ミュージック・エンドマーク

猫山釐懿

プロローグ

 厚底ブーツの靴底が石畳を撫でる音が響き、次第に家の前で止まる。

 玄関の鍵が開錠され、石畳の音はフローリングの音に変わり、やがて姉の後ろで息を止めるように静まった。

「お姉ちゃん、ただいま」

 妹が呟く。

「なにみてるの?」

 妹は、姉のことを退けながらこたつに入ってくる。

 お笑い番組を目を細めてみていたが、リモコンをとられ、番組表に変えられる。

「あ、ちょっと」

 もう少しでお気に入りの芸人がでてくるところだったのだ。妹の方向に手を伸ばすと、冷たいものが感じられた。

 見ると、妹の肩には雪が積もっていた。どうやら外では雪が降っているらしい。

 その流れのまま、壁掛け時計に目を移す。時刻は七時半を過ぎたところ。

「そとで何してたの?」

 姉は、妹の肩にかかった雪を払いながら質問する。

「彼氏とデートしてたんだよ」

「なにそれ。中学一年生が夜の七時に何してるの」

 笑いを交えて妹の頭を軽く叩く。

 妹はふざけて「いて」と声を上げる。

「別にいいじゃん、変なことしてるわけでもないし」

「変なことしてたら、それこそお姉さま出動案件だよ」

 妹が家を出たのは確か午後一時頃。そこから六時間も経っている。

 ――六時間?!?!?!

 急に我に返る。

 私は六時間もこたつでみかんを食べていたの?

 ふと、ごみ箱の方を見る。みかんの皮はノールックでごみ箱にシュートしていた。

 案の定、入りきらなくなったみかんの皮があふれ、オレンジ色の山になっている。

「なにあれ、食べすぎじゃない?」

 ごみ箱を見て、顔を顰めた姉をみた妹がそう指摘する。

 ――やめてくれ。私は妹のようにスタイルがよくないんだ。最近の悩みなんだ。触れないでくれ。

 そんなことはどうでもいいという風に、妹は続ける。

「彼氏と別れてきた」

 不意な発言だった。しかし、自然な言葉だった。

 冬に雪が降るように、秋に葉っぱが散るように、夏にセミが鳴くように。

 ある種日常のような呟きだった。

 だが少しだけ、愛衣の言葉は湿って聞こえた。

「別れたってどういうこと?」

 姉は疑問に思ったことをそのまま口に出す。

「そのまんまだよ。今日、ここまで遅くなったのは別れ話が長引いたから」

 彼女はこたつ布団へ数秒潜った後、魅力的なおでこと瞳だけを外に出して姉を見つめていた。

 そのつぶらな瞳に、数時間前に死体が写っていたと考えるには、少し無理があるように感じた。

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