第51話
放課後になるなり、あたしはすぐさま帰り支度をして未優の席に向かった。
「みゆたんみゆたん。今日うちで晩ごはん一緒に食べよ?」
そして全力でご機嫌を取りに行く。
最近マジでいい加減に未優の様子がおかしい。ちょっと前はかなりいい感じだったのにどうしてこうなった。
「みさきー、アニメート行こ!」
「みさきん公園でエモイチャ動画撮ろ!」
未優が返事をする前に、瑠佳莉音がやってきて我先にかぶせてくる。
「岬ちゃ〜ん? 水泳部見学来るって約束は?」
誰かに後ろから両肩を掴まれたと思ったら今朝のお姉さまだった。どこからともなく気配もなく忍び寄っていた。
ちなみにそんな約束はしてない。
「みさきは忙しいみたいだから、今日はいいでしょ。わたしも用事あるし」
未優はそっけなくいって席を立ち上がった。あたしはすぐさま引き止める。
「よ、用事ってなに?」
「よーじ」
あたしを見もせずに言う。
うん、なんか機嫌悪いね。機嫌悪いときの未優だね。
てか、ここんとこずっとこんな感じなんだけど。この前のお泊りのときはめっちゃいい感じだったはずなのに。
あれって、修学旅行でテンション上がってたみたいなそういう感じ?
「そ、それって、まさか、ちーちゃん?」
「そう」
そうってあんた。ちょっとはごまかしなさいよ。
唐突にNTRのテーマが脳内をかけめぐる。
なぜだ、どうして急にこんなことに。日頃の行いか?
「未優、信じていいんだよね⋯⋯?」
「アニメートぐらい一人で行けばいいじゃん!」
「動画なんて一人で撮れるでしょ!」
「もう三人とも来なさい。まとめて面倒見てあげるわ」
あたしの念押しはやかましい声にかきけされた。
もしかすると信じて送り出した未優が⋯⋯なんてことに。
いや待て。あたしが未優を信じられないでどうする。
未優を信じたあたしを信じろ。
ん? なんか違うなこれ。
前回の瑠佳ちゃんとの一件のあと。
みさきの家にお泊りがあって。デートらしきものがあって。
そのときは、お互いかなーりいい感じになった。はずなんだけど。
みさきとは、あれからなんの進展もない。
以前の状態に戻っている。どころか、悪化していた。
最近のみさきは、わたしのことそっちのけで他の子とイチャイチャしてる。
遠目に見ると女の子を両脇に抱えて「ガハハハ!」ってやってる悪代官かなにかみたいに見える。
完全に調子こいてる。図に乗ってる。
さっさと天誅されろって思うぐらいに。
あれれ? この前たしかわたしのこと好きっていったはずなんだけどな? 言わなかったっけ? 言ったよね?
あのときはわたしもふわふわしてて、よく覚えてない。夢かなんかだったのかって思うぐらいに。
けど本質的な問題はそこじゃない。
わたしのこと好き。瑠佳ちゃんも好き。莉音も好き。
みたいな話だったら、あんまりそこを詰めても意味はない。
ていうかそもそも、みさきと好き同士になって付き合うとかっていうのが目標じゃないんだよなぁ。
さあ付き合います、ってなってもそのうちやっぱ別れたいです、とか言われたらもう終わりなわけだし。
そういうのありえないし。
だからなんていったらいいんだろう。
服従? 屈服? 依存? 崇拝?
とにかく余計なこと言わせない関係。ましてや他の子に目移りなんてしないする気も起きない。
永遠なるわからせ完落ち。略してエタ完。
わたしが目指すべきはそこなのだ。
生きる目的が決まると逆に燃えてきた。
もう死にたいなんて思えないぐらいに。
よーし未優ちゃんがんば!
「未優ちゃん? どうかした?」
なんてさっきからずっと、みさきのことばっかり考えてるけど。
今わたしはちーちゃんと一緒に喫茶店に来ている。学校終わりの放課後だ。
「ううん、なんでも」
「ごめんね、なんか強引に」
「いいよ」
しつこく誘ってくるから、ちょっとぐらい話聞いてみようかなって。
昼休みも呼ばれたけど、そのときは目をハートマークにした子がちーちゃんにまとわりついてきてお話にならなかった。本当に人気者らしい。
ちーちゃんは控えめな所作で、カップに刺さったストローを吸った。
背筋はピンとして凛々しげながらも、ちょっと女の子っぽい部分もありつつ。
対面のわたしと目が合うと、にこりとする。わたしは素直な感想を口にする。
「ちーちゃん、やっぱりなんか変わったね?」
「まあ、ちょっとね⋯⋯。未優ちゃんこそかわいくなったね。もとからかわいかったけど」
また笑った。けどやっぱり違和感。
昔の彼女は今みたいに気取った風じゃなくて、しゃべりかたも普通だった。
顔はきれいだったけど、とにかくおどおどしていておとなしかった。しょっちゅう泣きべそかいてた彼女を、「ちーちゃん大丈夫?」なんていってなだめた記憶がある。
げ、こいつ年上かよ。とあとで知った。
だからレッスンでもすぐに彼女のことは見かけなくなった。向いてる向いてない以前の問題だった気がする。なんで来たの? って感じ。親がすごい過保護そうだったのから、なんか勘違いがあったのかもしれないけど。
「もう養成所とかって、やめたんだよね? あのあとって、どうしたの?」
「ま、まあそういう過去のことは、いいじゃないかお互い! ね?」
昔のこと、あんまり触れられたくないみたい。
まあそれに関しては、わたしも望むところなんだけど。
「近くに住んでたんだ?」
「まあ、ちょっと引っ越しをしてね⋯⋯」
今の学校で再会したのは本当に偶然だった。
演劇のレッスン以外だと、ほとんど接点はなかった。
親同士がご飯行くのについていって、一緒に食べたぐらい。
「今はモテモテみたいだねー?」
「まあ、ね。はは⋯⋯」
わたしはタイプでもなんでもないけど。てか今はみさき以外眼中にない。
やっぱり容貌は昔の面影があって、ちょいちょい頭をよぎる。なんかダメな子って印象が残ってる。
けどここで、「じぶん昔そんなんじゃなかったやーん」とは言えない。言いにくい。一応先輩だし。てかそこまで仲良くもないし。
「未優ちゃんこそ、変なのに付きまとわれてないかい? 大丈夫?」
変なのって、お前にみさきの何がわかるって感じ。
んーなんなんだろう。この探り探りなの。
わたしになにか用でもあるんだろうか。別にわたしの方からはないんだけど。
みさきが勝手に嫉妬してめんどくさいから、もうほっておいてって感じ。電車でこっそりなんかやってるのはちょいキモいけど、好きにすればって思ってるし。
「わたしは大丈夫だけど。ちーちゃんこそ大丈夫なの」
「まあ、ボクは慣れっこだからね」
ボク、ボクって、やっぱり違和感ある。
昔はふつーに私、だった。ボクボク言ってたら覚えてるし。
ふーんなるほど? つまりそういうキャラ、を見つけたのかな? あとになって演技に目覚めたってやつ?
今日は偶然を装ってきたけど、絶対わたしのこと知ってたはず。
前に学校で見かけたときも、はっきり目があった。彼女はわたしの顔を見た時、一瞬ヤバっ⋯⋯て顔した。
それが改めて、わたしにこうやってコンタクトを取ってくる理由は⋯⋯。
「いやーそれにしてもびっくりしたなぁ、まさか未優ちゃんがいるなんて⋯⋯」
「それはわかったけど。で、なんの話?」
いいかげん上っ面のやり取りがめんどくさくなったわたしは、単刀直入に聞いた。自分だとわからないけどわたしの目には、変な眼力があるらしい。
わたしに睨まれた鏡千晶はかつての彼女のように、瞳をさまよわせて横にそらした。
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