第8話

「おかえり」

 

 制服姿の未優はいつもの落ち着いた声で言った。

 ゆっくり近づいてくる。

 

 あたしの脳内映像とか、そういうホラー的な話じゃない。

 彼女はいる。床に足をつけて立っている。

 いつの間に。どうやって。頭が混乱する。


「遅かったね?」


 それには答えずあたしはとっさに彼死の姿を探した。もちろんそんなのはどこにもいない。いたら怖すぎる。


 未優はスマホを耳から離すと、あたしに向かってかざしてきた。

 ……え? 今写真撮られた? なに? 

 

「んふふ、その顔……びっくりした?」

「び、びっくりしたよ、なんでうちに……」

「一緒にうちにいる、って言ったじゃん」

  

 今一緒にうちにいるって、あたしの家に、あたしと一緒にいるってこと? 紛らわしい。てかわざと誤解を生む言い方をしたに違いない。


 でもどうやって……? ってなりかけたけど、未優はいまうちの合鍵持ってるんだった。我ながらテンパっている。

 いやでも玄関に靴はなかった……あれどうだっけあったっけ。隠してた?


「……なに? か、隠れてたの?」


 あたしが聞くと、未優はむふっと笑った。


「うん。びっくりさせようと思って」


 スマホをしまうと、ゆっくりとベッドの上……あたしの隣に腰かけた。笑ったまま聞いてくる。

 

「気になる? 彼氏のこと」


 当然もちろんあたりまえ。

 だけど、なぜかとっさに声が出なかった。

 あたしはこくこく、と頷いた。


「そんな気になるんだ?」

  

 未優はにやりと口の端を持ち上げた。笑顔の種類が変わった。

 なんだ今の表情。ちょっとゾクっとした。

 あたしが焦ってるのがそんな面白いのか。愉悦なのか。

 

「そ、そりゃそうだよ! 気になるに決まってるでしょ!」

 

 ついにゆった。ゆったった。

 彼氏ができたとか、お年頃だしそういうこともあるよね。と余裕の表情で理解ある彼くんを装う路線も考えたけど、無理だ。

 あたしはここぞとばかりにぶちまける。


「だって未優、そんなの全然言ってなかったじゃん! その彼氏って、どこのどいつなの! いつから付き合ってるの? いつ知り合ったの? どこでどうやって? どっちが先に告白したの? そいつのどこが好きなの!? 今日はもうカラオケ行ってきたあとか! 楽しかったか!」


 あれ? なんかこれあたし、ヤンデレっぽくない?

 あれ系のヒロインって苦手だったんだけど、今ならすごい気持ちわかる。


 Yandereってもはや世界共通語だからね。今日からあたしもSuper yandere cute girlで世界デビューしよう。外人からいっぱいいいねとコメントもらうんだ。


 Yandere女に迫られた未優は驚いた顔をした。

 あたしを見つめたまま、ぎゅっと口元を閉じた。唇を小刻みに震わせて、それからにんま~~りと緩ませた。

 

「あのね、あれね?」


 耳元に顔を近づけてくる。


「う・そ」


 吐息たっぷりに囁かれた。

 生暖かい息を吹きかけられ、背筋がびくってなる。


「本気にした?」

 

 上目遣いにあたしの顔をのぞきこんでくる。

 ものすっごい楽しそうな、うれしそうな顔だ。


 いっぽうであたしは固まっていた。頬が引きつって、緩みそうになって、またこわばった。

 

 相当ヤバイ顔になってたと思う。

 見つめられてカーっと頬が熱くなった。顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。


 なんだ嘘かよかったよかったよかった~……って内心ほっとしてたけど、正直に言うのがなんだか悔しかった。恥ずかしかった。

 だからなんか言い返してやらないと、と思って言った。


「……そ、それ、証拠は?」

「嘘である証拠をみせるって、変じゃない? 証拠もなにもないよ、嘘なんだもん」

「本当に?」

「本当」

「本当に本当?」


 未優はひねくれた子供みたいになったあたしの頭に手を触れた。優しく指先で撫でつけながら、ちょっと困ったような笑みを浮かべる。

 

「嘘ついて、ごめんね?」

「ご、ごめんって、そんなんで……」

「あ、そうだ。じゃあ、証拠」


 あたしの顔の輪郭をなぞるように未優の手のひらがおりてきた。未優は両手であたしの頬をはさんだ。

  

 小さな顔が近づいてくる。

 少しだけ傾いた唇が、あたしの唇に触れた。

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