第47話

「で、誰なの?」


 学校へ向かう道すがら、あたしは未優を問い詰めていた。

 話題はもちろんさっき駅で遭遇したチョイきざったらしい女⋯⋯ちーちゃんのことだ。

 隣を歩く未優はわざとらしく天を仰いだ。指先をくるくるとまわす。


「さーて誰でしょ~?」

「そういうのいいから。刺されたいの?」

 

 シャキン、とYandere手刀を構える。

 もはやYandereを通り越してアメコミヒーローである。あまり舐めないでいただきたい。

 

「てかさ、知らない? 鏡先輩」

「カガミセンパイ~?」

「すごいモテモテでさ。男子だけじゃなくて女子からも」


 なにやら学校ではそこそこの有名人らしい。

 コミュ狂(強ではない)のあたしは人見知りなところもあり、学内のそういう事情にはあまり詳しくない。一人で校内を歩くときは基本若干うつむいている。

 

「久しぶりに近くで見たけど、やっぱ顔はいいねえ」

「ふ~~ん?」

「ちょっとドキってしたかも」


 やっぱ一回刺しとくかこの女。

 あたしは内心ピキっているのを悟られないようにきく。

 

「で、未優はそんな人となんかその⋯⋯やけに親しそうだったけど?」

「なんていうか、昔の知り合い? わたし小さいとき、劇団入ってたって言ったことあったじゃん。そのときに一緒で」


 そんなふうなこと言ってたようななかったような。

 未優はあんまり過去のこと、自分からは話したがらない。というかしゃべらない。だからあたしと出会う前のことは知らないことが多い。


 ということはなにか?

 奴はあたしよりも古い知り合い⋯⋯幼馴染中の幼馴染ってこと? 


「でも100%中の100%ってつまり同じことだよね?」

「⋯⋯なにが?」

「彼女はなんであんな気取った口調なわけ?」

「知らない」


 しかもボクっ子。

 本来ならボクっ子うおおおお! とテンション上がるところだが、そんな場合ではない。


 関係ないけどボクっ子ってボクっ娘にしたとたん急にエッ……な感じになるのは気のせい?

 でもあれは邪悪なタイプのボクっ子だ。みんなからかわいがられる系のタイプではない。あたしの好きなボクっ娘とはほど遠い。

  

「いわゆるボーイッシュ王子様系女子ってやつか⋯⋯。キャラかぶってんな⋯⋯」

「だれと?」


 心の底から不思議そうな目をされた。お前は王子様どころか下僕犬系女子ではないかと言わんばかりだ。それも位が低めの。


「あのさ、電車で変なことするのやめてよね」


 だれが痴漢系女子だよ。

 だいたいあの女、いきなり出てきてあたしのご主人様もといみゆたんと何を仲良くしてやがるって話。

 

 これってもしかしてヒロインを取り合う的な展開になる? 

 なんかどこぞで見たことあるぞこんなの。マンガマスターのあたしはそういうのすぐわかる。


 昔の彼が出てきて~とか少女漫画によくある露骨なテコ入れみたいなのいらんから。今どきそういうのはやんないし。そもそも未優ってあたしのこと好きすぎ~って感じだし。あたしって未優のこと好きすぎィ! って感じだし。


「へ~けっこう雰囲気あるな~。この写真とか」


 おや? みゆたん?

 いきなりスマホで相手のSNSチェックしてる?

  

「これとかちょいバズってるじゃん」

「パズってる~? はいはいバルスバルス」

「バズっちゃったからちょっと鍵かけてるって⋯⋯ふ~ん、今こんな感じなんだ~」

「shut up!」

 

 とうとうあたしのYandereソードが未優の脇腹に突き刺さった。このスキルはYandereメーターが一定値を越えたときに自動で発動する。

 未優はぺっとあたしの手を払った。


「ちょっと、痛いんだけど」

「見るのをやめろ」

「なんで? 見てるだけでしょ」

「もうやめるんだッ!」

「ん? みさきちゃん嫉妬してるのかな?」


 そしてこのごきげんな煽り顔である。 

 なんか、わざとやってない? 絶対わざとやってるでしょ。

 

「みさきも自撮りして上げたりすればいいのに」

「対立煽りやめてもらっていいですか?」

「そしたらいっぱいいいねしちゃうのにな~」

「えっ、ほんと? リアルいいねくれる?」

「⋯⋯どういうこと?」


 それはもちろんエッ⋯⋯なやつですが。

 キャッ、もうそんなこと恥ずかしくて言えない。


「それはもちろんエッ⋯⋯なやつですがなにか?」

「あ、やっぱそういうのしなくていいや」

「なんで? 言うことコロコロ変わるやん」

「みさきはわたしの前でだけかわいくしてればいいから。むしろあんまり知られたくないし」


 おっと? 急に重ためのぶっこんできたよ?

 だがそれがいい。みゆたんガチであたしのこと好きすぎだろ。


「あ、DMきた。『未優ちゃんやっぱりかわいいね』だって」

「は?」

「『今度デートしようか笑』だって」

「あ?」


 笑じゃねーよなにをわろとんねん。

 

「そのスマホ貸して」

「やだよ、ちょっと、触らないで」

「消せ消せ消せ!」


 もう存在ごと消せ! 悪魔だけに特効みたいな魔法で一発で消せ。

 未優にすんなり連絡先を交換させてしまったのはうかつだった。いっそあたしも交換してやつの動向を監視すべきだったか。


「じ~~~」


 擬音付きで横顔を見つめて圧をかける。しかし未優はスマホいじりをやめようとしない。あたしは注意喚起をする。


「そこのあなた、歩きスマホは危険ですよ」

「ん~⋯⋯急になんだろな? でもちーちゃんって⋯⋯」

「スマホ依存症って知ってます? スマホばっかり見ていると脳が⋯⋯」

「はいはい静かに静かに」


 未優はスマホを触りながら、もう片方の手であたしの頭をぽんぽんしてきた。まるでキャンキャンうるさい犬を片手間になだめるかのようだ。

 まったくそんなのでおとなしくなるわけ⋯⋯あっ、そのまま頭撫でてくれてる。触り方も優しい。指きもちいい。

 はふぅ⋯⋯となりかけたそのとき、ぱっと未優の手が離れた。

 

「だからSNSを眺めるほど幸福度が下がるっていうデータが⋯⋯」

「はいはいそうですね~」


 あたしはスマホの危険性を説きながら学校に向かった。

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