【短編】君を置いていったあの夏の日
ときたぽん
EPISODE1
夏の残暑が厳しい頃。
その日は日差しが眩しくて、とても熱かった記憶がある。
ああ――とても胸が熱くて、痛くて、悲しくて、苦しくて。
それでも一番に脳裏に浮かぶのは君の。
君の初めて見せたその涙だった。
「――っ」
また夢を見た。
僕の前世の夢だ。
戦地へと向かい敵兵との交戦の末、弾丸が僕の胸と腹の脇腹を射抜いて命を落とす夢。
致命傷を負った僕は暫くして親友に看取られて死んだ。幸いだったのは爆撃や砲弾に直撃し肉片となって粉々にならなかった事、何よりも誰かに看取られながら死ねたことだ。
戦場にいる限り残酷な死に方をする者も少なくはない。敵と戦闘をしていなくとも不衛生な環境下での病死や、食糧不足による餓死、移動中の地雷、治療ができなかったことによる出血死、様々な要因によって命を落とす。
今となっては考えられないが当時はそんな事をよく耳にしたものだ。
僕は、苦しまずに絶望を抱えながら死ななかったことに恵まれていたとそう思っている。
とある街の制圧作戦だったか。街は既に爆撃を受け半壊している状態であった。
民間人の姿は見えなかったことからもう既に避難を済ませたのだろう。その代わり街の中には無数の兵が潜んでいるようで僕たちは事前に聞かされていた作戦通り、四方から攻め込んでいた。
遠くで鳴り響く銃声音。
目の前で繰り広げられる血溜まりの惨状。
犠牲を出しながらも制圧は順調に進んでいた。
何度か交戦することは遭ったものも数はこちらのほうが有利であったためなんとか死線をくぐり抜けることができた。
僕たちは指示されていた街の西側を入念に調べる。潜んでいる敵兵は見つけ次第射殺、もしくは捕虜として捕らえる事になっていたからだ。
ダダダ!!
そんな鈍い音が突然近くで鳴り響くと僕の身体は力なく倒れた。
次に襲いかかるのはこれまでに味わったことのない激痛と悶えるような息苦しさ。僕以外にも何人かの仲間が襲撃に遭ったようで視界には血に染まった地面が見えた。
それは僕の血なのか仲間の血だったのかは分からなかったが。
暫くの銃撃戦。すぐさま敵兵は射殺され、僕はその場で応急処置が行われた。
しかし無駄だったのだろう。僕の治療に当たっていた仲間の――親友の苦しげなその表情を見れば嫌でも感づく。
そして僕も大量の出血によるものかほとんど意識を失いかけていた。
夏だというのに身体は寒くて、視界はほとんど使いものにならなくなり、耳も遠のき、やがて呂律も回らなくなった。
まるで自分が人形のようになっていく気がした。
――ああ、これはだめだな。死ぬんだな。
働かない思考のなかで唯一わかったのは己の命がもう残り僅かなことだけだった。
目まぐるしかった短い生涯とは裏腹に随分とその時だけは時間がゆっくり流れているような気がして、久しぶりに感じた人肌は何処か暖かく、僕はその時何故か泣きたくなった。
しかし、僕よりも先に親友は涙を流していた。
あいつの涙を見たのは出会って始めてであった。
ボロボロと雫は僕の頬に降り掛かってきて、僕の目頭も思わず熱くなる。悔しいが親友の涙に貰い泣きをしてしまったのだ。
「――――」
「――――」
親友は僕の方を向きながら必死に何かを伝えるが僕の耳には届かない。
親友の顔や声さえもやがて記憶の中から失われていく。
それでも僕は目の前の親友に何かを告げようとする。
――ありがとう。またどこかで
そう口にできたかは分からない。泣きじゃくるあいつの嗚咽のせいで掻き消されたかもしれないし、ほとんど吐息だけの言葉だったかもしれない。
雲一つ無い快晴の空に吸い込まれるようにして僕は飛び立った。
――ミンミンミン。
懐かしいこの日差しと澄み切った青空に僕は思いを馳せる。
勿論あの地に取り残してしまった親友に。
親友よ
もう僕は君の顔も声も築き上げた友情も思い出も全て、全て僕は忘れてしまった。
こんな不甲斐ない僕を許してほしい。
そしていつか、
また君に出会えるのなら叶うのなら、
今度は生涯の親友としてまた君と笑い合いたい。
君を置いていったあの日の親友より
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます