第2話
「ダンジョンを持ってないヤツなんて、このクラスにいねーだろ!」
「いや、いるだろ。お小遣いじゃ買えないレベルだしな」
クラスの目立つ男子がふたり大きな声で話しているのを聞いて、話を振られないように次の授業の準備を慌ただしくしているフリをする。
12年前に突然世界中に出現したゲート。ゲートはダンジョンに繋がっており、ダンジョンコアと呼ばれる石を通してゲートが生まれる仕組みになっている。
ゲートの向こうのダンジョンはゲームの世界によく似ている。ステータスがあって、魔法やスキルといったものが使える。死んでも、セーブした場所からリスタートができるので安全で現代社会を生きる人たちはあっと言う間にダンジョンの虜になった。
どうしてこの世界にダンジョンコアが出現するようになったのかは誰も知らない。ダンジョンコアは突然、なにもない空間からふと現れる。最初の頃は世界中でダンジョンコアが次々と現れたが、年々その数は減少してきている。
ダンジョンコアが流通して最初の頃は取り締まる法がなく、ダンジョンを巡る新たな犯罪が次々と起きて問題になった。それに対し、世界各国ではダンジョンが犯罪の温床にならないよう10年前にダンジョン法というものを施行した。これにより、すべてのダンジョンは各国によって管理され、ダンジョン法の下、犯罪が激減していった。
テレビやWEBニュースで取り上げられるのは「法人ダンジョン」と呼ばれるものがそのほとんどを占める。法人ダンジョンというのは、個人での売買が禁じられている「魔石」を生み出せるダンジョンのこと。個人ダンジョンのようにセーブができず、死んでしまったら、人生まで終了となるそれこそ本当に危険な代物。だが、法人ダンジョンは手に入れた魔石を
だが、世界200か国近い国で条約を締結したダンジョン多国間条約により、各国の人口数に応じて法人ダンジョンを振り分けることで合意した。この条約の中には個人ダンジョンは含まれておらず、ダンジョンコアが発生した国内から国外へ出さないという条項だけが盛り込まれた。
何年か前からダンジョン攻略をライブ配信するのが流行り出した。フォロワーの多い人は小学生でも月に数十万は稼げるので皆、一攫千金を夢見てダンジョン配信を始めた。中学校でもダンジョン配信が流行っていて、個人ダンジョンを持ってないのは、今やスマホを持ってないのと同じくらい馬鹿にされる世の中になりつつある。
「亜理紗のダンジョンって、もふもふ系の魔物っている?」
親友が答えにくい話題を振ってきた。
彼女には持っていないと言えずに持っていると、ついつい嘘をつき続けている。
「あ、うん、白銀兎だった、かな?」
動画で人気配信者が紹介していたウサギの魔物を口にしてみた。これくらいなら他愛のない話で終わると思っていたのに……。
「マジかよ、亜理紗? 白銀兎って相当レアだぜ」
しまった。
可愛かったから、ついつい名前を覚えていた魔物の名を口にしてしまった。いつも絡んでくるクラスの陽キャな男子が大きな声で話を広めてしまった。
「じゃあ、今週の週末にクラスのグループ内に配信しようぜ」
クラスのグループ配信は自分で配信をしたことがない。ほとんどの人が個人ダンジョンの配信ばかりなので、これまで配信をしたことがなかった。
「う、うーん、どうしよう……」
「いつもの強気はどうしたよ? さては亜理紗おまえ……」
「白銀兎いるし! ただレアな魔物を見せたくなかっただけだから!」
思わず言い返してしまったがどうしよう? ダンジョンなんて持ってないし、父親と最近あんまり口を利いていないし、母親の方は勉強に関係のない相談をしたら激怒しそうで怖い。その日の夕方、母親が夜勤前の身支度が忙しそうで話せなかった。
頼れるのは、父親のみ。
父の名前は一郎。清掃会社で働いていて、これといってなんの特徴もないパッとしない父親。小学6年生あたりまですごくパパっ子だったが、クラスの男子にバカにされて、それから父親を避けるようになった。
あんなに大きく見えた父親のゴツゴツとした手は、クラスの男子とあんまり変わらない。距離を取って初めて親って意外と小さいんだなって、客観的に両親をみることができた。
クラスの女子が愚痴をこぼす父親像は脚色しているのか、かなり酷い。だがウチの父親はそこまで鬱陶しさはなく、向こうから距離を取って見守っている感じがなんとなくする。父親を嫌っているわけじゃなく今はそっとしておいて欲しいという気持ちを父親は察してくれているようだ。
近くのコンビニへビールを買いに行くと言って外に出た父が1時間近くして帰ってきた。母が週末の大型スーパーで買いだめすればいいのにというが、買いだめしたら太るから、という理由で毎回、断るという矛盾を毎週繰り返している。
いちばん最寄りのコンビニは歩いて5分もかからない。母には言えないようなことをしていないかと心配になるが、この父親に限ってはモテるとは思えないので大丈夫だと思うが……。家庭崩壊に繋がることだけは勘弁してほしい。だが今はそれより自分のことが優先度が高い。意を決して父親へ伝えた。
「個人ダンジョン?」
「うん、友だちと約束しちゃって……」
詳しい経緯は語らずにダメ元で白銀兎のいるダンジョンをせがんでみた。父親はゲームもしないし、ダンジョンを持ってすらいない。白銀兎のことを話してもサッパリだろう。
そう思っていたのに……。
「白銀兎だったら、Cナ20000番台なら確実にいるね」
「え? お父さん、なんでそんなに詳しいの?」
「あ……いや、職場の後輩の佐々木が嵌まってて毎日、聞いてて覚えたんだよ、うん!」
へー、佐々木さんが。
父、一郎の会社の後輩でたまにウチへお邪魔する。酔ってもいなさそうなのにピッタリ1時間で帰っていく不思議な人物……。
ダンジョンに詳しいようには見えなかったけど。
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