暗黒王女は恋の罪にほんろうされる〜恋の魔法をかけて両想いになりました。罪悪感にたえられず魔法を解除したのですが、変わらず溺愛されて逃げられません〜

星名 泉花

第1話「北の塔の暗黒王女、罪のはじまり」

泣いた黒髪が風になびく。


エステティア王国の城敷地に北の塔と呼ばれる場所があった。


そこには”暗黒王女”が暮らしていると、人々はひっそりと噂話に口にした。


私は直接その言葉を聞くことなく、北の塔に住む《暗黒王女》として雨の降りそうな空に息を吐く。


冷たい石の塔で一人、外に背を向けて部屋に振り返り、花びんにいけられたままの枯れた花を見た。


「花、枯れてる。どうしたらいいんだろう」


人から遠ざけられた狭い北の塔で育った娘にはなにかを選択することが難しく、自身の意志をハッキリと持つことがなかった。


はじめて何かを選択しなくてはならない状況に、ぼんやりと感情の重たさに首をかしげる。




『レティシア様。どうか幸せになることをあきらめないでくださいね』


そう言って乳母は塔から去り、数日が経過して食事を運ぶだけの下女に乳母が亡くなったことを知らされた。


長い間、病を患っていたらしく数日前に倒れてそのまま帰らぬ人となった。


ずいぶんと顔にかかる影が多かったが、一般的にはどれくらい人は肉付きがいいのかわからない。


日焼けを知らないと言っても過言ではない白い手を見て、私はふたたび空を見上げた。




「幸せってなに? 私は幸せではなかったの?」


わからない、と窓の枠に指先を滑らして空から視線をそらした。






すると塔の下に銀色の光がさらりと揺れるのが目に入る。


塔をなぞるように視線が上に向いていき、やがて晴れた空のように澄んだ瞳がこちらを見た。


とたんに内側から身体が震えだし、いたたまれなくなってその場にしゃがみこむと腕を手でさする。


まるで空の光を集めたような人だった。


その瞳にうつる太陽はどれほど美しいのだろうか。


夜空に浮かぶ星のようにきらめく銀色の髪に触れてみたい。



(なに、この感覚? すごくドキドキして)


おそるおそる立ち上がって窓枠から半分だけ顔を出す。


視線が重なった瞬間、乳母の言葉が脳裏によぎった。






「私、幸せを知りたい。あの人は教えてくれるかしら?」




これはなんと呼ぶ感情なのだろう。


この胸の高鳴りに名前はあるのだろうか。


幼いころに乳母が語り聞かせてくれた恋のお話によく似ている、と思ったところで答えが見つかった気がした。



(そっか。私、あの人に恋したんだ。これは一目惚れ? 愛されたら幸せかな? ……知りたい)



『レティシア様。魔法だけはけっして使ってはいけませんよ』



何度も乳母に言われて、使おうともしなかった魔法。


私はあの人に手を伸ばして、欲するがままに”恋の魔法”をかけてしまう。




「ラマジー・アムール《恋の魔法》」




――これは北の塔から出たことのない私のはじめての選択だった。




浮きたつ気持ちに身をゆだねていると、いつのまにか塔の扉が開いてあの人の手を取っていた。


「レティシア。おいで」


乳母がいなくなり、一人残された北の塔の暗黒王女。


愛されることを知らぬ、制限された敷地のなかでひっそりと暮らしていた。


「名前を……聞いても?」


「アルベール。アルベール・フィエルテだ」


空のように広く、波打つように私の心を震わせる人。


強張っていた私の頬に触れて、銀河の彼方まで魅了してしまいそうな微笑みに耳まで火照った。


暗黒王女、東の地からやってきた魔女と王様の間に生まれた娘。


その呼び名のとおり、カラスの濡れ羽色のような長い髪に紅玉をはめこんだような濃い色の瞳。


日に焼けることを知らぬ肌はアルベールよりもずっと青白いものだった。


あれほど暗雲がおおっていた空が噓のように開いて光がさんさんと降り注いでいた。


***



暗黒王女が北の塔から出てきたことはすぐに騒ぎになった。


塔の敷地から出たことのなかった私はあっという間に連れてこられた公爵邸に圧倒される。


白磁色の壁面にラピスラズリの色がアクセントカラーとなり、冷たさしかなかった北の塔とは世界が違うと目の当たりにした。


「見せたいものがあるんだ。……その前になにかある? ほしいものがあったら言ってくれ」


見つめられることに慣れず肩をすくませると、アルベールが腰まで伸びた私の黒髪に触れて淡く微笑む。


とたんに恥ずかしさと卑屈さが襲いかかり、アルベールの肩を突き飛ばして目を反らした。


罰が悪そうに物思いに沈む微笑みを前にして、唇を丸めて首を横に振る。


乳母以外と話したことはほとんどなく、表情も言葉も見つからずに髪の毛を前にかきあつめた。




「……花を。たくさんの花を見たいです」


私に意志があるとすれば、この目で見てきたものしか言葉に出来ない。


よく乳母が花をもって部屋に彩りを添えてくれたことを思い出す。


石造りの簡素な部屋で外をながめるばかりの私にとって、日替わりの花は心の癒しだった。



「ん、わかった」


(あ、また……)


またくすぐったくなったと胸に手をあてると、トクトクと音をたてていた。


私とは真逆の色をした長いまつ毛に惹かれて手を伸ばし、なめらかな輪郭に指をすべらせると、アルベールがクスリと笑う。


「レティシアは積極的だね」


「あっ……! えっと、ごめ……」


「俺も触っていいかな?」


黒髪を指さし、舐めるような眼差しに釘付けとなり、火傷をした。


えくぼが痛くて、喉がヒリヒリして、胸がぎゅっとなる。




しばらく言葉がのどに詰まって答えが出せなかったが、ゆっくりとうなずいてアルベールの瞳に爽やかさを求めた。


だが髪から伝わってきたのは熱さで、一度焦げてしまった胸はソワソワして、落ち着かずに座っていられなかった。

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