僕は見て見ぬふりをする
不労つぴ
暗証番号
これはもう随分前の話だ。
僕はそのとき、まだ中学3年生くらいだったと思う。その頃は、とある事情で祖父母の下、両親と小学生の弟と一緒に住んでいた。
当時の僕にはどうしても欲しいものがあり、そのために貯金していた。中学になってから新しく作った口座に、雀の涙ほどの小遣いをせっせと貯金していたのだ。
ある日、僕はいつものように通帳を持って、口座に入金しに行った。入金が終わってから通帳を確認すると、残高が半分以上減っている事に気づいた。慌てて確認すると、出金は2週間ほど前なのが分かった。もちろん、僕には身に覚えがない。
急いで家に帰り、母に相談した。母は僕の話を最初に聞いたときは訝しげな表情をしていたが、僕が通帳を見せると緊迫した表情に変わった。
僕の口座から出金するためには、通帳かキャッシュカードのどちらかを使わなければならない。通帳は僕が肌身離さず持っていたので、キャッシュカードが怪しかった。
その日は、母と一緒に家中を探したが、キャッシュカードは見つからなかった。落としたのかとも疑ったが、カードを作ったときから僕の机の引き出しに入れたままで、家の外に持ち出したことは一度も無かった。
泥棒でも入ったのかとも疑ったが、まず暗証番号が分からないだろうし、物色したのならもっと高いものを持っていくはずだ。それに、全部抜き取るのではなく、6割だけ持っていくのが意味が分からない。
一体誰が僕の口座からお金を抜き取ったのだろうか。
答えが思い浮かばなかった僕は母を見る。すると、母は深刻そうな表情をしていた。
「母さん。どうしたの?」
僕はどこか具合が悪いのかと思って母に尋ねる。だが、母は僕の方を見て困ったような顔をして笑った。
「なんでもないわ。それより、この話はおじいちゃんやおばあちゃん……それからお父さんにもしちゃダメよ」
僕は意味が分からなかった。
もしかすると、この家に泥棒が入ったかもしれないのだ。だから、みんなにも情報を共有して、何か取られたものがないか確認すべきなのではないだろうかと思った。
「でも、この家に泥棒が入ったのかもしれないんだよ? だったら――」
僕は途中で言い淀んでしまう。眼の前の母が、あまりにも悲しげな顔をしていたからだ。母は小さく首を横に振る。
「とにかく、明日一緒にカードの再発行しにいきましょう。念の為、パスワードもかえておいたほうがいいわね。消えた分は私が補填するわ」
会話はそこで終わった。僕はもう何も話すことが出来なかった。口には出さなかったが、母はおそらく、こう言いたかったのだと思う。
『あなたも分かっているんでしょう?』
翌日、僕はキャッシュカードの再発行と暗証番号の変更を行った。それ以降、今に至るまで勝手に出金されたりしたことは一度もない。結局、キャッシュカードはその後も見つかることはなかった。
あれは一体何だったのだろうか。今の僕にも分からない。
――いや、今も昔も分からないふりをしているだけなのだろう。
当時も、カードが家から無くなった段階で誰が犯人なのか、おおよその検討はついていた。
だが、それを認めたくなかったのだ。
認めたら何かが壊れてしまう気がした。
「俺達って、だいたい使ってるパスワード一緒だよな。やっぱ家族だとそういうのも似てくるもんなのかな」
いつかの日に父が言った台詞だ。
僕たち家族には暗証番号やパスワードに、ある共通の4桁の数字を入れる癖のようなものがあった。
だから、僕の暗証番号を知っているのは、家族のみなのだ。
僕は見て見ぬふりをする 不労つぴ @huroutsupi666
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