「ちょっと休んでいきなよ?」

「帰って今日中にやることがあるので、せっかくですが」

「ちぇ、もらったマカロンと紅茶を添えて、もてなそうと思ったのに」

「それでは」

「はいはーい、じゃあね」


 飯塚 楼はずいぶんと若く見えるのは、その砕けた話し方も影響しているのだろう。


 もう1カ所回って採取した土を容器に入れて番号を書き、ケースにしまう。採取した場所の写真を撮るフリをしつつ、ホームレスの住人達も映り込むような角度で写真を撮った。


 ほとんどのホームレスは、もう田中には興味を示していないが、チラチラとこちらを盗み見る連中が数人ほど紛れていた。よそ者を疑っている、というよりは異物を監視しているといった方がしっくりくる。





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