第3話 寅(とら)人の心に住む獣

人の心の中には寅という獣が住んでいる。心のなかに住む寅は、自然の中に生きる虎とは違う生き物だ。


眼光は鋭く、睨むと矢を射られたように人を傷つける力がある。

爪は強く固く、ひと掻きで皮膚を破り肉を引き裂くほど鋭い。

牙はぬめぬめと濡れて光り、肉を突き抜け骨を砕く。


てなずけることは非常に難しい。人の話は聞いてるふり、わかったふり、俺様は正義だと思っているから、素直に従うことはない。記憶力はないから、その時々の自分の欲望でのみ人を動かす。その結果がどうなろうと知ったこっちゃない、無責任を押し通す。自分は痛みを感じず、傷も負わず、ただ自分の欲望を達することのみに快感を得て満足する。


普段は目を閉じて眠っているように見える。眠っているときはおとなしく、寅がいることに誰も気づかない。いや、気配を消して気づかれないように潜んでいるのだ。


自分の心の中にもいるのだろうか。目には見えない。耳にも聞こえない。普段は存在しないと思って生きている。いることに気づかずに一生を過ごせれば幸せというものだ。


しかし時を得て目覚めたときには、暴れ狂う獣となって自分も他人も見境なく傷つける。心の中で目覚めた寅は、人を操り行動させる。


あるときは武器を取らせて暴力をふるわせる。自己の利益のみを優先して、他人の不幸を慮ることはない。その刃は個人対個人での戦いに使われることもあり、集団対集団での大規模は戦闘のために使われることもある。また、人以外の自然や生き物に向けられることもある。


あるときは言葉で相手を追い詰めるように命じる。言葉の暴力によって受けた傷は目に見えない。しかし確実に人にダメージを与えて、その傷は癒やしにくい。ときに人は、傷ついた心をかかえたまま一生を過ごすことになる。人は寅に命じられたことが正義たと信じているので、情け容赦なく全てを破壊し、全てを支配しようとするのだ。


人の数が増えた分だけ、寅も増える。目覚めた寅たちは人を操る。操られた人の力が、世界の全てを破壊し尽くすことができる時代となった。




全てが破壊され、人もいなくなった世界には寅もいない。そこから新たな生命が生まれたとき、その生命の中には次の世代の卯が住むのだろうか。

卯は寅と同じようにまた、全てを破壊するのだろうか、それとも・・・



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