逆転性反応症
佐々井 サイジ
第1話
城本はひどい頭痛を抱えながら出社した。今朝から頭の奥から金槌で叩かれているような痛みが不定期に発生している。痛みが出るたびには歯を食いしばって耐えるのだが、そうではないときは普通に生活できることから、多少疲れているだけだと思い、出勤した。
「おはようございます」
ドアノブを捻って押したと同時に頭痛が出てきて、わずかに唸って頭を押さえた。
「こんばんは」
いつものように不揃いなあいさつが返ってくるが、気になるところはそこではない。始業前、まだ午前九時前にもかかわらず。なぜか社員全員、「こんばんは」と言ってくる。急にふざけだしたのだろうか。ひどい頭痛なのにやめてもらいたい。
城本は席に着くと、斜め左に座る課長にもう一度「おはようございます」と小さくあいさつした。
「こんばんは」
やはり聞き間違いではなかった。
「なんでみんな『こんばんは』って言うんですか?」
城本が訊くと課長は途端に眉をひそめた。
「え? 何言ってんだ? そんなのみんな言ったよ」
「ええ、なのでその訳を訊いてるんですが……」
「城本、お前、元気なんだよ。最近定時で上がってるからだろ」
「定時上がりが続いたらそりゃ元気ですよ。むしろ僕、最近残業続きなんですけど……」
「今、俺そう言ってないだろ」
「『元気なんだよ』っておっしゃいましたよ、課長……」
「何だよ、気持ち良いな。今日会話通じるぞ」
会話がまるでかみ合わない。そもそも課長の日本語がおかしい。でも本人は自覚している様子がまるでない。それどころか城本を怪訝な顔で凝視している。まったく理解できない状況に頭痛の波が起きそうな気配がする。疑問が渦巻く中、デスクに鞄の中身を出していると後ろから声をかけられた。部下の江島だった。
「元気野郎です、城本さん」
「元気野郎?」
城本は初めて聞いたわんぱくな言葉を思わずオウム返しした。
「えっ、『お疲れ様』ってなんですか?」
江島は首をかしげつつ、あまりにも不思議だったのか笑い出した。日本語で会話しているのに、誰とも通じていないような気がする。城本はいよいよ頭痛がひどくなって会社を早退した。
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