第50話


 昼休みは未優の席でランチタイムとなる。

 未優は持参したお弁当を、あたしは瑠佳とともに購買で買ってきたパンを頬張っていた。


 高校に入りたての頃は「みさきお昼どうする? 一緒にお弁当作ってあげよっか」なんてラブラブだったが、早くもおざなりになりつつある。

 あたしがあれは嫌いこれは無理とおかずにくっそわがまま言ったせいもある。

 

「すごーい、未優のお弁当おいしそー」


 もちろん瑠佳も一緒である。

 隣の机に陰キャを見下すギャルのように座ってパンをかじっている。ちなみに席の主はどこかにいなくなった。たしか未優の隣も陰キャっぽい男子だった。席を占領されたのを見て逃げたのかもしれない。かわいそうに。


「みさきに教えてもらった動画見たんだけどさー、あれめっちゃ笑った!」


 瑠佳がはしゃぐいっぽうで、未優はもくもくと口に箸を運んでいる。

 今日は、というか最近は不機嫌なのかアレの日なのか、妙に口数が少ない。


 こうやって瑠佳が話していると、もともとおとなしめの未優は口を挟む間がない。あたしはそんな未優から謎の圧を感じて口数が減る。そのせいで三人集まっているはずがちょくちょく変な沈黙が起きる。


「あ、いた、瑠佳~?」


 何度目かの沈黙になったとき、教室の戸口のほうから声がした。

 あたしたちの席ーー瑠佳に向かって手を振っている。 

 

「瑠佳ちょっとい~い?」

「ん、いいよ~」


 瑠佳は残りのひとくちを頬張ると机を下りた。

 ゴミを手の中で丸めながら教室を出ていく。


 瑠佳の友達は見るからに陽のオーラが漂っていた。スカート短い。髪もキンキラ。

 あの子もかわいい。かわいい子の友達にはかわいい子がいる。これあるあるね。

 

 瑠佳友は瑠佳を連れてそのままどこかに行った。

 てかこの学校かわいい子多くない? ついつい見てしまう。


 それになんか雰囲気からしてエロい。あれはおそらく男を知っている顔だ。

 いや、でもそれでいったら瑠佳も彼氏がいたって話だったし、かわいい顔してやることやってるのか?

 

『え? 今日もするの?』

『え~~。もう、しょうがないなぁ⋯⋯』


 てな感じで、瑠佳はなんだかんだで尽くしてくれる系だと思う。 

 つまりあたしが頼んだらやってくれるのか? いやなにを?

 はっ、それかもしくは昼休みにああやって連れ立って人気のない場所で⋯⋯。

 

「みさきーん!」

「うぇっ」


 いきなり後ろから抱きつかれて変な声が出る。

 首周りにむにょん、と柔らかい感触が当たる。莉音のタックルであたしの妄想は一気に吹き飛んだ。


「ねえねえいつ動画撮る~?」

「いやそれはいいって⋯⋯」

「なんで! てゆーか、最近なんであのヤンキーと仲良くしてるの? やめたほうがいいよ、ぜったいヤバイよあれ」


 莉音のヤンキーとは瑠佳のことを言っている。いやきょうびヤンキーて。

 瑠佳と入れ替わりにやってきた莉音のせいで、またわーきゃーとやかましくなる。耳栓が欲しくなっていると、ずっとだんまりだった未優さまが重々しく口を開いた。


「莉音」

「なにー?」

「うるさい」


 ハ、ハイッ、すいません。

 とあたしは思わず身を縮こまらせる。いっぽう莉音は「ん?」みたいな顔をしたあと、未優の席の背後に回り込んだ。


「みゆみゆご機嫌斜めかー? ほら、ぼいんぼいんぼいん~」


 莉音がうしろから未優のおっぱい(でかい)をゆさゆさと揺らす。

 さすが空気を読めない読まないノンデリオン。


 本来ならみゆっぱいを他人に触らせるのはあたしとしては許されざることだが、まあ莉音ならしょうがないかってなってしまうところもすごい。ていうかあたしにもやらせろ。

 

「やぁんこわい~~」


 しかし結局莉音はあたしのとこに逃げてきた。反撃でおっぱいを握りつぶされそうになったらしい。

 あたしはなるべく未優を刺激しないよう、さらりと話題を変える。


「いや~それにしても今朝は参ったよ。電車で痴漢に間違われかけてさ~」

「なにそれ草」

「笑い事じゃないわ。なんか変な正義マンみたいな女がさぁ⋯⋯。そうだ莉音、鏡先輩? って知ってる?」

「知ってる。二年のでしょ」


 なんと知ってた。となるとあたしが遅れているのか。無関心すぎか。

 

「前に学校で君かわいいねって声かけられたことある」

「まじか。それでどうしたの?」

「でしょお~~? って返した」

「で?」

「そしたらばいばいって。それだけ」


 引かれてるやん。

 見た目で声をかけたけど中身はタイプじゃなかったか。

 こういう我の強いタイプじゃなくて、もっと気弱そうな子を狙ってるイメージある。たとえば未優みたいな。まあべつに未優は気弱じゃないけど。一見気弱そうに見えるだけで。

 

「あの、北条さん⋯⋯呼んでるよ」


 そのときクラスメイトの女子が北条さんこと北条未優に声をかけた。

 いつの間にか教室の入口周辺がちょっとどよどよしている。何事かと見ると、今まさに話題にしていたかの鏡先輩が、外から笑顔で手を振っていた。


「あっ! あの野郎!」


 あたしは立ち上がった。

 おそらく未優にコナをかけにきたのだろうがそうはさせん。

 先んじて教室を出て相手の前に立ちふさがる。やつはどういうつもりかあたしにも王子様風スマイルを向けてきた。


「やあみさきちゃん。ちょっと未優を⋯⋯」

「なんですか? 未優になんか用ですかちーちゃん先輩」

「ふふ、君にちーちゃんと呼ばれる筋合いはないんだけど⋯⋯呼びたいならそう呼んでもいいよ」


 煽ったつもりが軽く流された。

 余裕の笑みだ。誰が呼ぶか。


「どいて」


 後ろから声がした。未優が言葉の通りあたしをわきにどかした。あたしのことは眼中にない感じでちーちゃんを見上げる。


「なに? どうしたの?」

「ちょっといい? ここだとあれだから」


 千晶が目配せをする。遠巻きにクラスメイトたちの注目を感じる。

 一応向こうは先輩なのに未優はナチュラルにタメ口なのヤバない?

 幼馴染感出てない? NTRの波動出てない?


 このままじゃ幼馴染がNTRされたので他の女子と仲良くしました的なざまぁ系ハーレムになってしまう。あたしはもっと昔ながらの素直なハーレムものでいいんだよ。 


「いや待った。その前にあたしを倒してから⋯⋯」

「みさきはストップ」

「え?」

「ややこしくなるから」


 いきなり未優ザ・ワールドをかけられた。時が止まった。

 固まるあたしを置いて、未優は教室を出た。そのまま千晶とともに夜の街に消えていった。(文学的比喩表現)


 サレ男みさきくんは後を追えずに、すごすごと席に戻った。

 食いかけだった焼きそばパンにかぶりつく。未優の席に座っていた莉音が誰にともなく言う。


「今のって鏡センパイじゃん。やっぱなんかオーラあるねぇ、周りもどよっとしてたし」


 たしかに「えっ、なんで先輩がうちのクラスに?」みたいな空気を感じた。

 どうしてあのいまいち目立たない未優が? みたいに思っている女子もいるかもしれない。少女漫画なら完全に未優が主役。


 にしても未優のやつどういうつもりだ。

 今日はずっとスマホぽちぽちして、陰でコソコソやってたんじゃないだろうな。


「でもなんかお似合いじゃん。未優はやっぱ年上狙いかぁ」

「莉音きさま、ハーレムから退場したいのか?」


 いくらサブヒロインと言っても許されない言動だ。

 あたしの理想はドロドロ系ではなくハーレム要員がなぜかみんな仲良しなやつだ。当然ヤンデレとかそういうのはノーセンキュー。


「⋯⋯ハーレム? なにゆってんの?」


 すばやく席をたった莉音があたしの膝の上に乗っかってきた。

 逃げられないよう体重をかけながら、顔を近づけてくる。もとから大きめの黒目が、より大きくなったように見える。


 いやだからこういう自我強い系は違うんだって。

 ハーレムじゃなくてあたしがいじめられるだけだって。

 

「莉音ちゃんはやっぱりかわいいな~⋯⋯」

「ごまかすの下手か~?」


 莉音の指につままれたあたしのほっぺたがぐにぃぃぃと持ち上がっていく。

 やはりハーレムという単語をリアルで口にするのは危険だ。 

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