六三.布団と懐中時計

 十二月六日の午後、工場から戻ったかつらは康史郎こうしろうを留守番に残すと、雑貨店の倉庫で待つカイとリュウと合流し、『墨田すみだホープ』へ向かった。カイとリュウはあおいの使う布団と着替えの入った風呂敷包みを乗せたリアカーを引いている。

「こいつを届けて仕事完了だからな。帰りに質屋に寄って布団をもらうよ」

 カイの言葉にリュウもうなずく。

「葵さんに女学校の教科書を譲ってもらえたから、店番しながら勉強しようと思うんだ」

「偉いわね。康史郎にも見習って欲しいわ」

 かつらはリュウを見ながら愚痴をこぼす。

「そうそう、康史郎から預かったへそくりがあるんだ。布団の請け出し金の足しにしてくれよ」

 カイはズボンのポケットから封筒を取り出すと、かつらに差し出した。

「どうしてカイ君が持っているの」

 いぶかしむかつらにカイは補足した。

「ヤマさんとの仕事代を預かってたんだ。康史郎には内緒にしてくれよ」


 「墨田ホープ」の前には「倉上くらかみ商店」と書かれた三輪オートが停まっていた。かつらがドアを叩くと、大口おおぐち徳之介とくのすけが顔を出す。

「良かった。中に入ってくれ」

 かつらたちが店内に入ると、芝原しばはら葵、かしわ憲子のりこ、倉上義巳よしみが中央のテーブルを囲んでいた。カイが呼びかける。

「布団を運んできたよ」

「ありがとうございます。二階に運びますからここに置いといてください」

 憲子が立ち上がると階段を指した。

「それにしても、倉上さんが手伝ってくれて本当に助かりました」

 かつらが礼を述べる。倉上はお茶を飲みながら上機嫌で答えた。

「箱入り娘のお届けなんて楽しい仕事はそうそうないし、先日横澤よこざわさんたちを送ったから場所も知ってたしな」

 大口が説明する。

「先週の土曜、『まつり』で横澤さんの報告を受けていたら、店にいた倉上さんが協力したいと言ってくれたんだ」

「家を出ましたら柏さまが手招いてまして、角を曲がると三輪オートがございましたので驚きました」

 丁寧に話す葵に憲子が答える。

「憲子でかまいませんわ。これからしばらくここで暮らすことになりますから、お店の皆さんとも仲良くしてくださいね」

「ピアノの件だけど、来週の土曜、ここに運ぶように運送屋さんには言ってある。後はお金を用意しないとな」

 大口は難しい顔をした。倉上が声をかける。

「またうちの内職でもするかい」

「店の開店資金から融通するよ。その代わり、芝原さんは店でピアノを演奏して客引きをしてくれよ」

「分かっております。お姉様の銘仙めいせんも持って参りましたので、着て弾きますわ」

 葵は風呂敷包みを見ながら言った。

「お母様には書き置きを残しておきましたけれど、いずれはここにいることを連絡させていただきます」

「それがいいわ。お母様も心配でしょうし」

 葵の言葉にかつらはうなずいた。

「ところで、先日話しました古伊万里こいまりの件、分かりましたか」

「この後質屋に行くから、葵さんも一緒に行きましょう」

 かつらは呼びかけた。


 かつらと葵は、リアカーを引くカイとリュウと一緒に質屋に向かっていた。

「親父さん、亡くなったそうだな。店が焼けちまったんで、親父さんに薬を届けられなかった。申し訳ない」

 カイが葵に話しかける。

「謝らないでください。わたくしも上野で靴磨きをしていらっしゃるあなたがたをお見かけして、声をかけたかったのですけれど、お母様に止められたのです。わたくしには困っているご友人を助けることもできないのかと悔しかったです」

 すまなそうに言う葵をカイは励ました。

「もう昔の話だ。今の俺たちは雑貨店の住み込み店員だし、俺たちを助けてくれる人たちもいる。まだまだ大変だけど、リュウと一緒にがんばるよ」

「わたくしもがんばりますわ」

 葵は自分に言い聞かせるように言う。かつらは店の前で立ち止まった。

「葵さん、ここが質屋よ。布団を請け出すから一緒に入りましょう」


 質屋に入ったかつらは、質流れ品が並べられる店頭を見た。葵がかつらにささやく。

「あの古伊万里の茶碗、金継ぎがございますわ。間違いなくお父様のです」

 かつらは質屋の店員に声をかけた。

「店頭の古伊万里の茶碗、おいくらなんですか」

「横澤さま、お金が足りないのでしたら、この時計を質に入れていただけませんか」

 葵はコートのポケットから、あずさの形見の懐中時計を取り出した。

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