第38話
「あ、あの、いきなりこんなこといって、引かれるかもだけど! でも、ちゃんと伝えたくて……」
やっぱりあたしたちは沈黙していた。
未優はどうか知らないけど、正確には言葉が出なかった。顔を赤らめた瑠佳が、手を振りながら弁解するように続ける。
「それで今すぐどうこうしたいとか、そういうんじゃなくて! ただ言いたくなって……我慢できなくて! ごめん! 困るよね、急にこんな事言われても……」
その気持ちはわからないでもない。
好きな人に好き好き言うの、脳内麻薬ドバドバでヤバい。
でも、今じゃないんよね。今やられるとこっちが困るよね。
「あの、みさきは覚えてないかもだけど! 私、前もみさきに助けられたことあって!」
「え?」
「入学してすぐぐらいのとき、トイレで! 覚えてないかな? 私、先輩にその髪すごいね~? みたいに言われてて……」
瑠佳はこの顔に見覚えは、とばかりに身を乗り出してくる。
あたしはワードを頼りに記憶をたどる。
入学してすぐ。トイレで。先輩。
高い位置で斜めに結んだ茶色い髪。
……あ、思い出した。
もしかして、あれのことかも。
その日、調子に乗って朝からアイスを食らったあたしは、学校についた頃に急にお腹イタイイタイになっていた。
校舎に入るなり、手近なトイレを探して突貫した。
そしたら三、四人ぐらいの女子の群れが、ドア入ってすぐのとこでごちゃごちゃやってた。
「てか一年生? かわいいねぇその髪、気合入ってるねー?」
「もしかして高校デビューってやつ? いいねえ楽しそうで」
数人で一人を囲んでニヤニヤしていた。
はっきり敵意を見せているわけではなかったが、嫌味ったらしい口ぶり。見た目生意気そうな新入生が目についたのかもしれない。
けれどそのときのあたしは、はっきりいってそんなのどうでもよかった。邪魔だからさっさとどいてほしかった。
「あ、ちょっとすいません、お取り込み中失礼」
「は? なに?」
間を抜けようとすると、なにか勘違いしたのか一人が行く手を塞ぐように立ちふさがった。
「一年? この子の友達?」
仲間か何かと思われたのかしらないけど、全然知らない。
一年とか二年とかどうでもいい。とにかくトイレに入りたい。
「あの、どいてくれます?」
「なに? なんか文句あるの?」
少し強い口調であたしを睨んできた。
そのとき一緒に、波が押し寄せてきた。さっきからお腹の中で暴れているこいつは、休んでは動いて、を繰り返している。
ここ数分はしばらくおとなしくなっていたと思ったら、ここにきて本気を出してきた。力をためていた。
「いいからどけっつってんだろ」
あたしはキレて睨み返してしまった。
だってもう今にも決壊しそうだったから。
文句ならもちろんある。
入学早々漏らしたらどうしてくれんの? あんた責任取れんの? 替えのおパンツ用意してくれるの?
あのときのあたしは、まさに決死の形相だったと思う。
修羅が宿っていたかもしれない。まさに阿修羅すら凌駕する存在だった。
あたしの剣幕に押された相手は、「なんだこいつやべえ……」みたいな顔でいなくなった。
……と、いうようなことがあった。
てことは、あのとき嫌味を言われていた子が瑠佳だったのか。
気にもとめなかったし、そんな場合じゃなかった。あたしは速攻でトイレの個室に駆け込んだ。
「それから、ずっと気になってて、でも声かけにくくて……。勇気出して声かけたら、仲良くなれて……。彼氏より、みさきといるときのほうが楽しいし……」
もしかして、さっきのあたしに関係するかもしれない悩みって、それのこと?
嫌な予感はしてたんだけど、やってくれたね。爆弾落としてくれたね。最悪のタイミングで。
初めての危機的状況に、あたしの頭はパンクしていた。
これって、なにをどうすればいい? どうやって切り抜ける? 切り抜けるとかあるの?
「わたし、みさきのこと好きだから」
はっ? とあたしは声のしたほうを振り返る。
未優はあたしではなく、瑠佳を見ていた。あたしではなく、瑠佳に向かって言った。
「瑠佳ちゃんより、ずっと前から」
未優の瞳は、じっと瑠佳を見すえたまま揺るがない。まるでなにかを心に決めたような顔だった。
一瞬にして、場の空気が彼女のものになる。
傍目に映画のワンシーンを見ているようだった。配役をするなら、彼女は主演のヒロインか、もしくはその最大の敵役のどちらかだ。
間に挟まれたあたしはミスターポポみたいな顔で固まっていた。
きょろっと右を見て、左を見て、これぞリアルキョロ充。
……あれ? おかしいな。元男のスーパー美少女なんて濃いキャラ、絶対主役のはずなのに。
このままじゃまずい、あたしもなんか言わないと。
でもなにを?
「やめて! 私のために争わないで!」「じゃそこ、試合決定で」
……ダメだ、絶対ここでふざけてはいけない。
あたしだって、ここぞというときには決める。優柔不断とか浮気者とか言わせない。
「ごめん、瑠佳。あたしも、未優のこと……好き、だから……」
とうとう言った。
でも最初から答えは出ていた。悩むことなんてない。
瑠佳は視線を未優からあたしに向けた。
「うん、それはわかってるけど……。それで? 私のことは?」
「えっと、その……ごめん」
「ごめんって? なに?」
瑠佳は首を傾げた。本当に心から不思議そうな顔だ。
それはわかってるって……え、怖い。瑠佳ちゃんって、もしかしてそっち系の人?
あたしと同類? 上位種? 首を縦に振るまで逃さない系?
Yandereじゃなくて殺ンデレのほう?
あたしは追いつめられた無自覚浮気二股クズ主人公のようにうろたえた。ここにきてやっと主役になれた。
「いっ、いやだから、あたしは、未優が好きだから……」
「それは言われなくても知ってるよ? そりゃそうでしょ」
「え? そりゃそうって……」
「私だって未優のこと好きだよ?」
「はえ?」
あたしは口を開けたままアホ顔になった。
「なんか最初はちょっと壁あるかな〜って思ってたんだけど、今日はよかった。めっちゃ仲良くなった! 未優がナンパ追い払ったとき、かっこよかったし、惚れた。未優かわいいしおっぱい大きいし~……一緒にたくし上げコール楽しかった! もう同士だね!」
瑠佳は歯を見せて笑った。
まったく嘘っぽさを感じない、まさしく屈託ない笑みというやつだ。低級のYandereなんて一発で浄化されそう。
「私、クラスだとあんまり合う子いなくて。このままずっと一人だと、気まずいっていうか……。私ってなんか、怖がられてるのかな? わかんないんだけど」
瑠佳はうつむいた。言葉尻も小さくなる。
クラスではたしかにちょっと浮いている感はある。見た目で。
「お姉ちゃんがこっちのほうがかわいいって言って、勝手にいじってくるから。でもこれ、みんなには不評なのかなって」
瑠佳は束ねた髪をいじる。
もしや諸悪の根源は姉なのか。妹を改造して喜んでいる? コスプレさせているぐらいだからいろいろ余罪がありそう。
「二人が仲いいのは知ってるけど……。私も二人とは合うし、いい感じだから……これから学校でも、仲良くしてほしいなって……」
学校でも仲良く……?
え、まさかこれって。
もしかして瑠佳の言う好きって、(意味深)のほうじゃないやつ?
ラブではなくライクってやつ?
「もうトモダチじゃんって、みさきも言ってくれたし……。ダメ……かな?」
瑠佳はおずおずと上目遣いにあたしを見た。あたしはおそるおそる未優の顔色をうかがった。
未優は口半開きのアホ顔になっていた。おそらくあたしと同じことを思ったらしい。
あたしと瑠佳の視線を受けて、慌てて我に返ったように声を上げた。
「う、うん! も、もちろんいいよ! トモダチでね! うん、トモダチ! わぁ、やったー! わたしも瑠佳ちゃんのこと好きー! これからも仲良くしようね~!」
あの未優にしては焦っている。ところどころイントネーションがおかしい。さっきの主演女優ばりのオーラはどこへやら。
急に演技下手くそだった。
「やったぁ、うれし~~~!」
未優の大根っぷりに瑠佳はまったく気づく様子もなく。
席から飛び跳ねそうな勢いで、両手を握りしめてガッツポーズする。
引きつり気味の笑みを浮かべた未優と目があった。「みさきのせいだからね?」とでも言わんばかりだった。「いやもとをたどれば彼氏できたとかってあたしに嘘NTR発言した未優のせいでしょ」と返した。絶対伝わってない。
「ねえ、じゃあみさきは? 好きって未優だけ? 私のことは?」
すっかり舞い上がった瑠佳が顔を近づけてくる。
ここであたしが下手うつわけにはいかない。
「おいおいそんなの聞くまでもないだろ~~? 瑠佳のこともちゅきちゅき大ちゅきに決まってるだろ! あたしは来る者拒まずだからさ、もうじゃんじゃん船乗って! 膝の上にも乗って!」
親指を立ててみせると、瑠佳はぱあっと笑顔になった。ちょっと周りの目が気になるぐらいに歓喜する。
あたしがほっと胸をなでおろしていると、対面の未優と目があった。「やりすぎ」とでも言いたそうな、じとっとした目を向けてくる。
……うん、まあ、ちょっと口が過ぎたかな。
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