六月の読切（よみきり）

転生新語

「やっぱりね、女性（じょせい）キャラの足（あし）って、重要（じゅうよう）だと思（おも）うの」

　六月（ろくがつ）になって、梅雨（つゆ）入（い）りしてから雨（あめ）の日（ひ）が多（おお）くなった。そんな中（なか）、私のパートナーである彼（かの）女（じょ）が、マンションの室内（しつない）で訳（わけ）の分（わ）からないことを言（い）い出（だ）している。彼女の言動（げんどう）が奇矯（ききょう）なのは珍（めずら）しくもないけれど、ジメジメした気候（きこう）と今（いま）の状況（じょうきょう）が合（あ）わさると、私もイライラとさせられた。

「言（い）ってることが分（わ）からないわ。いいから早（はや）くネームを進（すす）めて」

　私たち二人（ふたり）はマンガ家（か）で、コンビで活動（かつどう）している。ドラ〇もんの作者（さくしゃ）と同（おな）じスタイルだ。今（いま）は読切（よみきり）マンガのネーム、つまりマンガの下書（したが）きを考（かんが）えている最中（さいちゅう）で、問題（もんだい）は提（てい）出（しゅつ）の期限（きげん）が迫（せま）っていることだった。今（きょ）日中（うじゅう）には担当（たんとう）の編集者（へんしゅうしゃ）へネームを送（おく）らなければならない。

「いやいや。そんな、いい加減（かげん）に受（う）け流（なが）せるような話題（わだい）じゃないのよ。ほら、何（なに）しろ、読切（よみきり）のストーリーもキャラクターも決（き）まってない状態（じょうたい）でしょ。私たちは砂漠（さばく）の荒野（こうや）みたいな、真（ま）っ白（しろ）な紙（かみ）の上（うえ）に放（ほう）り出（だ）された遭難者（そうなんしゃ）なの。あるいは北極（ほっきょく）で凍死（とうし）寸前（すんぜん）の状態（じょうたい）ね。凍死（とうし）が先（さき）か、北極（ほっきょく）熊（ぐま）に食（た）べられるのが先（さき）かって話（はなし）よ。どうせなら南極（なんきょく）でペンギンと死（し）にたいけど、どう思（おも）う？」

「知（し）らないわよ。要（よう）するに何（なに）も思（おも）い付（つ）いてないのね」

　よく『二人組（ふたりぐみ）ならアイデアも出（で）やすいんでしょう？』と言（い）われるが、それはチームワークが上手（うま）くいった場合（ばあい）だ。最終的（さいしゅうてき）なアイデアは一（ひと）つにまとめる必要（ひつよう）があって、そのためには二人（ふたり）で好（す）き勝手（かって）に案（あん）を言（い）い合（あ）う訳（わけ）にはいかない。今（いま）はネームの冒頭（ぼうとう）を、パートナーである彼女に考（かんが）えてもらっていて、そこが上手（うま）くいかなければネームは完成（かんせい）しないのだ。繰（く）り返（かえ）すが、期限（きげん）は今日（きょう）中（じゅう）なのである。

「そうよ、思（おも）い付（つ）いてないのよ。だから今（いま）の私は、ネームを思（おも）い付（つ）くための会話（かいわ）が必要（ひつよう）なの。それでさっきの話（はなし）に戻（もど）るけど、女性（じょせい）キャラの足（あし）って、重要（じゅうよう）だと思（おも）うの。さあ、貴女（あなた）はどう思（おも）う？」

「だから何（なん）なのよ、それ。意味（いみ）が分（わ）からないんだけど」

　昔（むかし）のマンガ家（か）さんは、梅雨（つゆ）の時期（じき）になると原稿（げんこう）のインクが滲（にじ）んでイライラしていたそうだ。デジタル世代（せだい）の私たちには縁（えん）がない話（はなし）だけど、今（いま）の私はパートナーに苛（いら）つかされていた。ちなみにネームは鉛筆（えんぴつ）で書（か）いている。

「そうね、説明（せつめい）が足（た）りなかったわ。じゃあ今（いま）から、私が女性（じょせい）キャラの足（あし）が重要（じゅうよう）だと思（おも）う理由（りゆう）を説明（せつめい）していくわね。それで納得（なっとく）したら、貴女（あなた）の考（かんが）えも聞（き）かせて。そうしたら、きっとネームも進（すす）んでいくと思（おも）うの」