ミッドナイト・ランブラー 凶悪犯罪捜査官

ウゴ

第1話 人生最悪の一日①

「この世界には二種類の人間がいる。忌み嫌われる者と、祝福される者だ」


 夜警団の元に緊急の連絡が訪れたのは、2024年4月15日の23時24分の事だった。

 次々訪れる事務仕事に辟易している最中に、神崎志穂は電話をとり、胸の内で毒づきながら応対した。

「はい。こちら夜警団です。事故ですか? 事件ですか?」

「や、夜警団ですか!? 事件です!」

 電話相手の女は酷く狼狽しているようだった。まともに話が出来る状態でないのは明らかだ。

「た、大変なんです! 娘が……! 一人娘が!」

「落ち着いて下さい。まず深呼吸して」

「そんな事してる暇はありません! とにかく早く来てください! 風夏が……風夏が殺されちゃう!」

「現場には別の隊員が向かいます。急いで向かいますので落ち着いて。警察には電話しましたか?」

「い、いえ、まだです」

「ではこの後警察にも電話して、状況を説明してください」

「は、はい。分かりました……」

 話をした事で、多少なりとも女は落ち着きを取り戻したようだった。志穂は事務的な口調のまま続けた。

「夜警団に電話をかけたという事は、忌躯に関する事件ですか?」

「え、ええ。そうです……風夏が忌躯に攫われて……あ、あの、風夏は祝與で……」

「祝與?」

 志穂は眉を潜ませた。

「……ひょっとして、あなた様の苗字は白石ですか?」

「は、はいそうです。白石風夏の母親の白石京子です」

 ただならぬ事態がおこっている事を、志穂はここでやっと理解した。

 志穂は先ほどまでよりも、やや大きな声で言った。

「事件の詳細をお話しできますか?」

「勿論です。家に戻ったら何者かに家が荒らされてて……犯人は分かってます! 忌躯の佐良﨑輪です! それで、娘がいつになっても帰ってこないんです! 絶対にあの子はあいつに拉致されたんです! ああごめんなさい風夏! 私が留守にしてたせいで……!」

「お母さまのせいではございません。……事件の詳細をお話下さりありがとうございます。祝與の保護は我々夜警団の最優先課題ですので、即急に対応させていただきます」

「どうか……どうか風夏を助けて下さい!」

「勿論です。では一度電話をきります。後は警察の指示に従ってください」

「え、ええ」

 電話がきれたのを確認すると、志穂はパソコンで夜警団の団員の現在位置を表示したマップを開いた。

「事件現場に一番近いのは……夜行さんか」

 志穂は夜行のスマホに電話をかけたが、応答は無かった。何度もかけなおしたが、結果は同じだった。

「ひょっとして、今潜入捜査中でスマホの電源切ってるのかな……。ああもう! 祝與になにかあったら、私が真っ先に怒られちゃうのに……!」

 いや、怒られるどころで済む筈がない。なにせ祝與は人間国宝以上に価値のある存在なのだ。

 志穂は今一度、低賃金の割には責任だけやたら大きいこの仕事に就いた自分を呪った。


 山厳王努は肩をいからせながら、いかがわしい街の通りを歩いていた。彼を目にした通行人は皆、一様に目を伏せ、いそいそと山厳に道を開ける。その度に山厳の心には自尊心が芽生え、昂った気分を益々高揚させた。

 通行人達が山厳を恐れたのは、彼の厳つい顔と、レスリングで鍛えた筋骨隆々の体のせいだけではない。無論その二つも十分に恐怖の対象となり得るが、それ以上にこれみよがしにシャツをはだけさせ、見せつけてくる彼の胸にある烙印を恐れたのだ。

 山厳は僅かに口角を上げながら、自分の胸に在る烙印を誇らしげに触れた。忌躯である事を証明するこの烙印のお陰で、彼は武闘派の半ぐれ組織に入団を許可され、結果羽振りの良い暮らしを送る事が出来るようになったのだ。

ああ好い気分だ……これで隣に良い女がいれば、最高の夜になるんだが。そんな事を山厳が考え出した矢先、山厳は足を止めて、目の前に繰り広げられている光景に魅入った。

三厳の目の前には、真っ赤なスポーツカーに気だるげに寄りかかりながら、煙草をふかしている『良い女』がいた。身長は165センチ程度で、セミロングの真っ黒な髪によく合う憂いのあるメイクを施し、ユニセックスのゴシック風な黒い服をクールに着こなしている。中々気位が高そうな雰囲気も、山厳の下卑た好奇心を著しく刺激した。

考えるまでもなく、山厳はその女に話しかけていた。

「良い車だな。あんたが買ったのか?」

 女は横目で冷たい目で山厳を見やり、紫煙を吐き出した後、どこか悲劇的な趣のある声で答えた。

「違うわ。もらったの」

「もらった? 貢がせたという言い方の方が適切じゃないのか?」

 女は薄く笑った。山厳は目の前にいるこの女は、高級娼婦に違いないと確信した。

「なんて名前の車だ」

「TVRっていうメーカーの、グリフィスっていうらしいわよ。私、車には詳しくないからよく知らないのだけれど」

「……いい車だ」

 山厳は今一度そう言うと、人差し指で車のボディをなぞりながら、女の目の前まで近付いて言った。

「だがこの車も、あんたの前では霞んじまう」

「なにそれ? それでも口説いてるつもりなの?」

「俺の口説き方が下手なのは自覚してる。だが約束してやるよ、必ずお前を楽しませてやる。今晩俺と付き合え」

「どうしようかなぁ……」

「ここで俺を逃すと、一生後悔するぞ」

「随分自分に自信があるのね。まあいいわ、丁度暇してたところだし、付き合ってあげる」

 山厳はまぬけなにやけ面を浮かべたい衝動をなんとか抑えながら言った。

「近くに俺の行きつけの店がある。そこに行こう」

 女は冷たい笑みを浮かべながら、運転席に乗り込んだ。三厳も彼女に倣い、助手席に座った。


 山厳の行きつけの店は、車で10分とかからない場所にあった。山厳は警備に会員証を見せると、警備は何も言わずに二人を店の中に招き入れた。

「この店は会員制でな。ボスの許可をもらった人間しか入る事は出来ない」

「ふーん。なんで会員制にしてるの?」

 女が煙草をふかしながら問うと、待ってましたとばかりに、山厳は自慢げに答えた。

「ヤバい飲み物を出すからさ。……俺達忌躯の大好物、人間の血をな」

「へえ! 人間の血なんて飲むの何年振りだろう……ワクワクしてきた」

「……何?」

「あ、言い忘れてたわ。実は私も……」

 女は悪戯っぽく首筋の辺りを山厳に見せた。……そこには忌躯にしか浮かび上がらない、あの烙印があった。

「実は私もあなたのお仲間なの」

「ガッハッハ! ますますあんたの事が気に入ったぜ!」

 山厳は馴れ馴れしく女の身体に触れようとした。が、女は持ってる日傘で、山厳の腕をやんわりとはじいてみせた。

「気が早すぎるわよ。そうね……本当に美味しい血を飲めるのか、確認出来たらあなたの好きなようにしていいわ」

「その言葉、本当だな!?」

「うふふ、鼻息荒くしちゃって。あなた、笑った顔は意外とかわいいのね」

 それまで抑えていた衝動を抑えきれなくなり、遂に山厳は満面のにやけ面を浮かべた。

「楽しみにしてろ。この店の血は極上だ。……ところであんた、なんで日傘なんて持ち歩いてるんだ?」

「野暮な事聞くのね。傘も含めてのコーデだからよ」

「そういうもんなのか」

「それより早く血を飲ませて」

 山厳は女をエスコートして、店の中のカウンターまで案内した。店の中にいる者皆、女の容姿に見惚れ、彼女を目で追った。

 天に昇るような優越感に浸りながら、山厳はカウンターに座り、バーテンダーに怒鳴った。

「おい! 一番高いボトルを出せ!」

 バーテンはガタイの良い山厳に怯え、いそいそとボトルを取り出した。

「こ、これが当店の所有する一番のボトルにございます。勿論入っているのは人間の血でありますが、ただの人間ではございません。祝與の血にございます。」

 バーテンがそう言うと、女の表情が若干厳しくなった。だがその事に、浮かれている山厳は気付かなかった。

「説明するまでもありませんが、祝與の血は通常の人間の血よりも更に美味にございます。この血は裏ルートを駆使して苦労して手に入れました。今年国に承認されたばかりの祝與、南野楓。15歳の彼女の、若さが満ちた瑞々しい血を採取致しました。私も少しだけテイスティングさせて頂きましたが、その味は濃厚、それでいてフルーティーな……」

「さっさとグラスに注げ!」

「はい! ただいま!」

 山厳に怒鳴られ恐怖したバーテンは、二つのグラスに慌ただしくも慎重にワインを注いだ。山厳はグラスを掲げた。

「俺達二人の出会いに」

「あなたの暗黒の未来に」

「おい、そりゃどういう意味……」

 答えの代わりに、女は煙草をもみ消し、グラスの中身をかっくらった。……あまりの美味さに、女は目を閉じ、歓喜に震え、官能のため息を吐いた。

「美味しい……」

「そういや、あんたの名前をまだ聞いてなかった。教えてくれ」

「……夜行」

「ヤコウ? 変な名前だな」

「月海夜行。俺は夜警団の月海夜行だ」

 『夜警団』そのワードが出た瞬間に、店内がしんと静まり返った。

 山厳はグラスにつけた口を離し、夜行を睨み、再び彼女……いや、彼を観察した。

「お前今夜警団と……それにその口ぶり……女じゃないのか?」

「さあな」

 夜行の声は明らかに、先ほどまでの嬌態に満ちたそれとは異なっていた。いや、声だけではない。纏っている雰囲気まで先ほどまでとは違い、男っぽいものに変わっている。

「俺には殺害許可が降りてる。現場を押さえた今、お前等の身柄は必要ない。ここで死ね」

「カッコつけてんじゃねぇ! チビのカマ野郎!」

 怒りに任せて山厳は夜行に飛び掛かった。だが夜行は蹴りを放ち、山厳に先制攻撃を加えた。

「ぶっ!?」

 夜行は悠々と店の真ん中まで躍り出、睨みを利かせる男達を確認した。総勢14名。今や全員が夜行の敵だ。

 夜行はグラスを傾けながら、再び血を呷った。その余裕のパフォーマンスを腹立たしく思ったのか、三人の男達が夜行に向かってきた。

「ふん……」

 夜行は敵を一瞥すると、日傘に手を置いた。

 ……次の瞬間、三人の男達の上半身と下半身が真っ二つに分かれた。

「なっ……!?」

 それがあまりにも現実離れした光景だった為に、皆固まって動けなくなった。それが男達の命取りになった。

 夜行は霹靂の速さで動きながら、近い順に男達を切り伏せていった。絶叫と血飛沫が飛び交う中、夜行は顔色一つ変えずに男達を殺戮していった。

「このクソ野郎ォォォォ!」

 男の一人が拳銃を取り出し、夜行に向けた。

「……」

 夜行はゆっくりと、手を拳銃の形にして、男に向けた。

「な、なにやってんだお前……俺を馬鹿にしてんのか!?」

「いいや」

 刹那、夜行の指先が光った。そして、男の身体が痙攣して倒れた。

 夜行は山厳と向かい合った。

「……お前、烙印の力を……忌躯の能力を使えるのか……!」

「その口振りから察するに、お前には使えないんだな」

「……!」

「そういやお前さっき、俺の事をチビとか言ってくれたよな。人が一番気にしてる事を……ムカついたから苦しませてから殺してやる」

「……ふざけ……!」

 夜行はまず最初に、山厳の両腕を刀で切り落とした。

 山厳は激痛から絶叫を放った。夜行はそんな山厳をせせら笑いながら、冷たい声で言った。

「じゃあな」

「ま、待て……!」

 そしてその後、電撃を纏った刀で山厳の心臓を串刺しにした。山厳の身体が痙攣し、倒れた。

 夜行は刀に付着した血を払うと、日傘に偽装した鞘に刀を仕舞い、山厳の死体を乗り越えて、カウンターに向かっていった。

 カウンターの裏では、バーテンが腰を抜かし震えていた。

「や、止めて! 殺さないでええ!」

「お前は勘弁しといてやる」

「……え?」

「色々と聞きたい事もあるしな。……だが考えようによっちゃ、ここで俺に殺された方がましだったかもしれないぞ。夜警団の拷問……おっと言い間違えた。尋問は過酷だからな」

 そう言って夜行はカウンターに置いてあったナイフを二本とり、バーテンの足に向けて投げた。バーテンは痛みと恐怖から、子供のように泣きじゃくりだした。

 夜行はバーテンを見下し、嘲笑すると、血の入ったボトルを全てかっくらって店の外に出た。


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